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おままごとの演じ方  作者: 巫 夏希
三章 退屈な日々に一欠片の非日常
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第二十話 Ghost

 結局家に帰るまで、正確には水戸駅で別れるまで、ずっと彼は話していた。相槌を打たなくても話していたのは流石に異常だと言える。但し本人にはその自覚が見られなかったようだが。


「はぁ……疲れた。なんというか、ああいう人間とはあまり付き合いたく無いなぁ」


 別に内気とかそういうわけではないのだけれど、しかし話が合わない人間は苦手だ。自分のプライドをそこまで曲げることは出来ない。

 溜息を吐いて、私は荷物を部屋に置いた。母親はもう仕事に出掛けていて父親は未だ仕事から帰って来ていない。きっと今日も日付が変わるか変わらないか、ちょうどそれくらいになって帰って来るのだろう。時期的に酔っ払ってはこないだろうが、もしそうならば私のヘイトはさらに高まるだろう。


「……もう慣れたけれど、やっぱりここも静かだよね」


 弁当箱を洗いながら私は梨沙と話す。話し相手が居るというのは何とも代えがたい嬉しさだ。無音空間とは言わないけれど、そのような空間で物事を淡々とこなしていくのは私にとって辛かった。だからラジオとかテレビとかをBGMにするときもあるけれど、それも回数制限を課す必要が生まれる。テレビの場合、あまりそれを続けているとそれが電気代に直結するからだ。


「というかあいつはひどいね。ずっとそんな感じ?」

「ううん。大学は同じだったけれどあまり会う機会も無かったからね。だから私も油断していた。まさか同じ大学だとは思いもしなかったよ」


 殆どの他人には興味が無いからね。仕方無いこと。


「しかし……彼には一度会って話したことがあるよ。彼の顔を観て、思い出した」

「あいつは真面目な風を装っているだけだからね。高校の時だいたいの可愛い女の子はそいつによって純潔が奪われていたと言ってもいい」


 それを聞いて梨沙は眉をひそめる。


「そりゃほんとうかい」

「あくまでも噂の範疇だけれどね。ただ、火の無いところに煙は立たないって言うからね……。何らかのことはやっていたんじゃないかな。現にあいつに純潔を捧げた奴もいたくらい」


 それはまるで一つの宗教だと、そう言ってもいいだろう。常滑清治という人間を教祖として崇めている女性たちの殆どが、彼に身体を貫かれる――それを本望としていた。それを望んでいたのだ。


「渇望していた、と言うと言い回しがおかしいかもしれないけれどさ、要するにそういうことだったんだよ。人間は、いや、正確には女性は知能の高い人間の子種を欲しがる、と洗脳したのではないかというのが『被害者の会』の報告だよ」

「すごいね」


 梨沙は失笑し、


「被害者の会まであるのかい? だのにどうして訴えられることなんて無かったんだろうね」

「それはもう有りがちな理由だよ。常滑家は代々続く議員の家族なんだと。常滑誠一、聞いたことあるでしょう? 議員を勤めているんだよ。だから誰も逆らえない。……というのは、ただの言い訳かもしれないけれどね。実際は問題を解決するのが面倒かいざこざをさっさとどうにかしたいがために逃げているだけだろうし」

「自分の子供よりも、いざこざから逃げることを選択した……って?」

「あくまでも噂だよ。脚色が多いだろうし。ただ私はそれがただの噂だとは思えない、ってだけ」

「噂、ねえ……」


 梨沙はどこか意味深な笑みを浮かべたが、その真意は私には解らなかった。

 今思えば私は時井戸さんの言葉を思い出せば良かったのかも――しれなかった。



 ◇◇◇



 次の日、キャンパスに入るとどこか騒然としていた。

 私はその騒然としているのに違和を抱きながらも一限の教室へと向かう。一限は『人間と世界』だ。急がないと先生にどやされてしまう。

 そういえば今日はまだ梨沙の声を聞いていない。流石に大学の人がいっぱいいるところで梨沙に声をかけるわけにはいかないから、声をかけるのはイングリッシュガーデンに着いてからしよう。私はそう思った。

 教室の定位置を陣取り、先生が来るのを待つ。しかしよく見てみると今日はやってくる学生も疎らなようにも思える。どうしてだろう、何かあったのだろうか。

 そんなことを考えていると先生が入ってくる。

 先生の表情は焦りを隠していなかった。それを見て私はなにか起きたのか、改めて実感するのだった。


「先生、常滑は無事なのですか?」


 学生のうちの誰かが、先生に訊ねる。

 その言葉は聞き間違いだと思った。

 だが、先生の話は続く。


「……残念ながら、常滑は亡くなった。公式に情報が近いうちに発表されると思うので、それまでは口を慎むように」


 昨日あれほどうざったいくらいに声をかけてきた彼が、その次の日に亡くなった。いったいどのように死んだのか或いは殺されたのか、僅かながら興味も沸いてきた。



 ――彼とはまったく関係ないのにね



 梨沙のそんな言葉も聞こえてきそうだったが、しかし彼女は何も言わなかった。

 それが私には、とても不気味に思えてしまうのだった。




 結局のところ、午前中の授業は全く耳に入らなかった。やはり、あの『事件』がどうしても気になってしまったからだ。

 事件の謎を解決するのは警察にでも頼めばいいだろう。けれど、あれが起きた昨日の今日だ。それも大多数の人間に目撃されている。

 それのことを問い詰められれば厄介なことになるのは確定だと言ってもいいだろう。しかしながら、それを警察に言ったところで私と彼が険悪なムードを見せていたとは第三者目線から見ても考えづらい。

 だが、人間とは誤解をする生き物だ。私がそんな思いをしていなくても他の人間はそう思うのだから。火消しに躍起になったとしてもそれが逆の意味にとられることが殆どだと言ってもいい。


「となるとここで留まっているのが柔軟な対応と言えるだろうね。変に間違った対応をしてしまったらそれを治す面倒も生まれる」

「なら、どうすればいいだろう……。このまま放置が無難?」


 首肯する梨沙。あっさりとした発言だと思う。

 私としてはそろそろ次の試験の勉強が始まるので、総復習をする場所を見つけたかった。授業は午後も入っているが、私としてはサボっても何ら問題ないと思った。

 授業中に『内職』しても構わないが、しかし授業の話が聞こえるとその授業のことが集中出来ないという、少々面倒臭い私のことを考えるとその選択肢は外すべきだろう。

 なら、どうすればいいか。

 食堂は営業時間外だし、カフェテリアなんて洒落たお店も学内には無い。学外に行けばお店のバリエーションは比較にならないくらいに広がるが、わざわざ学外に出るならさっさと家に帰った方がマシである。

 そんなこととか考えていると益々時間の無駄だ。考えた私は帰る為に校門の方へ向かった――。


「やぁ、また会ったね」


 その時だった。

 聞き覚えのある声が私にかかった。

 私は誰の声だったかを思い出さないまま、そちらを向いた。


「……これからお帰りかい?」


 そこに立っていたのは時井戸さんだった。時井戸さんは微かな笑みを浮かべながら私から少し離れた位置に立っていた。

 梨沙は時井戸さんに対抗意識があるらしい。昨日会った時もそうだったので聞いてみたら、『何か胡散臭いのよね。パチもんを平気な顔して売り付ける業者みたいな顔しているのよ』と言っていた。パチもんを平気な顔して売り付ける業者にでも会ったことがあるのか、その感情はまるで『怨み』として蓄積されているようにも思えた。

 時井戸さんの話は続く。


「まぁ、今となってはそんなことなどどうでもいい。どうだっていい。ただ君たちは選択しなくてはならない。近いうちに大きな選択を迫られることだろう」

「昨日はそういう非現実的な知識をアヤに植え付けるためにわざわざ呼び止めたのか?」


 梨沙は訊ねる。

 時井戸さんは首を横に振り、言った。


「いいや、そういうわけではないよ。ただ、気になってしまっただけだ。君たちがどういう物語を読み解いていくのか、君たちがどのような人生を歩んでいくのか」

「そう。ならば私はあなたにたった一つの言葉を送るわ。『余計なお世話よ』」


 そう言って梨沙は私を引き連れて帰ろうとした。


「済まないね、今日もミーティングがあるんだ」


 言ったのは時井戸さんだった。

 梨沙はスカートを翻し、


「また私に言えない内容?」

「ああ。はっきり言って、幽霊がそんな人間とずっと居るのもどうかと思うがね。幽霊ってものは精力を奪っていくんじゃないかな?」

「それはどうでしょうね。私はそういうつもりはないけれど」

「君になくても、幽霊というのはそういう『体質』を持っているんだよ。魂を吸い取る能力……と言ってもいい。そういう能力を常に使っている。だから、彼女は生気を吸い取られている。どうだい、最近そういう感覚を感じないか?」


 言われてみれば最近息苦しくなった気もするけれど、それは私がインドア派なだけだと思う。

 だが、それを言ったところで特にこの現状が解消するわけではない。


「……要するに私がアヤを傷つけている可能性がある、と。そう言いたいのね?」

「ああ。そうだ。現に見てみろ、彼女の表情を。落ち込んでいるのではなく、痩せこけているように見えるだろう? これはその体質が原因だよ」


 それを聞いて梨沙は落ち込む。


「でも私はアヤと居たい」

「……だろうね。だが、長時間居ないほうがいいだろうな。数時間でもともに居ない時間を儲ければ問題ないのではないかな? せめて少し位は彼女の負担を減らしてやらないと、彼女が倒れてしまうだろうからな」


 それを聞いて頷く梨沙。


「解った。なら、私はどこか行く。けれど、あなたのことが忘れられないから戻ってくるわ。まあ、悪戯をしに行ったとでも思えばいいわよ」


 そう言ってふわふわと梨沙はどこかに消えていった。

 それを見て、時井戸さんは笑みを浮かべる。


「さてと……それじゃ僕たちも向かおう。ミーティングだ」

「またレストランですか?」

「いいや、今回は研究室でいいだろう。僕の研究室へ案内しよう、吉川アヤくん」


 そう言って。

 時井戸さんは歩き始めた。

 私はただそれに従うだけだった。従うしか無かった、と言ってもいいだろう。ただ、彼についていかないといけない――私の心の中でそう囁いているようにも思えた。


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