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おままごとの演じ方  作者: 巫 夏希
三章 退屈な日々に一欠片の非日常
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第十九話 Station

 時井戸さんがハリケーンのように疑問を撒き散らして去っていき、梨沙が「もう質問とか終わったの?」とか訊ねてきたところで私の中でタイムリミットとなった。

 駅まで走るバスの中、やはり私はひたすら考えていた。時井戸さんが言った、そのことについて。

 時井戸さんが言っていた一連の言葉を凡て信じるわけでは無い。だからといって全く信じないというわけではなかった。

 あの話には、ひどく現実味を帯びていたからだ。というよりもあれほど真面目なトーンで冗談を言ったのならば、それはそれで策士だと思う。


「……結局、どうだった? 時井戸というやつは?」


 バスに揺られ、ちょうどうとうとしていたところを梨沙の声で起こされた。

 私は目を擦り、頷く。


「何というか、変わった人だったのは確かだよ。今まで会ってきた人間のなかで『異端』の部類に入るかも」

「私よりも?」

「うーん……それはどうだろう。同じくらいなんじゃない?」


 梨沙には時井戸さんとの会話について適当にでっち上げることにした。あまり信じられることでも無かったからこの際ぶちまけてしまっても良かったのかもしれないけれど、今の私にはそれをする気が生まれなかった。

 梨沙は私の答えに微笑むと、一層私に近付いた。


「時井戸はほんとうにおかしなやつだよ……。最低最悪のクソッタレだよ」

「クソッタレ、ねぇ……。少なくとも私はそういう風に見えなかったけれどなぁ……」

「どんな話をしたのか、それは私にとって別にどうでもいい事実なのだけれど、それでもあいつに対する私の認識は変わらないでしょうね」


 そう梨沙は毒を吐いた。悪態を吐いた、と言ってもいいだろう。ただ今の梨沙は幽霊だからその姿が見られることは無いのだけれど。


『次は、終点高津駅前で御座います。お降りの方はバス停に着いてから席をお立ち下さい……』


 そんな定番のアナウンスが聞こえてきて、私は会話を中断した。


「ま、積もる話もあるけれど私たちはさっさと帰ることにしましょう。電車は腐る程出ているとはいえ、都会に比べれば全然だし」


 私はそう呟いて、立ち上がる。ちょうどバス停に着いたからだ。タクシーや乗用車のヘッドライトがネオンめいた景色を見せていた。初めて観る景色ならば感傷に浸れるのだろうが、もう何年も見ていると飽き飽きしてくる。

 駅の改札を通り抜け、ホームへと降りる。ホームには人が疎らに立っていた。

 早いなぁ、と思いながら私は一番前に立ち携帯電話を操作し始める。程無くしてアプリケーションを起動し、パズルゲームを開始した。


「やぁ、こんばんは。吉川さん。こんなところで会うとは奇遇だね」


 声を聞いて振り返る。その時にゲームの中断も忘れずに。

 そこに立っていたのは、少女漫画に腐る程描かれた典型的な男性だった……なんて言うと全く理解出来ないだろう。

 簡単に説明するとそこに立っていたのは顔立ちの整った男性だった。服装もそれほど着飾っておらず、何処か見ていて楽しそうな笑顔の持ち主だった。

 私が誰だったか思い出していると、男の方からさらに話を続けた。


「ほら、覚えているかい? 僕だよ、同じ高校だった常滑清治……流石に名前まで聞けば覚えているかな?」

「常滑清治……あぁ名前だけなら記憶の片隅に残っているような気がする。学級委員だったっけ?」

「そうだよ、覚えていてくれてよかった。君の記憶から僕が消えてしまったならばそれはそれで悲しいことになっていたよ」


 そんなことをぺらぺらと話す常滑さん。ぶっちゃけると名前以外は全く覚えちゃいないのだけれど。

 私は小さく溜息を吐き、常滑さんの話を聞き始める。

 常滑さん曰く、最近は大学で仮想現実の研究をしているらしい。高津大学の卒業研究は三年生から開始されるのだが、その教授の研究室は学生の自主性を重んじているからか、下級生にも卒業研究を積極的にするよう促している。もちろんこれは強制ではなく、断ることも可能である。だがそれを断る人間はあまり居ない。常滑さんもその一人なのだという。


「仮想現実というのは未々発展するから研究しがいのある分野だ。僕はそれを教育現場に盛り込めないか、考えているところだよ。卒業論文にもそれを書くつもりさ」


 聞きたくも無いのに常滑さんは勝手に話を始めた。しかも話は勉強関連のものだ。聞きたくないものを大学以外で聞かされる辛さったら、ひどいものだ。私は大学とそれ以外のテンションを完全に切り替えてしまうものだから、尚更聞きたくないものである。

 しかしこの馬鹿男は私のそれに気付かずぴーちくぱーちく話していた。こういう人間って一番友達とか恋人とか出来ないタイプではないだろうか、私は思った。

 だがはっきり言ってこういうのは本人だけが恥をかけばいいと思っている。その尻拭いに自分以外の他人が迷惑をかけようとしたってそんなことはどうでもよかった。

 馬鹿男の話はさっさと流してしまうに限る。その方が双方楽だからだ。ただ話者がとても話したがりだったら未だ楽かどうか決まったわけではない。聞きたくない話を聞かされ、挙句の果てには聞いているかどうか確認が適宜その間に入ってくる。そういうパターンを過去に何度も見てきた。そのパターンは一番ヘイトが溜まるパターンだと思うのは、きっと私だけでは無いと思う。


『お待たせしました。まもなく、二番線に普通列車水戸行きが到着します。黄色い線までお下がりください』


 アナウンスが聞こえ、私はパズルゲームを中断する。因みに常滑さんの会話は未々続行しており終わる気配が全く見られない。ためしに聞いてみるとテロメアがどうこう言っている。仮想現実からどういう流れでテロメアまで行き着いたのだろうか。相槌すらしなくても話を続けているので周りから見れば疑問しか浮かばないことだろう。

 右側から目映い光がやって来る。程無くしてそれが電車のヘッドライトであることを理解した。銀色の車体に際立つように置かれた青い一線、車体は滑らかではなく等間隔に凹凸が走っている。ドアは車両の前後のみ間隔が狭く、三つが等間隔に設置され、それが四両連結されている。

 電車は定位置に停止し、私は――正確には私を含む電車を待っていた人間の大半は――降りる人間を避けるためにドアの両脇に列を移動した。中には堂々とその位置を頑なに変えようとしない人間も居た。それはただの非常識な気がしてならないが。

 降りた人間の後、乗る人間が電車へ乗り込んでいく。そのスムーズさは日本人の特徴とも言えるかもしれない。あとは僅か数分の遅延で遅延したことを陳謝することとか。

 乗り込んだ後空いている席に座る。別に長い時間乗るわけではないけれど、空いているなら座るに越したことはない。


「それでさ、その時紀ノ川教授が……」


 ぴたりとくっつくように常滑さんは私の隣に座った。その時私から少し離れたところに座っていた女性が席を詰めた。それは今一番要らないお節介だった。

 女性に一礼して、ニコニコと笑みを浮かべさらに話を始めた。早くここから解放されたい。


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