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おままごとの演じ方  作者: 巫 夏希
三章 退屈な日々に一欠片の非日常
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第十八話 Future

「それじゃ、話すよ。これから十年後、二〇二四年に電柱が世界を覆い尽くすだろう。理由は単純明快、景気の先行きが不安になった人間がどんどん自殺していき、電柱がその場に敷設されるからだ。何故人間の墓標が電柱になるのか、それは五十年経った僕の時代でも判明していないことだ。だからそれについては説明を避けさせてもらうよ」


 茶々を入れるのも良くないし話のテンポが悪くなる一方だから、私はなるべく首肯だけに専念した。


「その理由は夕月梨沙にある。彼女は世界を面白いものだと思っている。だから、世界がつまらなくなってはいけないわけだ。すると世界に働きかけて世界を面白くしようとする。一応言っておくがこれは無意識だ。無意識というのはあまりにも恐ろしい。気がつけばこうなっていたのだからな。……それはさておき、夕月梨沙は世界に働きかける。面白さを求めるために。その結果が」

「十年後に起きる……その、電柱が世界を覆い尽くすこと」

「ああ、そうだ。我々はそれを『フレア』と呼んでいる」


 我々、ということ。それは即ち時井戸さんは組織に加入しているのだろうか。

 理解出来ないことを話しているからついついそういうことが気になってしまう。


「そのフレアによって人間は電柱について考え始める。人間の墓標が電柱だった。そしてシナプスによって通信が可能となった。だから人間もその恩恵を受けていたわけだ。だけれど、フレアによって人間は電柱の危険性を考え始めるようになった。我々の時代から言わせれば、漸く考えたか……と言いたいくらいなのだがね」

「それくらい深刻だった、ということですか」


 時井戸さんは首肯する。


「ああ、そうだ。フレアはそれ程に人間へのダメージが大きいものだった。その時が最終通知と言ってもいいだろう。君は今、一年に死んでいる人間の数を把握しているか?」

「いえ、さっぱり」

「百三十万人だ」


 百三十万人。見当がつかない。


「百三十万人という数を簡単に説明することは難しいが……岩手県が確か百三十三万人くらいだったか。それくらいの人間が毎年死んでいる。要するに百三十万本の電柱が毎年敷設されている。日本中の、どこかに」


 百三十万本が毎年敷設……やはり見当もつかない。そんなことがあったらあっという間に国土が埋まってしまうのではないだろうか。


「それだけじゃない。死亡者数は年々増加傾向にある。このままいけば二〇三〇年には百六十万人を越えるだろうというデータもある。これは山口県の人口よりも多い。市でいえば神戸市ほどの人間が毎年死んでいくということだ。しかも対策を講じなければ、それよりも増えるだろうという傾向すらある」

「でも……古くなってくる電柱とか出現するんじゃないんですか、流石に未知の物質で出来たものでも無いでしょう」

「確かに古くなると電柱は交換する必要が出てくる。だが、あれは未知の物質だ。あろうことかそれは五十年経った我々の時代でも解決していない」


 私の意見があっさりと否定されてしまった。ここまであっさりだと何だか……ね。

 そもそも未知の物質ならば交換はどうやっているのだろう。物質の解析も出来ないのなら電柱の複製も出来ないだろうに。


「そんなことははっきり言ってどうでもいい。ともかく『フレア』によって人間は考え始める。自分たちが何故電柱になってしまうのかということを」


 今までは考えなかったのだろうか。子供でも考えそうなことだけれど。

 逆に大人たちは、それが世の中の当たり前であり、常識だと最初から決め込んでいたから、それについて疑問を抱かなかったのかもしれない。

 或いは『疑問を抱かせないように誰かが仕組んだ』――?


「……その通り。今君が言ったように、仕組んだ可能性が浮上した。普通だけれど普通じゃない、人間が死ぬと電柱になるというのはね」

「聞こえていました……?」

「そりゃもう、ばっちり」


 恥ずかしい。私は心の声を外に出してしまっていたのか。


「話を戻そう。人々はその情報操作についてある仮説を立てた。『フレア』によって世界を変えようとしているのではないか、と」

「世界って、そんな簡単に変わるものですか?」

「いいや。そんな単純なものではない。……だがこうは考えられないか? 常識が常識でなくなるのではないかという事実に、ほんの一瞬でも向き合ったとしたら。その常識は間違っているのではないかと、僅かでも疑問に思ったとしたら。それは世界を変えたとは言わないか?」


 確かにその通りかもしれない。天動説がいい例だ。今ではもう鼻で笑われるものになってしまったが、それが『常識』だった時代が確かに存在した。しかしほんの些細な違和に気付いた科学者がそれに異を唱えたことで天動説は非常識となった。

 それが非常識になるまで時間を要したのも事実だけれど、時井戸さんが言った言葉にこれが合致しているのもまた事実だった。


「きっかけさえあればあとはあっという間だ。人々は電柱を捨てるようになる。地下に埋めるとか、そもそも使われずに放置される。人々は電柱に変わる新しい信号等伝達の中継点と、電柱を用いない伝達方法を模索し始めた……。そこまでが十年後に起きることだ」


 十年。それは赤ん坊が充分な思考と判断力を持つまで成長するのにあまりにも充分な時間だった。そんな時間で自分の常識が覆されることが起きる。それを聞いて私は、ただただ理解出来なかった。

 時井戸さんは話を続ける。


「そして残りの四十年はあっという間に……そう、君が思っているよりあっという間に過ぎ去っていく。物事も恐ろしいくらい何も進まなかったし、解決法も何も見出だせなかった」

「何も、見出だせなかった」


 時井戸さんの言った言葉を反芻する。


「そう。何も見出だせなかった。あまりにも恥ずかしいことだ。それでもなお電柱は増え続けていったから、適当なところでそれを破壊した。完膚なきまでに、だ」

「でも、電柱は無限に存在出来ない……」

「そう、その通りだ。電柱はあるペースで交換する必要があった。人間の脳にあるシナプスが年を追う毎にその動きを鈍らせるのだよ。それが機械で解るくらいまで鈍ってきたら、あとはそれを交換するだけ。ただしそんな運が良く元々あってそれが老朽化で破壊したような場所にはほぼ出現しない。大抵が違う場所だ。ならばそれを動かす必要が出てきた」

「……まるで、風が吹けば桶屋が儲かる的なシステムみたいな気がします」

「間違ってはいないだろうね。そんな感じだよ」


 適当に言ったはずなのに正しいとか言われてしまうと、何だか正直微妙な感じだった。外したかな、とか思ったから尚更。


「……未来の話はここまでだ。聞いていてどうだった?」


 唐突に未来が終わりを告げた。私と時井戸さんの間に音が、喧騒が復活する。


「何というか……聞いていて思ったんですけど、別に梨沙が必要無くても世界はそう動いていく、って思ったんですよね」

「君はそう思うかもしれない。というよりこの話を聞いた大多数の人間がそのように結論付けるかもしれない。だが、これは真実だ。夕月梨沙の選択によって、今後世界は大きく歪み始めていく。いや、その歪みはもう始まったと言ってもいい。夕月梨沙が、死んでからね」

「……彼女が死んでから?」


 私は首を傾げる。

 梨沙が死んで未だ一月程度だ。だがもう歪みは起き始めているのだという。私はそれが、どうしても理解出来なかった。


「歪みが起きた最初の原因は夕月梨沙の死であると我々は考えている。私としてもその可能性が高いと考えているが……、はっきり言ってまだ微妙なところだ。暗礁に乗り上げているといってもいい」

「梨沙の死がどうして歪みと繋がったのかは判明していない、ということですか」

「残念ながら」


 時井戸さんは頷く。

 何というか、嘘くさい。

 ケチ臭くて、信じられないことだった。そもそも未来人というのが怪しいし、たった一人の人間の行動が世界を破綻させるまで導く……言われて、信じるだろうか。少なくとも今の私はそれを信じてなどいない。信じるつもりもない。


「……未来から来たのなら、教えてよ」


 私は言葉を振り絞る。

 時井戸さんは首を傾げ、呟く。


「何かな?」

「私はこれからどうすればいい。どうすれば、世界の為になると?」

「別に世界なんて大きな視野で捉える必要性は皆無と言っていいが……、まあ、一番は我々に従ってもらうのが一番だろうね。例えば、夕月梨沙の世界がつまらないものと彼女自身が判断した瞬間、この世界が滅ぼされる可能性だってあるわけだし」

「冗談を言っているようには見えないわね」

「冗談を言うとでも?」


 時井戸さんは笑みを浮かべる。その笑みは愉悦の笑みか、苦渋の笑みか。


「冗談を言うとは思ってはいないけれど、しかし疑問に思うのも確か。だって考えてみてよ。私がそんな甘言を信じるとでも思っているの? そもそも未来人という『仮定』すら、私は信じていないのだから」

「……ふむ、そうか。未来人は居ない、そう考えるか」


 いや、そう考えるのが一般的な考えだと思う。

 時井戸さんは立ち上がり、伝票を持っていく。


「話は終わったの?」

「いいや、ほんとうは未だ話したいことがあったが、信じてもらえないようならば仕方が無い。だが、いつか君も信じる時が来るだろう。それはそう遠くない機会に」


 そう言って立ち去っていった。

 私はただ、時井戸さんとの話で得た数多のモヤモヤを抱えたままだった。


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