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おままごとの演じ方  作者: 巫 夏希
三章 退屈な日々に一欠片の非日常
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第十七話 Singularity

 そのファストフード店は混んでいた。時間も時間だししょうがないことだろう。

 そんなところで私と時井戸さんは向かい合って座っていた。私はシェイク、時井戸さんはポテトを注文していた。お互いに話すこともなく、ただ食べる或いは飲む、の繰り返しであった。


「話をしよう。僕が君のことを呼び止めた理由についてだ」


 あまりにも簡潔に述べるつもりなのか解らないが、時井戸さんはそう切り出してきた。

 ポテトを抓んだ手をナプキンで拭いて、


「改めて自己紹介と行こう。僕の名前は時井戸守。しがない文芸サークルの代表を務めている。まあ、それくらいは君も知っていることだろうから、詳細は省かせてもらうよ」


 その言葉に私は頷く。別に間違ったことを言っているとは思えなかったからだ。


「文芸サークルの代表ってことは知っていますけれど……、問題はどうして私のことを呼び止めたのかということ。それに尽きると思うのですが」

「単刀直入に物事を告げるね。……まあ、僕もそっちのほうがいいのかもしれないけれど」


 時井戸さんは水を呷り、告げる。

 私に顔を近づけ、呟いた。


「……君、幽霊が見えるよね?」


 唐突だった。

 その言葉に思わず呼吸が一瞬止まった。それくらいのことだった。

 何をもって、そう言ったのか解らなかった。なぜそれを言ったのだろうか?


「幽霊が見える、あなたそう言いましたが……。それじゃ、証拠は? 証拠はどこにもありませんよね。それともあなたにも幽霊が見えるとでも?」

「ああ、見えるよ。そこにくっきり『彼女』の姿が」


 目を丸くした。

 まさか私以外に見える人間が居るなんて――思いもしなかった。いや、実際考えれば何人も居るとは思うが、梨沙曰くあんまり居ないんじゃない的なことを言っていたが余裕だったのだが、まさかこんなに近く幽霊が見える人間が居るなんて思いもしなかった。

 そもそも、梨沙は見えないようにしていたはずだ。簡単に見えたら大変なことになるから。例えば写真には映らないようにするとか、電磁波の強い場所に行かないとかある。そういうことをすると幽霊に悪影響を与えるのだという。そういうのは幽霊になってみないと解らないでしょう? と言われたがあと五十年くらいはなりたくないのが本音だ。


「彼女……と言いましたけれど、具体的には誰が写っていますか?」


 さらに告げる。


「夕月梨沙だ」


 確定だ。

 確実に見えている。

 私は諦めて、小さく溜息を吐いた。


「……それで、どうしますか? 私を、梨沙を殺した犯人として突き出しますか?」


 私の言葉と同時に梨沙が時井戸さんを睨みつける。完全に敵として見ているようだ。

 時井戸さんは首を横に振り、


「いいや、そんなつもりは毛頭無いよ。そんなことをしてみたら梨沙くんに呪われるだろうよ」

「よくご存知で」


 呪えるのか……そんなあまりいらない知識をひとつ蓄えて私は頷く。


「……済まない、梨沙くん。少しだけ席を外してはもらえないだろうか?」


 唐突に。

 時井戸さんは言った。

 梨沙はそれを聞いて首を傾げる。


「別にいいけど……どうしてか聞いてもいいかしら?」

「別に大した理由ではないよ。ただ、これからの打ち合わせで少し抜けていた箇所があったからね。それについての補足だよ。彼女は初めての経験だし、ま、多少はね?」

「成る程ね……。でも私はそう長い時間アヤから離れることは出来ないわよ。それでもいいんだったら」

「構わないよ、それで全然いい」

「なら、いいけれど」


 そう言って梨沙はふわりと浮いて、私の背後から離れた。その瞬間、何かが抜けたような気もしたけれど、気のせいだと思い込んだ。


「……さて、話をしようか。あれは確か三十六万年前……」

「どうでもいいです。いつの話ですか」

「あう」


 早く話を終わらせて欲しい。帰りたい。今日発売の漫画を母さんに買ってもらっているからそれを読みたいのに。


「……気を取り直して、夕月梨沙について話をさせてもらうよ。彼女は幽霊になって久しいかい?」

「ざっと一ヶ月程度でしょうか」


 誤差数日はあるけれど。


「一ヶ月、か……。意外と長いな。ところで、君は梨沙くんが死ぬ場面を目撃した?」

「目撃したのなら既に警察に言っているんじゃないですか」

「そうか。いや、済まない。別に君を馬鹿にしているわけじゃないんだ。ただの確認だよ」

「確認、ですか」


 私は呟く。

 時井戸さんは頷き、目を細める。


「それはさておき……、死んだ場面を目の当たりにしていないのならば、君はどうやってそれを認めた?」

「浮いている姿と、彼女の名前が彫られている電柱を目の当たりにしたからですよ。それを見れば流石に認めないわけにはいかないでしょう?」

「ほほう……。確かにそれもそうだ」


 この人はいったい何が言いたいのだろうか。私には解らない。


「長々と話すわけにもいかないから、単刀直入に言おう。彼女が何故死んで、君とともに行動しているのか、疑問に思ったことはないかな?」


 それは梨沙の告白と同じようなことでいいのだろうか。

 梨沙は幽霊になって私にこう告白した。



 ――あなたのことが好きだから。



 覚えてもらいたくて、刻みつけてもらいたくて。

 たとえ一瞬でも、数瞬でも。

 彼女から……そう聞いている。


「成る程。確かに筋は通っている。覚えて欲しいが為に自ら死を選んだ……か。間違っているかどうかと言われればそれでも間違っていることだと思うがね。普通は一緒に生きていたいと思うだろう?」


 それを私に言われても。

 時井戸さんはそれを私の表情から見取ったのだろう。小さく溜息を吐いて、


「……済まなかったな。君にいうことではなかった」

「いえ、別に……。ところで、話ってそれだけですか?」

「いいや、そんなわけはない。寧ろここからが本題だ」


 勿体ぶらずにさっさと言って欲しい。結論から先にいうことが出来ないタイプなのだろうか。


「夕月梨沙は――この世界を改変することが出来る唯一の存在だと言われたら、信じるか?」

「………………」


 時間が、停止した。


「ああ、言っておくが某小説に出てくるなんちゃらかんちゃらインターフェースだとか宇宙人とかは登場しないから」

「いやいや、そういうことじゃないですって」


 ……何故この人は真顔で冗談を言っているのだろう。

 まったくもって理解出来ない。いや、理解したくないというのが正しいのかもしれない。

 そんなこと有り得ない。そもそもそれっていわゆる二次元での出来事、フィクションでの出来事では無いのか。


「いや、そんなことじゃない。フィクションでも似たような世界が繰り広げられたがこれは現実だ。夕月梨沙……彼女がこの世界の『特異点』なのだよ」


 特異点。私はそれを聞いて脳内にある辞書に検索をかける。

 特異点とはある基準のもとその基準が適用されない点のことをいう。言うならばイレギュラーだ。その意味をそのまま準え、梨沙はこの世界である基準が適用されない存在であるということになる。まるでかつて一般常識だった天動説を否定して地動説を唱えたガリレオ・ガリレイのように他人から見れば間違いだと思えることをほんとうだと信じている、イレギュラーな存在だということになる。それは間違っているのか間違っていないのか私にも、正確にはこの世界の人間にも理解できないことだが、ただ一つ言えるとすれば彼女はこの世界の常識とは合致しない常識を持ち合わせているということになる。


「特異点の存在によって何に影響を及ぼすか……はっきり言ってそれはまだ判明していない。ただ一つ判明していることは、二年前、夕月梨沙が何か革新的なことを世界に為出かしたということだけだ。それが何を意味しているのか僕には解らない。残念なことにね」

「因みに宇宙人が居ないなら未来人とか超能力者って居るんですか?」


 私は疑問を浮かべたので聞いてみる。居るなら話のネタになるかも……そんなことを思ったからだ。話せる友達が数少ないけれど。

 時井戸さんは私の考えを理解しているのか否か、少しだけ考えて、


「ああ、居るよ。残念ながら超能力者は居ないが……未来人ならば、ほら、君の目の前に」

「……」

「その目的は夕月梨沙によって変更される未来を元の未来にすること。そのためには君の協力が必要不可欠なのだよ」

「……」

「理解していないかもしれないから、もう一度簡単に言うとだね、僕は五十年後の二〇六四年からやってきた。二〇六四年がどうなっているか説明すると、……いいや、はっきり言って説明するのも酷たらしいくらいのことになってしまっている。何が起きているか、聞きたいかい?」

「……」


 無言で頷く。


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