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おままごとの演じ方  作者: 巫 夏希
二章 人間と紙の共通点とは?
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第九話 Searching...

 捜索を開始した。

 はっきり言って証拠は皆無、状況は厳しい。そんな状況で人一人を探し当てるなんて不可能に近い。

 だけれど私は探さねばならない。あの少女を殺してしまった相手を。


「探して、どうするつもり?」


 問いかける梨沙。いつものイングリッシュガーデンでサンドイッチを一口頬張って、私は考えていた。

 彼女を殺した相手を見つけるのも容易でない。そしてその人間が仮に見つかったとして、そのまま引き渡してもいいのだろうか?

 答えはノーだろう。そんなことをして万が一の事があったら大変だ。そこまでのリスクは背負いたく無い。


「リスクを背負いたく無いのは誰しもが考えることでしょうね。ただ、その問題にずっと対面していくのも何かしらの問題があるけれど」

「……何らかの解決を早々に行え、ってこと? そんなの不可能じゃないかなぁ。時間も無いし、余裕も無い。そんな状況であるというのに何か手を打て、だなんて……」

「何も『諦めろ』だなんて私は一言も言っていないわよ? ……ただ世の中には灯台下暗しなんて言葉があるくらいだからね?」

「ともかく灯台下暗しという言葉だけは覚えておくよ。しかし使うかどうかも解らない言葉になるけれどね……」

「それは解らないよ。人生はいつ、何が起きるか解らない。私とあなたが出会ったのもそんな偶然に依るものだった。そうでしょう? 私が出会ったこともあなたがイングリッシュガーデンで食事をしていたことも、凡て偶然の積み重なりによるもの。幾重にも積み重なり、軈てそれは必然となっていく」


 梨沙の言っていることはとても長かったけれど、要するに世の中に起きていること凡てには理由があるだとか、そういった感じなのだろう。

 梨沙と話すとき、極希に長い言葉を話すことがある。しかも大抵はその言葉に大した中身など入っていないのだから困り者になっている。


「……梨沙は犯人の目星がついている?」


 紙パックのコーヒー牛乳を啜りながら、私は訊ねる。

 梨沙はそれを聴いて、私の言葉を鼻で笑った。


「どうして鼻で笑うのか教えてくれないかな?」


 私は少しだけむすっとした表情で梨沙に言った。


「簡単な話だよ。目星がついているのかいないのか聞いただけ。それ程にまで豪語するのだから、幾らか目星はついているのかな……なんて思っていたけれど、ダメだったようだね」

「だって仕方ないじゃない。あれほどの情報で目星がつくとでも?」


 私の言葉に梨沙は頷いた。梨沙も私と同じ感情を抱いていたらしい。


「確かに彼女の言葉からそれを当てるのは非常に難しい。女性で髪が長くていつもスカートを履いているんだっけ? そんなのごまんと居るからね。実際に彼女が亡くなった日付を覚えておいたほうがいいってわけだよ。それで、本人からその日付は聞いた?」

「そりゃ勿論。彼女が亡くなったのは一年前の冬、十二月十八日ということが明らかになっている。その朝早くだから、あまり見ている人間も少ないんじゃないかな」

「そうかもしれない。だが、聞くだけの価値はある。聞いてダメだったらそれは致し方ないことになるけれどね」


 話を聞くのは凡て私になるのだけれどなあ、と私は呟いたけれどそれは梨沙に聞こえることは無かった。

 とにかく話を聞くことになる。それで私が不審がられるかもしれないけれど、それはもう充分。

 昔から私は貧乏くじを引いている人間だった。小学校の頃といい中学校の頃といい高校の頃といい。今はそういう貧乏くじを引きたくないから人と関わりたくないと言ってもいい。不利益をもう被りたくないのだ。真っ平御免だ。


「……まあ、あまり聞きたくないのならそれを無理矢理させようとは思わないけれど」

「そんなこと言うけれど梨沙が変わってくれるのかしら。梨沙が代わりに話を聞いてくれるのならば私も嬉しいのだけれど」

「幽霊を舐めてもらっちゃ困るね。具現化しないと一部の人間にしか視認されない特殊な存在よ」

「ドヤ顔で言われてもなあ……」


 溜息を吐いて、最後のサンドイッチの一口を頬張る。

 これで私の昼ごはんは終わり。

 これからは話を聞くだけの簡単なお仕事。

 報酬なんて皆無だけど、少しくらい人助けをしたって悪くない。



◇◇◇



「一年前の十二月十八日に駐輪場で居た女性二人組を見なかったか、って?」


 学生一人目。同じ講義を受けている男子学生だ。チェック柄のシャツを着てジーンズを着用している姿はどこか理系男子の一般系を匂わせる。

 男子学生はかけている眼鏡の位置を動かしながら、


「……あまり見かけたことがないかな。名前は何て言うんだい」

「神蔵一紗という名前です。聞き覚えは?」

「……いや、聞いたことがないね。済まない、あまりいい情報を言えなくて」

「いえ、こちらこそ貴重な時間を割いてもらって」


 頭を下げて男子学生を見送る。


「収穫なし、か」

「しょうがないよ、先ずは一人目だし。一人目から有力な情報が出てくる程世の中ってものは甘くない」

「そりゃ解っているけれど……。まさかここまでとは」


 ここまでこの大学の学生が他人に薄情だとは思いもしなかった。まあ、実際私もそれに当てはまるのだから、強くいうことはできないけれど、それでも私みたいな人間は少数派だと思っていた。別に少数派な私がかっこいいとかそういう意味で言っているわけではなく、ただ単純に自分の異常を理解しているだけに過ぎない。

 私は異常ではないと認めるのは、確かに場面に応じて存在するけれど、全般的に見れば一般的な考えに当てはまっていないのが殆どだ。依って私は異常である。そう証明した時は中学時代の先生が文句をぶつぶつと言っていたのを思い出す。


「取り敢えずまだ一人目だ。これだけで音を上げているつもりじゃないだろうね?」

「そりゃ当然よ。ただあなたは暇を弄んでいるというのがねえ……」

「身体が無いのだから仕方ないじゃない。誰かに乗り移るしかない……」


 それは流石に困るしまずい。何かあったとき対処するのが大変だ。


「まあそれは冗談だけれどね。そんなこと出来る力があるなら、既につかっているよ」

「それもそうかしらね……」


 溜息を吐く。

 まだ情報収集は始まったばかりだ。急いで物事を進めて彼女に教えなくてはならない。

 そのためには私たちで犯人をある程度把握する必要がある。把握することで彼女に犯人の名前を教えることができる。ただ、そのあとに彼女が何を為出かすかどうか……というのはさすがに対象外と言ってもいいだろう。

 最初は彼女に犯人を教えるのは止めようと思っていた。そんなことをしたら彼女は怒りを具現化し、何をするか未知数であるというのが理由として挙げられるからだ。


「……まぁ、そんな簡単に行くわけは無いよね」


 ここで私は話の流れを元に戻す。神蔵さんの情報を仕入れるためにはあまりにも証拠が足りなすぎるのだ。


「学生個人の情報ならば学生課に行けば何とかなるんじゃないかしら?」

「梨沙、簡単に言うけれど……。学生課の人に、本人の幽霊に彼女を殺した相手を探して欲しいと頼まれたからって言って信用してもらえるとでも? 私がその立場なら先ず怪しいと思うけれど」


 もちろん彼女を使って学生課のデータベースを盗み見ることも考えたが……それは完全に犯罪だ。それに、データベースはサーバ上で管理されているらしい。いくら幽霊でもローカルネットワークに入り込んで情報を見るなんてことは出来ないだろう。出来ているなら今頃悪戯心を持つ幽霊によって世界のシステムが大パニックを起こしているはずだ。


「まぁ、確かにそれはそうだけれど……。でもそれをしたとしても犯人は見つからない。無駄なリスクを犯してまでそれをやろうとは思わない」

「そうか……。まぁ、それは仕方無いね。幽霊なら幽霊なりに頑張ろうと思ったのだけれど」


 少しだけ落ち込んだ。

 仕方無いことだ。流石に犯罪に手を染めてはならない。これは戒めだ。


「吉川さん」


 声をかけられた。

 その声を聞いて私は振り返る。そこに居たのは橘さんだった。橘さんは笑っていた。小さく、小さく、笑っていた。


「どうしました?」

「いや、順調なのかな……と思ってね。幽霊には出会ったのかな? 出会っていないことならばさっさと会って解決しちゃったほうがいい」

「あぁ、ご心配なく。もうとっくに会ってきましたから。……何でも自分を殺した犯人を見つけたいらしいよ?」


 私は自然に、ただ自然に笑って見せた。

 それに意味など無い、ただの無意味な行動。

 それを聞いて橘さんは一瞬驚いたような表情を見せたが、直ぐに何事も無かったように笑った。僅かな時間だったが、私はそれを、見逃さなかった。


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