4.
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陽里が2030号室で片付けをしている頃、A師団本部棟の師団長室で師団長である喜助はある人物のデータを見ていた。
「そんなに気になるのかい?」
部屋には2人、喜助の他にソファに座って寛いでいる女性がいる。
喜助も十分に若いが彼女は彼よりさらに若く見える。
それが本当に若いのか、化粧と言う遥か昔から存在する魔法によるものなのか、彼女の持つある種の才能なのかはわからない。
「仮にも上官に対する口調じゃないねぇ」
喜助は顔を上げて彼女を軽く睨む。
「うっせ、今は誰もいねぇだろうが」
「やれやれ」
喜助は呆れて手元の書類に目を落とした。
「それにワタシはあんたらの階級には当てはめて欲しくないね」
「こればっかしはどうにもならないねぇ」
「ったく、日本人ってのは頭のかてぇ奴ばっかだな」
「それについては本当に何も言えないなぁ」
「それで、中将様は結城陽里一等陸士のデータを見てどうしたんだい?」
「見てみるといいよ」
そう言って喜助は彼女に紙を投げて渡す。
器用に指2本でキャッチして内容を見る。
「へぇー、こいつはおもしれえや」
顔に満面の笑みを浮かべて彼女は喜助を見る。
「彼を君に付けようと思うのだがどうだい?」
「いいぜ、どんな奴か気になるしな」
「あまり無茶な訓練はしないでくれよ、エリザベス・エドベル中尉?」
「生憎と訓練には手を抜かない主義でな」
「それで何人が脱落したと思ってるんだ……」
「最近は脱落しないようにしてるだろ?」
エリザベスはニカッと笑う。
エリザベス・エドベル――第壱都市からの客員教官。
彼女の美しさは淑女と言えるものだが、その訓練は熾烈を極める。それは徹底的に扱き、追い詰めていく訓練である。
エリザベスの容姿に惹かれて彼女の下に入る者は多いが、脱落者は多く彼女の扱きを耐え抜いた者は数少ない。
だがその数少ない訓練を耐えた者は一線級の実力を手に入れて活躍していると聞く。
生憎とこのA師団――と言うより第参都市軍でエリザベスの訓練を耐え抜いた者はいない。
それは彼女がここに来て間がないのも事実だが――
「それは最近になっての事だろう? ここを攻められるようになってから必死になったんだろうねぇ」
耐えられなかった者しかいなかったのは今までは万が一と言う程度でしか必要性を感じなかったからだ。
それがどう言う訳かA地区が戦争の前線になってしまった。
強くならなければ死ぬ。
それが本能でわかってしまったからエリザベスの下で訓練している兵達は必死に食らい付こうとしているのだ。
「やっぱり最前線の奴らを訓練した方がいいと思うんだがなぁ」
エリザベスはソファにだらけて天井を見る。
「お偉いさんは自分を守るのに必死だからねぇ。強い兵を手元に置いときたいんだよ」
「ったく、情けねぇ奴らだ。強い兵程安全なところにいるってのもおかしな話だよな」
「それに比べて彼は面白いね」
「結城陽里、最終試験――あんたらの言うところの機兵試験で座学と実技の成績が満点。ランクはAA。使用機は……へぇ、陸士のくせしてこれを使うのか。普通の奴から見たら頭おかしい奴に見えるな」
エリザベスは大笑いして額を押さえる。
「とにかく、彼はよろしく頼んだよ」
「へいへい」
翌朝。
陽里は起床時間の5分前に目を覚まして着替える。
そして起床時間になるとアラームが鳴る。
軍に所属している以上こう言った強制的な規則正しい生活にはなるが、大昔のように着替えて外に出て体操をすると言ったものはない。
けたたましい音が建物全体に響き渡るも同居人の新が起きる気配はない。
「おい、起きろ。朝だぞ」
仕方なく陽里は二段ベッドの上に登って新を起こす。
昨夜は「オレっちが上な」とか言って上で寝てしまい、特に気にはしなかった陽里ではあったが、起こすとなると面倒なものだと思い、今からでも変えられないか模索し始める陽里であった。
「後5ふっ!!」
新が言い終わる前に陽里は手刀を新の鳩尾に振り落とした。
「寝坊されるとこっちにもペナルティがあるんだ。早く起きろ」
所謂連帯責任である。おかずが1つ減らされたり共同スペースの掃除をさせられたりと碌な事がないため陽里は真面目に起こすのである。
「……はい」
強烈な痛みによって起きた新はベッドで落ちそうになるも無事食事時間に間に合ったのだった。
ちなみに食堂は宿舎の外にある。
朝食前に訓練、朝食後に訓練と言った感じで分けられているがどちらも外に出る必要があるために宿舎からほぼ全員が同じタイミングで外に出るのでエレベーターは当然使えず階段が激しく混みあう事となる。
さらに食堂は1度に兵団の半数を入れられる程の広さはないために競争となり、混み具合に拍車を掛ける事となる。
従って連日食堂には一瞬で長蛇の列が出来るのだ。
新のせいで並ぶ羽目となった陽里ではあるが事前情報がなければ困惑した事であろう。
「特Aってこんな競争が起きないんか?」
新との食事中に陽里はこんな事を訊かれた。
「食堂はかなり広かったし朝食は部屋に運ばれる形だった」
「流石特A、レベルが違い過ぎる! エリート中のエリートは待遇も特別なんだな」
「そうだな、部屋も6畳1人部屋だったし」
陽里がそう言った瞬間、新は箸を落とす。
「何故だ……差別反対だー!!」
「そう言った差別を出していくから皆特Aに入りたくさせてトップ集団を入れてるんでしょ」
人気だからこそエリートが集まる訳で人気にするには待遇が良いところである必要がある。
この時勢でそう言った待遇の良し悪しはまず安全かどうかである。
戦争しているこの時代に安全の有無は大切であろう。
明日惨たらしく死ぬような清潔な場所より、明日もほぼ確実に生きられるであろう汚い場所の方が良いと考えるのも仕方ない。
次に生活の便利さであろう。
つい最近まではA師団も特A師団も安全が保証されていて便利さや優遇云々で人気に差があった。
「特Aに入ったら天国なんだろうなぁ」
とは言っても特A師団に入ったらそれでいいかと言えばそうでないと陽里は身を持って知っている。
「入ったら入ったで同僚を蹴落とす戦争が始まるだけだよ」
安全・便利、人間これらが満たされたら次の欲求が出てくるものだ。
裕福さ――財力や権力と言った社会的な欲が生まれるのだ。
飽くなき欲望は有史以前から人を高みに押し上げる一方で人と人との関係に摩擦を生み出し続けるのだ。
「特Aも特Aで大変だったんな」
新が果たして真面目に聞いていたかは知るところはなく。また、陽里がこの考えに基づいて生きてはいないのだと知る事も無いのであった。
次回から1日1話18時での更新となります。
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