3.
A師団の総所属数は1万人である。
これは兵士はもちろん組織を維持する事務員から清掃員まで含めた数である。
その中で宿舎を利用するのは兵役中の徴兵と希望した職業軍人である。
それが合計何人かは不明だが7割で見積もれば7000人が宿舎暮らしであると考えられる。
男女別の棟であるため、半々にしても3500人である。
つまり1つの建物に3500人が寝るだけの広さを持つ。
4畳半の部屋に2人としても1750部屋――8750畳である。
壁など含めても6万平方メートル強も必要で1階建てで廊下を直線にすると6キロは下らないだろう。
従って当然の事ながら宿舎は高層ビルの形となる。
地上51階、1フロアにつき35部屋(1階にはない)ある建物であり1部屋に2人ないし3人が過ごす。
51階と言えばかなり高いと思われがちだが辺りを見渡せばより高い建物がそこら中で見つかる。
軍事基地と言えば低い建物を思い浮かべがちだが土地がないために仕方なく高さを取ったのが実情である。
尤も未だかつて被害がない事から問題はないとされているのもあるが。
陽里に与えられた部屋はそんな男子宿舎の20階の西部屋――2030号室であった。
(もし深夜の緊急出動の場合どうなるんだろうな)
陽里は真っ直ぐ部屋には向かわず1階を探索する。
51階に住む者からしたらエレベーターで降りれるのなら問題はないだろうが混雑や危険な状況であったりするから普通は階段で降りるのだろう。
そうなると当然51階から1つ1つ降りて行く事となり、各階毎に人が雪崩れ込んでいく事が予想される。
(幸い階段は広いからそう言う対策はしているのだろうけど)
陽里は階段を見て、やはりと思って頷く。
陽里は来た道を戻ってエレベーターで20階まで移動する。
20階からの夜の景色はとても良い――訳がなく他の高層建築物に阻まれて何も見えたものでもない。
それだけこの都市に人が集まり発展していったのだろう。
灰色の長い廊下を進み2030号室の前に立ってドアを開ける。
「……」
陽里は部屋には入らず何も言わずにドアを閉めて部屋番号を確認する。
それと同時に部屋の中で大きな物音が立て続けに起こる。
しばらくすると「ど、どうぞー」と言った申し訳無さ半分と困惑半分の情けない声が返ってくる。
陽里は改めてドアを開けて部屋の中に入る。
「ちゃ、ちゃんとノックくらいしてんよぉ」
部屋の中にいた青年はやはり情けない顔をして言う。
「物音がしなかったから人がいないと思って」
一方の陽里は対して気にした様子もなく答える。
「そりゃ音出してやってたら隣の部屋に聞こえるっしょに」
「それもそうか」
「なんか全然気にしてないんね」
陽里の淡々とした口調に彼は安堵と苦笑する。
「太古の昔からDNAに書き込まれたシステムだし当然だと思うよ」
「お、おう……」
「取り敢えず消臭剤持ってきたし使っていい?」
「やっぱり気にしてたー!!」
陽里によって部屋中の臭い成分が消臭剤に吸着された事によって臭いだけは新築並になった頃。
「オレっちは五十嵐新ってんだ」
「結城陽里、よろしく」
「よろしくー!」
新は手を差し出してきたので陽里は握手に応じる。
黒髪黒目の純和風の容姿で背は陽里よりやや高い。
「今日、ボクが来る事は知らされなかったの?」
陽里は部屋を見回して新に尋ねる。
「いやぁ、そのー、なんて言うか……。後でやってもなんとかなるって思ったと言うかぁ……」
部屋の惨状を見て新は苦笑いで誤魔化す。
陽里が来ると知らされたのは今朝の話であった。
新もこの時は上司を前に告げられていたので知っていた。
日課の訓練が終わって部屋の片付けもあるだろからと早めに上がらせてもらったのだが、部屋に着くなりテレビを見始め、夕方に仮眠をとり、夜に起きて――と言ったところで陽里がやって来たのだ。
自分の怠慢がこの有り様を引き起こしている事に新は反省するのだった。
陽里も部屋の様子を見て既に察しは付いているようで嘆息はするもののこれ以上は何も言わないでいる。
「取り敢えず部屋の片付けをしよっか」
「……」
新が提案するも陽里は何も言わずに新を見る。
「片付けをします。させてもらいます……」
「仕方ない、ボクも手伝うよ」
結局陽里は新の申し訳無さ過ぎる顔を見て手伝う事にするのであった。
短編でも登場した五十嵐新くん。今回は活躍するんでしょうかね?(笑
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