2.
サブタイトルは気まぐれで付ける時も付けない時もあります。
ご了承ください。
「本日よりA師団に転属しました、結城陽里一等陸士であります」
陽里は完璧と言える敬礼で今日から上官になるA師団師団長――鹿島喜助中将に挨拶をする。
「君が噂のエリート街道から飛び降りた変人かい?」
喜助は顎髭を撫でて陽里を見る。
「中肉中背の黒髪で……眼の色はセピア色か、純日本人にしては明るいかな? 遠い先祖に国際結婚でもあったのかねぇ」
一通り陽里を眺めて喜助はそのような感想を漏らす。
「少なくともボクの知り得る限りの親族にはいません」
「そうかいそうかい」
喜助は笑ってタバコを取り出して火をつける。
「それで、所属許可を頂けるでしょうか」
「ん? あー、特Aからのなんて断る事なんて出来ないからね。君、捺しといて」
喜助は2人いる秘書の内1人を呼んで転属届を渡す。
そして手を組んで陽里を見つめる。
新人秘書はその様子を部屋の片隅で眺めていて少し引いていた。
「あれは師団長のいつもの癖よ」
書類を受け取った方の秘書は新人の彼女に言う。
「え……?」
(どう言う事!? 師団長って……その……そっちの趣味があるの!?)
先輩秘書に言われてますます混乱してつい顔を赤くしてしまう。
「……」
「……」
当の2人は無言であり、何かイケナイ雰囲気がそこにはあった。
そして遂に切り出したのは喜助の方であった。
「……見事な体だねぇ」
(きゃー!!)
彼女は耐えられなくなり思わず顔を手で覆う。
「機士として文句の付け所が全く見当たらない。噂通りでもおかしくない」
(……え?)
「お褒め頂きありがとうございます」
彼女の呆然を他所に2人の会話は続く。
「何、謙遜する事でもないさ。ただ隠すような事を態々しなくても良かったんじゃない?」
「試すような真似をして申し訳ありませんでした。鹿島中将は炯眼を持つ事で有名でしたので」
この日のために陽里は制服の下にシャツを何枚か着て体型を隠すようにしていた。
「まぁ君の上司になるんだからねぇ。上官の実力ぐらい理解したいのもわかるよ、うん。で――」
喜助は新人秘書を見る。
「誤解は程々にね」
喜助はウインクして笑う。
彼女は遂に恥ずかしさに耐えられなくなり「すいませんでした」と叫んで部屋を出て行った。
喜助にとっては周囲の人間の考える事は手に取るようにわかる。
そうでなければこの席に座るだけの才能や実力を持たないし命令する立場の者として務まらないものである。
その周囲を見渡す能力と本質を見抜く鋭さに尊敬の気持ちを持って陽里は頭を下げた。
「そんな恭しいものじゃあないよ」
流石にそのような理由で頭を下げる陽里に対して恥ずかしさを覚えたのか喜助は苦笑して手をひらひらと振る。
「部署は追って連絡する形になると思う。これは人事の仕事だしね。取り敢えずもう夜だし宿舎に行くといい」
「わかりました」
陽里は一礼して部屋を後にする。
そして改めて喜助に対しての脳内の人物ファイルを編集する。
鹿島喜助――A師団師団長にして中将。
41歳と比較的若くしてその座についており場合によっては特A師団より優秀なのだろう。
見た目の雰囲気は軍服を着崩すなど良く言えばフランクであるが観察力が高く指揮官として優秀と部下達から評されるだけある。
近頃は戦線と化したA師団の防衛区画――旧神奈川――A地区では必要な人物だ。
陽里は事前に頭に入れたA師団施設マップから宿舎までの最短ルートを導き出して歩く。
その場所の雰囲気とはそこにいる人の目を見ればなんとなくわかるものである。
特A師団の所属者の目を見れば出世欲で目がギラギラしているものである。
一方でここA師団のそれを見れば目が半分死んでいる。
つい最近まで特A師団に次ぐ安全地帯だったのだ。裏切られた感があるのだろう。疲労以外にも精神的に堪えたのではないかと陽里は考える。
だからと言って逃げる事は許されない。
陽里のように特A師団からA師団に移るような自ら左遷する事は極々稀であり通常はありえない。
逆に恐れ多くて出来ない者が多いがA師団から特A師団に移るように事実上の出世を望む者は多が、何の理由もなしにそれが許可される事はなく陽里の場合よりも稀である。
詰まるところ転属はほぼないものであり、状況が不利になったから他所に移らせろなどと言う要望は当然通らない。
従ってA師団から特A師団はもちろんB師団などのより下ないし同じ位の組織への転属も出来ないのである。
ある人から見ればA師団は牢獄であり、ある人から見れば人生の成功への登竜門なのである。
だが陽里の場合はいずれでもない。
「早く出撃したいな」
宿舎に辿り着くなり声を漏らして月夜に照らされた悪魔のように口角が上がっていた。
次回は明日0時更新となります。
よろしくお願いします。