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妄想が止まりませぬ。



「なんで……みんなさま、他人事だと思って」

 親衛隊の会員たちが解散し、それぞれの屋敷や宮中のお勤めへ戻っていく。

 その様子を見ながら、綺羅は独り呟いた。

 元々、綺羅の恋は叶うものではない。

 相手は身分の違う女性。どう足掻いても、結ばれることはないのだ。

 それでも、綺羅はその想いを大切にしたい。


 ――浅野家は名家ですけど、流石に皇女殿下がお相手では結婚は叶いませんものね。


 だからこそ、この結婚は憂鬱だった。

 どうせ、望まない結婚なら、胡蝶とは関係のない人間を夫にしたい。

 それなのに、どうして、よりにもよって……。


「お前は、またそういうことを……うるさいから黙れ、変態め」

「黙らないね。虎姫は可愛いんだから、もっと活かすべきだよ。最近流行りの丈が短いスカートとか着たらどう? 鍛え抜かれた生足は自慢するべき! 絶対するべき!」

「着るかッ! だいたい、私は異国文化には染まらんからな。あんな不埒な装いが着られるわけがないだろう! 幼女であるならまだしも、不埒すぎる。意味不明だ。理解に苦しむ」

「大丈夫、大丈夫。胸の方は十二歳くらいだから。俺が見ていないとでも?」

「いつ、誰がそんなものを見たって!? 逃げるな、楓雅。殴らせろ、おい!」

 渡り廊下の方から、聞き覚えのある声が響く。

 綺羅が眉を寄せて覗き込もうとすると、誰かが走って前方に飛び出してきた。


「あ……」

「え……」


 飛び出した青年――浅野楓雅が短い声を上げる。

 綺羅も思わず声をあげそうになってしまう。


 が、瞬間。

 楓雅の後頭部に、鞘におさまった刀が叩き込まれる。

 背後からの一撃をまともに食らって、楓雅は蹲りながら死にそうな呻き声を上げる。

「ったあ……虎姫。素手で殴ってくれよ。お触りなら、大歓迎。いくらでも殴ってげふっ」

「お前の頭の位置が高いのが悪い。図体ばかりデカイ役立たずが。隙を見せるからいかんのだ。本当は避けられる癖に」

「酷い。俺は確かに罵られて喜ぶ変態だし、役立たずとかもっと言ってほしいけど、帝都付きの武官の中じゃ上から三番目だ! そこまで大きくないだろ! 失礼するって、痛ッ。また殴ったね? そのまま、踏みつけてくれると嬉しがふぉっ」

「……お前の突っ込みどころは、そこなのかっ。もっと否定するところがあるだろう。充分デカイぞ、阿呆! あと、わざわざ殴られに来るな鬱陶しい!」

 目の前の青年を容赦なく蹴りつけながら、瑞穂帝国第三皇女胡蝶が呆れた様子で息をつく。


 綺羅は二人の問答に圧倒されて、しばらく、呆然と立ち尽くしていた。

 しかし、すぐに我に返って、愛しい胡蝶がそばにいることを喜んだ。


 艶やかな黒髪を揺らし、武官の正装に身を包む立ち姿。

 瞳は黒曜石のように鋭く精錬された輝きを放ち、声は歌うように美しいが、凛々しくて力強い。

 こんなに近くで胡蝶を見るのは、久しぶりだ。

 親衛隊の間で出回っている絵姿や、噂話を肴に妄想するのと違って、やはり本物は恐ろしいくらい魅力的だ。

 綺羅は感激して、眼を輝かせつつ、鼻血が出ないように細心の注意を払う。失神なんて勿体ないことは死んでも出来ない。


「ご機嫌麗しゅう、綺羅嬢」

 横から、楓雅が痛む頭を押さえながら笑った。

 だが、綺羅はそんな楓雅を華麗に無視してやった。

 せっかく、胡蝶が近くにいるのに、邪魔しないでもらいたい。

「綺羅? ……ああ、鳳凰院の姫か。宮仕えしていたのだったな」

「わ、わたくしのことを記憶に留めてくださっているのですか!?」

 胡蝶が綺羅の名前を知っていた。

 それだけで嬉しくなって、声を高くしてしまう。そんな綺羅に、胡蝶は凛とした、しかし、優しい微笑を浮かべる。

「ああ、楓雅の許嫁だろう? 毎日聞かされているからな」

 なんだ、そういうことか。

 綺羅は少し落胆してしまう。今日は喜怒哀楽の波が激しい気がする。

 俯いていると、胡蝶の隣に楓雅が立った。

 指南役とは言え、従者が主の隣に並び立つなんて……よほど、心を許されていないと出来ないか、ただの無礼者だ。


「綺羅嬢。よろしかったら、屋敷に来ませんか? 西方から珍しい茶葉が手に入ったので、試してみようと思っているのです」

「結構です、行きませぬ。天地が逆さになっても行くわけがございません」

 誰があなたの誘いなどに乗って差し上げますか。先ほどだって、一人で胡蝶様に蹴られるなんて羨ましすぎる姿を見せつけておいて!

 綺羅は口を曲げて、許嫁(仮)を睨みあげた。

 けれども、即答した綺羅の反応など予測したように、楓雅はこう付け加える。

「虎姫も一緒ですよ」

「……うっ」

 この男、わたくしの弱みをッ……綺羅は卑怯な手を使われて、思わず眉に力を入れた。

 胡蝶を見ると、いきなり指名されて困ったような顔をしていたが、やがて、諦めたように「では、邪魔することにしよう」と呟いている。


 どうしよう。

 大嫌いな婚約者の誘いに乗るのは大いに不本意だ。

 しかし、大好きな胡蝶と茶を飲める機会など、そうそう巡ってくるものではない。


 あわよくば、胡蝶が口にした茶器に間接接吻(キス)したり。

 あわよくばあわよくば、お手を繋いでキャッキャウフフ……。

 あわよくばあわよくばあわよくば、「近う寄れ、良いことを教えてやろう」「いやん、そこはなりませんっ」「身体は喜んでいるが?」「や、やめッ」(以下自主規制)

 あわよくばあわよくばあわよくばあわよくば!

 あー、妄想が止まりませぬ!


 綺羅は湧き上がる怒りと、滾る妄想を呑み込んで、ぎこちない笑みを浮かべた。

「せっかくですから、ご一緒させて頂きます」

 卑怯者!

 言葉の裏側で罵りながら、綺羅は楓雅を憤怒の視線で射抜いた。

 しかし、楓雅はそれをかわすように、何食わぬ涼しい顔で笑っているのだった。




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