平和です
5歳のとき、養子に出された。
実の親に捨てられ、家族と離ればなれになる悲しさに泣いて泣いて泣きまくって熱が出て、ついでに前世の記憶とおぼしき物を思い出した。なんでだ。
戸惑いを環境の変化のせいとごまかせたのは運がよかった。新しく私の親になってくれた人がいい人だったのはさらに幸運だった。
「父さーん!ご飯出来たよー」
「うぃー」
がっしりした大柄な体躯。私の父は隊長位を授かる騎士である。厳つい見た目とは裏腹に、男手一つで四苦八苦しながら私を育ててくれた優しい人だ。
料理が面白いほどすいすいと減っていく様を見るのは気持ちがいい。おかげてここ数年で家事スキルが急上昇した。なのに女度じゃなくて主婦度が上がっている気がするのはなぜ。
「うまかった」
「お粗末様でした」
騎士の朝は早い。まだ日も昇らぬうちから早朝練を行い汗を流す。それに合わせて朝食を用意するため必然的に私も早起きになるのだが、食べ終わると必ず言ってくれる「うまかった」という労いの言葉があればそんなもの苦でも何でもない。
良妻よろしく出勤する父に上着を着せて皺をのばし、仕上げにぽんっと肩を叩く。
「いってらっしゃい。気をつけて」
「おう、いってきます」
養子に出されたことがこの上なく幸せだと思える。そう思わせてくれる父に感謝せずにはいられない。
音楽の国メルディナの西端、ルジアナ。地名があることが奇跡のような何もない田舎である。いや、何もなくはなかった。美しい緑、空気、水。静かな夜と満天の星、温かな人柄。うん、素晴らしく平和だ。
仕事に追われていた前世とは打って変わって自由でのどかな日々。嗚呼なんて素晴らしい!鼻歌まじりにやってきたのは、ルジアナ唯一の教会。小さいけれど美しい、音楽と豊穣の女神メルティを祭る立派な建造物だ。
田舎ならではだろうか、開け放たれた扉から中に入るとすぐに気づいて駆け寄ってくる子供が二人。
「リーシャ姉!」
「リーシャ姉ちゃん!」
「おはよ、うぐっ」
入ってる!入ってるよ鳩尾に!いきなり抱きついてきた二人をなんとか受け止めた私、よくやった。が、しかし。子供たちの突撃はそれだけで終わらなかったのである。
「あっ!リーシャだ!」
「リー姉ちゃ〜ん」
「きゃー!リーシャ姉ちゃんだ〜」
「まさかの第二弾…だと!?」
「子供って怖い」
「何を言ってるんですか」
来て早々息絶えそうになる私に呆れた目を向けるのはこの教会のシスターである。子供の恐ろしさを存分に味わった私にその視線はちとつらいよ。
この教会は、孤児院と託児所を兼任している。子供の多さはそのためだ。
貴族らしく優雅に時間をつぶすという行為がへたくそな私はここでボランティアをしているのだ。生産性があると言ってほしい。
「「リーシャ!騎士団ごっこしようぜ!!」」
「おもいおもいつぶれるっ」
女の身に子供とはいえ育ち盛り3人はさすがにキツい…!飛びついてきた男の子たちをなんとかどかしながらぜえはあしていると、やれやれ、とでもいうようにリックが首を振った。ガキ大将ポジションの少年である。
「なんだよ情けないなー。それでもエドガー隊長の息子か?」
「残念、息子じゃなくて娘だ」
熟練主婦並みの家事能力を誇る私にむかって何たる暴言。リックには乙女の鉄槌を下しておいた。ふんっ。
ちなみにエドガー隊長とは父のことである。この田舎では子供たちが王宮騎士なんて見たことあるはずもなく、憧れの対象は専ら一番身近な砦の騎士たちだ。中でも隊長でいかにも男らしいがっしりとした体躯の父は子供たちから人気が高い。娘として誇らしい限りである。
仕方がないので、父の娘らしく丁重に断っておこう。
「すまないが、私には昼食の準備というきわめて重要な任務があるのだ。諸君らの勇姿を見れないこと残念に思う。後ほど結果を教えてくれたまえ」
「くっ、そういうことなら仕方がない。お役目、しっかり果たされよ。敬礼!」
「敬礼!」
阿呆じゃない、平和というんだ。