表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Anthem  作者: 南雲 碧
3/3

天使の勘

『フルオーケストラ』の根城である城はノウスグランド(北の大地)と呼ばれる大陸の中で、一番大きな森の奥に存在している。『銀の森』というその名の通り、森はいつでも白銀の雪に深く覆われていた。広大な面積を誇る城の周りの敷地は散策用の庭と競技場に大きく分けられており、『フルオーケストラ』の魔術師達が自由に使えることになっている。のんびり過ごすため、という主旨でつくられた庭は障害物もなく、見渡す限り真っ白だ。一方競技場は、障害物がそれはもう沢山ある。雪で白いのは変わりないが、有り得ない大きさの岩や地面から突き出る毒針、洒落にならない深さの落とし穴などなど。さらに恐ろしいことに、この競技場は魔女や魔術師の弟子のテストに普通に使われていた。まさにデンジャラス命懸けのテストである。そんな、誰も行きたくないような競技場に足を運んでいる自分の状況を思いだし、フォルティッシモは自嘲気味に乾いた笑みを浮かべた。誰も行きたくない、競技場。そこで待つのは、慕われてはいるが誰も戦いたくないと思う人間。フォルティッシモやアレグロが「スー」と呼び、アチェレランドが懐いている本当の指導者。

スフォルツァンド(最上の強さ)。

『フルオーケストラ』のコンサートマスターにして、「非常な強さ」のフォルティッシモでさえ戦いたくないと思う、真っ白な青年だ。

フォルティッシモ達が競技場に着いた時、 冷や汗と引きつった薄笑いを同時に顔に浮かべ、両手を上げ全面降伏する幹部のプレスト。戦いの中心から、これでもかというほど距離をおいて息を詰めるギャラリー。恐怖と畏怖の視線を一身に浴びて立つ、一人の白い青年。右手を掲げ、今まさにとどめを刺そうとしていた青年は相手の降伏を受けて歌うように呟いた。


「・・・弱い」

「プレスト、無事か!!?」


消される寸前の兄を見て、アレグロが声を限りに絶叫する。フアフアの黒髪パーマの男 プレスト(急速)は、弱々しくため息をついた。肩の力が抜けたのか足元がふらつく。


「おせぇーよ、まったく・・・・・」


殺されるとこだったんだぜ?と若干涙目の優男の肩を、ポンッとアレグロが叩いた。 まぁまぁ落ち着けよ、この仇はフォルテがとってくれるらしいから。な?フォルテ。はぁ?お前勝手に引きずってきといて何言って・・・。何だフォルテが来てくれてたのか、そりゃ安心だな!是非無事に生還しろよ、グッドラック。人の話を聞け!!

ヒソヒソと凄い早口でなすり合いの攻防を繰り広げる男三人組。しかし、スフォルツァンドも含めてフォルティッシモ以外の全員が既に乗り気のようで、フォルティッシモ一人の意志など無いも同然、実に華麗に無視された。シパシパ、シパシパ、とぎこちなく黄金の瞳を瞬いたフォルティッシモは、改めてスフォルツァンドの方を振り返った。

背を覆うほどに伸ばされ青い糸で編み込まれた髪。透き通りそうな碧眼を守る女のように長い睫毛。所々青い刺繍の入った変わったデザインの服。全てが、地を覆う雪よりも透明で一点の汚れも無い美しい白いだった。フォルティッシモより頭一個程小さな身体は細く、顔立ちは良くできた西洋人形のよう。そもそも全身が真っ白で耳が人間に比べて異常に尖っている時点で、彼には現実味や人間らしさが恐ろしく希薄だ。

苦手だ、と思う。嫌いではないのだか、時々無性に苦手になる。その時以外は平気なのになぁ、とフォルティッシモは苦笑いした。むしろ、好ましい上司なのに。そんなフォルティッシモの気も知らず、又、知るはずもなくスフォルツァンドはフワリと柔らかい微笑みを浮かべた。プレストに放とうとしていた攻撃を引っ込め、力無く右手を下ろす。その笑みは無垢な幼子のとうで、慈愛に満ちた母のようで、人を殺めた罪人のようで、哀れみ、嘲り、愛おしむような美しいもの。


「だめだなぁ、お前達。そんなに弱いと科学者達に負けちゃうよ。ほら、俺みたいにここに風穴が空く」


スッと自分の右の横腹を指差したスフォルツァンドは邪気なく笑った。フォルティッシモと同い年にも関わらず二、三歳下に見えるほど幼い顔。が、その後の言葉にギャラリー達はさらに大きく後ずさった。


「じゃあ、次リハビリ手伝ってくれるのは、誰?」


ズザァ

一言も発することなく後退する仲間達を見回して、「ん?」と小さく首を傾げるスフォルツァンド。ぐるりと周囲を見たのち自分を捉えた碧眼に、フォルティッシモはこれ以上なく嫌そうな顔をした。


「フォルテが相手してくれるんだ?」

「いや。出来ればこのまま、ベッドにお帰りいただきたい」

「嫌だよ、身体が鈍るんだ。大丈夫、どうせ手負いなんだから。フォルテを困らせるようなことはしないようにする」

「既に困ってんだけどな」

「そう?」


そう?じゃねーよ。ふざけやがって。軽く青筋を立てるフォルティッシモの前で、スフォルツァンドが雪の上に片手を掲げた。たちまち浮かび上がる青い魔法円に小さくギャラリーがどよめく。


「悪魔召喚だ・・・・・!」

「じゃあ、“あれ”が出て来るのか?」

「冗談じゃないぞ・・・」


魔法円の出現でにわかに騒がしくなった周りを気にすることなく、もはや開き直った余裕で、フォルティッシモはその場に仁王立ちした。「非常な強さ」の名はお飾りではない。まぁ、大丈夫だろうと思っていた。いざとなったら自分も悪魔を召喚すればいい。

魔女、又は魔術師は、自分がファミリア(使い魔)とし使役する動物を一体だけ持っている。ファミリアは悪魔、妖魔、妖精と様々だったが、一番力が強いのが悪魔だ。 フォルティッシモやスフォルツァンドが使役するのは悪魔。ぶつかれば泥沼になるのは見えていたが、リハビリという名のストレス発散を楽しむスフォルツァンドにやめる気は毛頭なかった。そうなれば、もう止められるのは自分だけだ。フォルティッシモはいよいよ腹を括って自らも魔法円を出現させた。戦って殺るぜ。(やってやるぜ)やけくそ気味に臨戦態勢をとるフォルティッシモをその目に捉え、スフォルツァンドは滑らかに呪文を口にし出す。 その隙に炎の槍を作り出したフォルティッシモは、大きく振りかぶって槍を放った。ファミリアを一度異界に帰してしまうと、再召喚には時間がかかるのだ。ヒーローの変身シーンに手を出さない悪役ほど優しくないフォルティッシモは、しっかりそこに漬け込んだ。幸いフォルティッシモはファミリアを異界に帰してはいない。指を一度鳴らすだけですぐさまこの場に現れるだろう。しかしそこは「最上の強さ」を名に持つ者。スフォルツァンドはまず、再召喚には時間がかかるという絶対条件をぶち破って来た。何食わぬ顔で、簡略化された呪文を一言。


「『汝よ来たれ、穏やかに、目に見えるように。好意的に、そして遅れることなく。

我の望む通りの姿で。』」


長々とした自分の身を守るための呪文は、まるっと全て省かれている。一陣の風と共に、一瞬でスフォルツァンドの足元に顕現した悪魔は、迫り来る炎の槍を見てすぐに状況を理解した様だった。

身を低くした美しい雪ヒョウは牙を剥き、一睨みで炎の槍を氷の槍へ変えてしまう。


「予備召喚の呪文とか・・・・その他諸々はどうしたよ」

「必要ないだろ?要はファミリアが出てくればいいんだ」


引きつった顔で指摘するフォルティッシモに、淡い笑みでスフォルツァンドは応じる。優しい顔をしてはいるが、やっていることは優しくも何ともない。予想外の速さでファミリアを召喚してしまったスフォルツァンドに苛立ちつつ、フォルティッシモは指を鳴らして自分のファミリアを呼び寄せた。いつの間にかジリジリと近づいて来ていたギャラリーから「おぉっ!」と歓声が上がる。完全に他人事だ。

フォルティッシモが使役するのは炎を操る大きなオスライオン。威風堂々、頼りになる相棒だが、相手があの雪ヒョウになると、急にヘタレになるという困った奴だ。

・・・・・・・。

ー・・・いや、だめじゃん。

フォルティッシモ、己の死亡フラグを発見する。 グランディオソ(壮大、盛大)

と名付けたライオンのファミリアは、虫けらでも見るような目で雪ヒョウに睨みつけられ、早くも負けかかっていた。精神的に。


「可愛いね」


アハハッと無邪気に笑うスフォルツァンドの前で、雪ヒョウが大きく唸る。ブルーグレーの瞳が敵意と軽蔑で爛々と光り、わずかにうなだれたライオンを睨んだ。


『マスター、お呼びでしょうか?』

「うん。ちょっとリハビリをしようと思ってさ。フォルティッシモとそのファミリアが相手をしてくれるっていうんだ」

『それはそれは。ではマスター、あのライオンは・・・・』

「ランディのこと?あれはお前にやるよ。その変わり、フォルテの方には手を出すな、いいね?」


ニコニコと、それは嬉しそうに笑うスフォルツァンドを見て、フォルティッシモは強く地を蹴り跳躍した。同時に唸り声を上げて跳んだ雪ヒョウが、グランディオソに向かってかぎ爪を振り下ろす。絡まり合う一つの毛玉と化したファミリア達の壮絶な攻防を捨て置いて、フォルティッシモは拳を振り上げた。


「『ラディウス(光源)』」


翻る紅蓮。完全に観客と化したギャラリーが、まばゆい光と共に炎をまとったフォルティッシモの右手を見て興奮の叫びを上げる。フォルティッシモの視線の先、白い髪とと睫毛をオレンジ色に染めたスフォルツァンドもまた、楽しそうに笑っていた。


「いいね・・・・そうでなくちゃ


蝶のような優雅な動きでスフォルツァンドの長い睫毛が伏せられる。 必要最低限の動作でフォルティッシモの攻撃をかわしたスフォルツァンドは、目を閉じたままフォルティッシモの眼前に白くしなやかな指を突きつけた。


「『コンゲラート』(凍結)」


放たれる魔力は甚大。みるみるうちに顔を覆いだした氷を炎でもって弾き返し、フォルティッシモが後方に跳ぶ。追いかけるように地面に突き刺さる巨大な氷柱。それらを凪払うように放たれたフォルティッシモの炎が、スフォルツァンドの白い髪を掠めた。驚いたように見開かれた目に映ったのは、恐怖ではなく興奮だ。


「やっぱりフォルテは、面白いよ」


まじまじとフォルティッシモを見つめながら、スフォルツァンドが一歩踏み出す。嫌な予感しかしないフォルティッシモはハイハイと流しつつ、一歩後ずさった。

もう誰が見ても明らかな事だが、スフォルツァンドは戦闘狂なのだ。と言っても、そこまで深刻ではない。止めようと思えばすぐに中断できるし、必要以上に相手を殺そうともしない。それでも。


「おいスー、いい加減にしろ。お前悪い癖だぞ、それ。もう気が済んだだろ」

「全然済まない。一週間も部屋に閉じ込められたら俺の、積もりに積もったフラストレーションが、この程度で治まる筈ないだろ?」


ニコッと危ない笑みを浮かべるスフォルツァンド。そう、彼は究極のアウトドア派だった。一日でも外に出て、誰かと戦っていない事には気が済まない。それがたとえ怪我を治すための療養だったとしても、スフォルツァンドには決して我慢できないのだ。ゴクリ、と周りの魔術師達が唾を飲む。

『フルオーケストラ』の女王、レクイエム(死者の為のミサ曲)の命令が彼らの元に届いたのは丁度一週間前の事。その内容は、戦いで負傷したコンサートマスターを自室に閉じ込め、結界を張れという恐ろしいものだった。相手は『フルオーケストラ』で敵に回してはいけない人間として一、二を争う青年だ。何人係で結界を張ろうとも必ず突破されてしまうだろう。突破された後の彼の怒りが何処へいくのか、考えるのも恐ろしい。そして実際、スフォルツァンドは怒っていた。優しい笑顔が、もはや怖い。パキパキと周囲を凍らせながら歩み寄るスフォルツァンドに恐怖を抱かないのはフォルティッシモだけだ。ただただ呆れて、フォルティッシモは自分の立場上の上司を眺める。スフォルツァンドの言っていることはただの我が儘だ。そもそもスフォルツァンドが大人しく寝ていれば、閉じこめられることも無かっただろうに。フォルティッシモは腰に手を当て小さくため息をついた。


「そんなに元気が有り余ってんなら、まずアチェレランドの奴に会ってやれよ。あいつ、お前のこと心配してたぞ、スー」

「アチェレランドが?」


ピタリ。

フォルティッシモが元弟子の名前を口にした途端スフォルツァンドの足が止まった。歩く度に広がっていた氷も、楽しそうな笑みも、その奥にあった怒りさえ一気に消し去ってしまったスフォルツァンドに、ギャラリーはざわめく。一方、見学していたアレグロとプレストは心の中でフォルティッシモにえーるを送った。

いいぞ、もっとやれフォルテ。奴の良心を刺激するんだ。

そんな二人の心を知ってか知らずか、フォルティッシモは全く無自覚にグサグサとスフォルツァンドの精神を攻撃していく。主達の様子に、ファミリアも顔を上げた。


『マスター・・・?』

『フォルテ・・・?』

「大体何がリハビリだ。こんなの、お前の憂さ晴らし以外の何でもねぇだろうが。こんなことしてる暇があったらなぁ、まず弟子のところに顔だせ、このダメ指導者っ!!」

「・・・・・・・・」

「寂しがってんだよ。心配してんだよ。当たり前だろ?あいつは良い弟子だから、ちゃんと指導者を想ってるんだぞ?」

「・・・・知ってる」


懇々と諭しに入ろうとしたフォルティッシモを片手を上げて制し、スフォルツァンドはせわしく前髪をかき上げた。動揺している時の癖だ。人形のような顔に、もう先程までの笑みは無くなっている。フォルティッシモから目をそらすようにして、スフォルツァンドは自嘲気味に笑った。


「アチェレランドが良い弟子なのは知ってるさ。でも、だからこそ見せられないだろう?弱ってる指導者の姿なんて」

「どの口が弱ってるなんてほざくんだ?」


いよいよ化け物か、と言わんばかりにフォルティッシモが笑う。スフォルツァンドはひどく曖昧な表情で、フォルティッシモに背を向けた。岩に掛けてあった純白のマントを拾って羽織る主人の元へ雪ヒョウが駆け寄る。その拍子にしっぽで顔をはたかれたグランディオソは、ブツブツと低い声で文句を言った。


『マスター、もうよいのですか?』

「いいんだ、トゥッティ。興が削がれちゃったからね」


トゥッティ(いっしょに)と呼ばれた雪ヒョウは、そうですかと軽く頷く。そのまま部屋に帰ろうとする二人に、フォルティッシモは声をかけた。振り返った碧眼に人の感情は希薄。燃え盛る黄金の瞳とは相対するように冷えて、冷えて。 それでもそこには、誰かを想える心があるのだと、フォルティッシモはそう信じて疑わないのだ。


「会いに行かねえのか?アチェレランドに!」


あいつ喜ぶぜ。ニカリと明るくフォルティッシモが笑えば、スフォルツァンドもいつもと同じ優しい微笑で応えた。

その口から放たれた言葉に、そろそろお開きかと気を緩めていた魔術師達が一斉に凍り付くことになるのだが。


「天使の勘を信じるかい?フォルテ」

「ああ?」


唐突な問いに、思わずフォルティッシモが聞き返す。目の前の白い青年の、人より明らかに尖った耳を見て、あぁ本当はコイツ人じゃねぇんだよなぁ。といやに場違いな事を思った。 聞きたくなかったのかもしれない。しかしスフォルツァンドは躊躇なく、その一言を口にする。

赤い、紅い、炎が見えた。



「お前は、人殺しだ」



空気が凍る。誰も、彼も、息を止める。

恐る恐る自分の顔色を伺ってくる仲間の視線を受け止め、紅の髪をした青年は穏やかに笑った。 否定はしない。全て事実だ。 人を殺したということも、そんな人殺しの手を借りなければ存在できない組織があるということも。

人殺しと、誰も云う。

面と向かって言うか言わないか、それだけの違いで。


「スーのそういうとこ、嫌いじゃねぇーよ」


そう言って、笑った。

人殺しが量産されるこの戦乱の世の中。赤い青年は自分の過去を封じた。

忘れた訳ではなく。さりとて、乗り越えられたら訳でもなく。

前を向いて、自分ではなく誰かの「助けて」に向き合うことが、人間らしい青年の選んだ道だった。

だからこの時、気づくべきだったのだ。白い青年の「助けて」に。




その日の夜、スフォルツァンドが倒れた。





続く。。。(*´▽`*)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ