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Anthem  作者: 南雲 碧
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スーのリハビリ

日が昇る。黄金色の光に照らされた森の中、そびえ立つ城があった。 ここは、とある魔術師集団の本部だ。 世は戦乱。高度な発展を遂げた科学と、古くから絶大な力を持つ魔術とが、世界の北と南に分かれ て大戦争をしていた。二つに分かれた大陸。サウスグランド(南の大地)に一つの国を築いて戦う 科学者達とは対照的に、魔術師達はノースグランド(北の大地)に幾つかのサバト(魔術団)をつ くり、別々に本部を構えている。 魔術師達が潜む北の森。その奥深くにある古城はそんなサバト の一つ、『フルオーケストラ』の本部だった。


「世に名だたる魔術師達の中でも実力者が集まるサバト、『フルオーケストラ』。女王である魔女 “レクイエム”(死者の為のミサ曲)を筆頭に、コンサートマスター“スフォルツァンド”(最上の強 さ)、セカンドリーダー“フォルティッシモ”(非常な強さ)など、全ての魔術師達が音楽記号のコ ードネームを持っている。これは、彼らがファミリア(使い魔)として召喚する悪魔、妖精、妖魔 の類に自分の本名を知られない為だ。操るのは『自然』の魔力。特に幹部であるフォルティッシモ の戦闘能力は災害級と恐れられ、その名の通り非常識極まりない強さの炎を操る、もう存在が迷惑 っつーか、公害もいいところだから早く死んじまえ・・・・・・」 「こらこらこらぁー!!!」


ガンッ! 古城の前の広い庭に鈍い音が響いた。小さな少年の黒い頭が震えながらうずくまる。頭を押さえる 少年の前に仁王立ちした十八、十九の青年は、額にそれは見事な青筋を浮かべて声を荒げた。


「誰がてめぇの個人的な願望を聞いた?大人しく音読してろこのクソガキ!!大体指導者に向かっ て早く死んじまえってどーゆーことだ!?」 「スミマセーン。フォルティッシモ先輩があんまりおかしな格好をしているものですから・・・・ つい本音が」 「俺のファッションが今の話とどう関係があるのか言って見ろ、アチェレランド」


地を這うような声で唸る青年、フォルティッシモ。190センチはあろうという長身の青年は肩まで ある燃えるような赤毛を一つにまとめ、黄金色の目をしていた。 健康的な小麦色の肌、外国人らしく高い鼻、鍛えられて無駄のない身体、整った顔。世間一般的に 色男 と称されるフォルティッシモだったが、そのファッションセンスなるものは自他共に認める程壊滅 的だった。 裸の上半身に黒い七分丈のズボン、そこまでは良いとして。剥き出しの上半身の上から直に羽織っ ている足元まである長いコートが、全てを台無しにしていた。所々焦げ、煤に汚れたボロボロのコ ート。首もとには真紅のマフラー。暑いんだか寒いんだかさっぱり分からない。しかし、フォルテ ィッシモは己の格好を全く気にしていなかった。いいじゃん別に。余計なお世話だという話しだ。 完全に開き直ったフォルティッシモは、冷ややかに足元の弟子を見下ろした。『フルオーケストラ 』には魔術を教えてくれる先生などいない。まだ未熟な少年少女には、幹部クラスの魔女や魔術師 が指導者としてつくのが決まりなのだ。 黒髪つり目の生意気そうな顔をした見習い、アチェレラ ンド(だんだん速く)は、フォルティッシモに殴られた頭を押さえながら立ち上がった。元々フォ ルティッシモの上司の弟子だったアチェレランドは数日前指導者が戦いで負傷してしまい、誰も面 倒をみてくれなくなってしまった。そこで上司の代わりに指導者役をかってでたフォルティッシモ だったが、どうやら自分が弟子に好かれていないらしいのをヒシヒシと感じている。それでも指導 者役を投げ出さないのは、彼なりに弟子の「寂しい」をちゃんと理解しているからだ。 寂しいのは、足りないのは、辛いのは、アチェレランドの方が深刻で。 深刻な人間は一人になり たくないともがくから、フォルティッシモが側に居てやる。 とは言えその優しさに気付ける程よゆうがないアチェレランドは、今日も精一杯生意気な態度でフ ォルティッシモに口答えしてきた。頭をさすりながら肩をすくめてグチグチ。それこそ口癖になっ てしまったように。


「もう、先輩は怒りっぽいんですよ。すぐにボコスカボコスカ可愛い後輩を殴るんですから。赤毛 がキレやすいっていうのは本当なんですねー」 「黒髪つり目のガキにはろくな奴がいねぇな」 「ボクの目は標準ですから。むしろ先輩が心持ちたれ目なんじゃないですか?」 「お前キツネと自分見比べてみろよ、如何に自分がツってるか分かるぜ」 「先輩のそれはキツネに対する偏見ですー。よぉーく思い出してください、キツネってイラストで 見るほどつり目じゃありませんから。誰ですか、あんな線みたいな目描いた奴」 「知るかよ」


「うぉーい、フォルテ!!」


グチグチグチグチ。終わることのない会話のキャッチボールを交わしていた二人の元へ、一人の男 が駆け寄ってきた。年の頃は二十代半ば。長い黒髪を三つ編みにした男を見て、アチェレランドが あっと声を上げる。その身体が一瞬ビクリとすくんだのは、フォルティッシモの見間違いではない であろう。


「に、兄さんっ!」 「なんだ、アレグロか」 「なんだとはなんだ、なんだとは。よう、アチェレランド。ちゃんとフォルテの言うこと聞いてっ か?」 「えっ!?あ、はい、それはもう・・・・」


純度百パーセントの笑みを浮かべる兄を前に、一気に歯切れが悪くなるアチェレランド。まさか先 輩相手に失礼な態度をとっていましたとも言えず、絶対絶命のピンチに会ったのだが、兄のアレグ ロ(速く)はあっさりと弟から目を離した。 アチェレランドがあからさまにホッとするなか、弟 そっくりのつり目は興味なさそうに立っているフォルティッシモへと向く。その目が、顔が、あま りに切羽詰まっているようだったので、フォルティッシモは思わず眼光を鋭くした。


「・・・・どうした?」 「大変だフォルテ・・・・・・・が始まった」 「あぁ?何て言った?聞こえねぇよ」


普段小声などめったに使わない男が声を落とすので、フォルティッシモは思わず面喰らってしまう 。とぼけた反応を返すフォルティッシモに焦れたように、「だぁーかぁーらぁー!!」とアレグロ は声を大きくした。しかし、どんな重要な報告かと思っていたフォルティッシモは、その口から発 された言葉に呆れかえって絶句する。アレグロは言った。


「だから、始まったんだよ!スーの奴の“リハビリ”がっ!!!」 「・・・・・はぁ?」


聞きようによっては間抜けもいいところの反応を示すフォルティッシモ。フォルティッシモからし てみれば“何だそんなことか“レベルだが、アレグロにとっては全く“そんなことか″では収まらない らしい。えらく深刻な表情で、ガシッとフォルティッシモの肩を掴む。アレグロは言った。


「目には目を、歯には歯を、氷には炎を、だ!」 「ふざけんじゃねぇ、全く真逆じゃねぇか。普通そこは氷には氷を、の流れだろ!?」 「もうお前しかいないんだよフォルテ!!今はプレストの奴が相手してるけど、かなりの高確率で 瞬殺だ。だってスーの奴プレストと対戦する前に『三分』とかスッゲェー怖いこと呟いてたんだぞ !!」 「プレストが三分なら俺はもって五分がいいとこ・・・」 「謙遜すんなよフォルティッシモ(非常な強さ!!)お前この前、絶好調のスーに引き分けてただ ろ!?奴は今手負いだ、戦って殺れよ(やってやれよ!!)」 「アレグロ、お前最低だな」


手負いの相手を叩き潰せと、何の邪気もない爽やかスマイルで言い放つアレグロ。フォルティッシ モの冷静な一言も何のその、ムンズと腕を鷲掴みにして競技場へと引きずり出した。人の話を聞き ゃしない。置いてきぼりをくらって、当然戸惑うのはアチェレランドだ。兄さんっ!と叫ぶ弟に、 振り返ることなく右手を突き上げて応える兄。お前が戦いに行く訳じゃねぇだろ、というフォルテ ィッシモのツッコミなど遠く銀河の彼方である。これ以上の抵抗は無駄だな、と早々に諦めたフォ ルティッシモは、大人しく庭の裏手にある競技場へ向かった。


続く。。。

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