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第九話

最終話が長くなりましたので二話に分けました。

 王宮を去ってしばらくした頃、ポーシャは元気な男の子を産んだ。

 私はポーシャと王都警備長のダントさんの二人に雇われ、生まれたばかりのイアンと四人で暮らすようになった。

 ダントさんは日夜忙しく王都を駆け回っていて、丸二日会わないことも珍しくはなかったけど、お休みになれば私達は揃って庭に面した椅子に座って、ゆったりとした時を過ごすこともあった。

 家族で水入らずの所を遠慮しようとするといつもダントさんは「ローラはもう家族の一人だよ」と鼻下の髭を触りながら微笑んだ。隣でイアンをあやすポーシャもその言葉に頷くと、隣の空いた席を叩いて私に座るように促した。


 そんな幸せな時間を過ごしている時は決まっていつもザントが訪ねてきた。


「そんな嫌そうな顔、するなよなー」

「たまにはイアンみたいに笑って迎えてくれよ」


 肩を落とすザントの横で背を向ける私を見てダントさんとポーシャは声を上げて笑った。

 何も話そうとも笑おうともしない私にそれでもザントはほぼ毎日違った種類の花束を持って現れた。


「もう無理やり迫ったりしないからさ」と言って伸びてきた顎鬚を触りつつ、片目を瞑る。


「それを聞いて安心しました。あなたをお兄さんに突き出して彼を悲しませるような事はしたくありませんから」

「いや、それは違うぞ、ローラ。そうしてもらった方がこいつのおちゃらけた面をまた一から叩き直せるからな。また変な事をしてきたら遠慮なく呼んでくれよ」

「ザントったら。ローラがここに居る方があんた流に口説けなくてまどろっこしいんじゃないの?」

「長期戦だよ。覚悟してるさ、義姉さん」

「きっとずーーっと待つことになると思いますよ。いつでも違う女性の所へどうぞ」

「はっはっ……こりゃ賊を相手にするより手強いぞ、ザント」


 ダントさんとザントは私と姉くらい年が離れていたが、関係は私達と違って親密でとても仲の良い兄弟だった。だからといってダントさんは決してザントを私に押し付けるような事はしなかった。

 それはポーシャがダントさんにウィンデル様の事を話していたせいなのかは分からなかったけれど、お陰でザントが家にいる間でも居心地悪くなるようなことはなかった。

 この家に来てすぐ、ポーシャに聞いたことがあった。

 別の男の人なんて考えられないし、受け入れることもない。ザントが私に好意を寄せてくれても彼を受け入れることは考えられない――それでも私はここで働いていいのか、と。

 ポーシャは乳をイアンに含ませながらころころと笑った。


「私とダントがあんたに居てもらって助かっているんだし、あんたとまた一緒にこうやって時間を過ごせるのが嬉しいんだよ。ザントは関係ない。ザントを好きにならないからって追い出したりしないわよ。でもね、ローラ」


 イアンはくふっと小さなげっぷをしてにこりと笑った。私もつられて微笑みつつ、ポーシャの呼びかけに顔を上げる。


「あんたが出て行きたいと思うならいつでも言ってよ。私はあんたの選ぶ道を尊重する。もちろん私達は出て行っては欲しくないけどね。あんたが幸せになる道を選ぶことを願っているんだから…………さて、そろそろ洗濯物を取り込もうか」

「私がやりますから。ポーシャは休んで」


 眠そうな顔をしているイアンを抱いてポーシャは子守唄を歌い出した。

 それを私も小さく口ずさみながら裏庭へと向う。

 すっかり乾いて温かなイアンの肌着などを次々と籠の中に収め、庭を眺めながらそれらをたたんでいる所だった。

 鮮やかな黄緑色の体をした小鳥が私の頭上で可愛らしい声を上げた。

 まず私の肩に舞い降りると膝に一枚の葉っぱを落とした。それから小鳥は庭に降り立ち、また一声鳴いた。頭の上にはふわふわと柔らかそうな毛が逆立っていた。


「私に……?」


 応えるようにまた鳴く小鳥。

 いつも手紙を届けてくれる鳥にしてはやや小振りで、今までに見たこともない子だった。

 視線を落とすと、膝には艶やかな緑色をした葉っぱが一枚乗っている。

 もしかしたらこれが手紙なのかもと思ってひっくり返すけれど何も書いてない。厚めで手の平の大きさの葉っぱ。


 毎日のように見ていたんだもの。

 それに……これは私が持ってきたものと同じ色……見間違えるわけがない。


 何度も裏返して、端から端を触って感触を確かめる。

 丸みを帯びていても先端は優しく尖っていて、片面は乾いた手のような肌触りをしているのに、もう片面はつるりと指が滑る。色だって光に翳せば輝いて見える面と、ちょっと押さえた色合いの両方を持つ。紛れも無く七の樹のものだった。


「どうして、これを?」

 

 小鳥は首を右へ傾ける。


「誰かに頼まれたの?」


 今度は左へ。そして「そうだ」と言わんばかりに一声鳴いた。


「ありがとう、って伝えてくれる?」


 私の伝言を持って空へと舞い上がった小鳥は頭上を何回か旋回した後、森の中へと消えていった。

 ポーシャが遅い私を心配して見に来るまで私はそのままぼんやりと手元の葉っぱを眺めていた。




 その子はそれから毎日葉っぱを持ってくるようになった。決まって私が洗濯物を取り込みに行く夕方近くで、洗濯物をたたもうとすると必ずどこからかピチチと鳴いて現れた。

 次の日は青。

 そしてまた次の日は赤。

 橙、黄、茶、紫。きっちりと七日目に七色の葉っぱが手元に揃った。



「ああ、まだ降ってるね。今日はもう止みそうにないかな」


 八日目の朝は目覚めた時から雨が降っていた。

 ダントさんは久しぶりのお休みで、王都の広場に散歩に行こうかと昨日は話していただけに、起きた時は皆ががっかりした顔を見せた。イアンもそんな皆の気持ちを読み取ってか、朝から機嫌が悪く、なかなか笑顔を見せてくれなかった。


「もう小降りだし、お昼には止むだろう」


 ダントさんがそういった数刻後、雨は激しくなって、これはいよいよ外出は難しいとあきらめた。


「雨の方が賊も大人しくて警備としては良い事には違いないんだがな。自分が休みとなるとなんとも残念だ」

「まぁ、こんな日もあるわよ。今日はあきらめて家でゆっくりしましょう」

「なにか甘くて温まる飲み物でも、入れましょうか」

「そうしてくれ」

「私のはとびきり甘くしてくれる、ローラ?」

「分かりました、ポーシャ」


 お茶の準備が出来た時、玄関の方からザントの声が聞こえてきた。

 どうやら雨の中走ってきたらしい。

 私が居間に戻ると、ポーシャに抱かれたイアンにザントは変な顔を作って見せてイアンのご機嫌を取っている所だった。


「おっ! それは体の冷えた俺の為?」

「こ、これはダントさんとポーシャの為です!」

「こんな日にでも愛しいローラに会いに来たのに!」

「会いに来て欲しいなんて頼んでません……まだ濡れてるじゃないですか。とにかくあっちで濡れた体を拭いてきて下さい」

「今日もつれないなぁ。じゃ、拭くのはいいけどさ……手伝ってくれる?」

「あなたはイアンじゃないんだから、手伝いません!」


 ダントさんとポーシャの笑い声が居間に響く。それにつられてイアンも可愛らしい声を上げて笑い出した。

 なんだかザントが来た途端に笑いが家に満ちた気がして少し悔しかった私は笑うザントを客室に押し込めて、また台所に向かった。

 そのままほっといて居間でお茶を楽しもうと思ったけど、せっかく雨の中来てくれたんだからお茶くらいは出そうかと思い直したのだ。

 台所の窓には雨が激しく打ち付けている。一度、バタンと大きな音がして私は顔を上げた。


「えっ……」


 もう一度。今度は何かが窓にぶつかったのが見えた。あの黄緑色の小鳥だった。


「あっ……ポ、ポーシャ! すみませんが火をお願いします!」

「どうしたの!?」

「こ、小鳥が今日も来てくれたんです!」


 急いで裏庭に回ると、もう鳥はいなくなっていた。その代わりに濡れた椅子の上に落ちていたのは緑の葉をつけた一輪の白い花だった。


「これは……中庭の……」


 名前はアレンダ。

 小さな花弁が輝くように白く、いつも七の樹の周りに咲き乱れている。

 中心は淡い水色で六枚の丸い花弁が特徴だ。七の樹の周辺を好んで咲き、王宮内の中庭以外ではほぼ見かけることはない。

 七の樹は葉っぱの色の種類と花をつけないことが有名だ。だから隣に揺れるアレンダが七の樹にはない白色の花を可憐に咲かせると誰もがそれに目を引かれてしまう。そして「ああ、アレンダか」と溜息をつくのだ。

 もし花弁が七枚であったのなら、この花の意味は違ったものだったろうに、と思う。 

 しかし花弁が六枚であることから、七の樹の七色の葉には一つ『満たない』という意味で、それがそのまま何故か求愛の返事として、『私を満たすことが出来ないあなたなので、お断りします』という残酷な意味を持つ運命となった。

 だから、その存在は小さくて可憐なのにあまり好かれる花じゃないのだ。しかし白の花の下に生える緑の葉っぱなら話は別。

 花が『満たない』のなら、緑の葉っぱは反対の意味で花の足りなさを『満たす』もの。七枚には満たない花弁が出来なかった務めを果たそうとでもしているように、茎には鮮やかな深緑色をした葉っぱがぎっしりとつく。

 それは七の樹の緑色をした葉っぱよりも一段と輝く緑だと多くの人は感嘆の息を漏らす。


 愛を告げられ、その返事を求められた時、受け入れるのならば緑の葉を。

 断るのであれば白い花を。

 いつから始まったのか誰も知らないけれど、白と緑を返事とする事なら物心がついた年の子なら誰でも知っていた。

 特にアレンダを使わなければならないことはないのだが、慣習が王宮の中庭から始まったことから正式に慣習に沿いたい男女は王宮で働く者達を頼ってわざわざアレンダを手に入れるのだと聞いた事がある。


 いつか愛しい人から受けるであろう『愛の誓い』。女の子達は小さな頃から将来の誓いの為に、友達同士で練習する。そして男の子達はそんな女の子達の様子を物影から見て、ひそかに一人で練習したりするのだ。


「アレンダの花……どうしてこれを私に……?」


 もう姿が見えない小鳥を探して森を見つめるけれど、雨でさらに暗くなった森の中からはその子の声さえも聞こえてこなかった。

 





サブタイトルのみ変更しました。(8/26)

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