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第四話

本編と直接リンクする所があります。

「ローラさんって、ウィンデル様とどうして仲がいいんですか?」


 朝の掃除中。

 エリカと私がエレス様のお見送りを終え、さて掃除に取り掛かろうという時に彼女が突然私の袖を引いた。


「どうして……?」

「はい。きっぱりさっぱり言って下さい」

「きっぱり、さっぱり……?」

「どうぞ!」


 いや、どうぞって言われても。なんて答えていいのか、はっきり言って……困る。

 どうしてかなんて考えたこともなかったから。どうして……どうしてなんだろう?

 聞かれてみて初めて私はふと考えを巡らす。

 それは……一、彼がエレス様のお兄様で、私が彼女の世話役だから。二、彼が幼い頃から知っているから。三、一度、彼を助けた、もしくは慰めた、から……?

 三を言うのは色々聞かれそうで面倒だし、一を言えば彼女は「私だってエレス様の世話役です!」と言うだろう。じゃあ、無難に二かな……。


「その、私はウィンデル様が小さい頃から知っているのよ……エレス様が三つの時からこの仕事についているんだから……」


 エリカは大きな目を瞬かせてたちまち笑顔になる。

 良かった、納得したみたい――――


「すっかり忘れていました! ローラさんってそういえば六つもウィンデル様より上ですもんね。ああ、いいなぁ! 昔の彼の姿を知ってるなんて。とっても可愛らしい男の子だったんでしょうねー。今でも可愛い所、いっぱいありますけど!」

「まぁ……可愛いか、と言えば……可愛らしかったかしら……」

「ああ!」

「何!?」


 エリカが私の顔を見て奇声を上げる。もう、この子の声は高いんだから、近くで大声を出すのは勘弁してほしい。


「今、ローラさん、とっても素敵な顔をしてました。ああ、いいなぁ! よっぽどウィンデル様は可愛らしかったんですね。私ももっと早くにお会いしたかったです」


 私の手の中にあった箒がばったりと床に落ちた。そのせいでエリカは一瞬話を止めたが、私は箒を何気なく拾い、エリカに掃除の指示を出した。彼女はまだ話したがってはいたが、私は彼女を無視することで話を強制的に終わらせた。自分がどんな『素敵』な顔をしていたのか気になって、これ以上この話題を長引かせたくなかったのだ。


 素敵って……なんなの……一体。


 彼女の表現は往々にして大袈裟で、滅茶苦茶なことが多い。

 そう。ウィンデル様が以前可愛らしかったのは認める。そして今は、その片鱗を残しつつ、美青年への階段を登っていることも。

 先日の離宮での出来事を思い出して、私は顔が熱を持ってくるのを感じた。それを悟られないようにエリカからそれとなく距離を取って、一心に部屋の埃を布で撫で拭いていく。

 そう。あれは、姉が弟と手をつなぐ感覚だったのよ。彼からしたら、頼りない姉を守ってやろうという弟の優しい心だったのよ。それに、離宮は迷いやすいし、一度で道順を覚えられるはずがなかったし、迷わないためのものだったのよ。


 でも――――驚いている自分と困惑している自分がここにいる。

 

 彼の手は私より少し大きくて、温かかった…………。


 お互い何も言わずに入口まで戻り着いた時、ウィンデル様は行く所があるからとそこで別れを告げた。王宮まで一緒に帰れなくてごめんと私に小さく笑って謝りながら。

 それに首を振って「ここまでありがとうございました」と答えると、彼は繋いでいた私達の手を目の高さまで持ち上げて、にっこりと微笑んだ。

 それにつられて私もさっきまでの沈んだ心を上げようと頬が緩んだ時、


「ローラって、小指が小さいんだね。ほら、僕の半分しかないよ」


と、ウィンデル様はお互いの小指を比べて見せた。

 自分の小指がそんなに小さかったなんて気づきもしなかった。言われてみると確かに、私の小指は彼の小指の半分にやっと届くくらいの長さだ。


「ほんと……ですね……他の指はそうでもないのに。小指だけ……」

「ローラに一つだけ、僕、勝てたね」


 別にそんな小指の長さを競争しても……と思っていたら、今度はウィンデル様はその短くて小さな私の小指をそっと口元へ持って行き、口付けたのだ!


「ウ、ウィンデル様!」


 私は驚いて、手を引っ込めようとしたが、それをウィンデル様は許さない。そして今度は甲へ唇を押し当てられた。

 柔らかくて……熱い、唇。

 息を呑み、私は何も言えずにいた。


「さっきは、力になれなくてごめん……でも、エレスは大丈夫だと思う。今は大変だけど、看病する方は辛いと思うけど、もう少し経験を積めばエレスも楽になると思うから……。エレスがへそを曲げたら、いつでも僕を呼んで。あいつの話し相手にでもなってやれば、体が辛いのはちょっとは和らぐはずだから。あいつが機嫌が悪い時とか、手に余る時にいつでも声をかけて」


 ウィンデル様はじっと私の甲を見つめたかと思うと、そう言って顔を上げた。私が何も返さなかったのに変だと感じたからなのか、「ローラ?」と首を傾げる。

 その声に私は我に返り、取られたままになっていた右手を今度こそ勢い良く引っ込めた。


「いえ……。エルディン様のお部屋までご案内していただき、口添えまでしていただいたのに、これ以上甘えるわけにはいきません。でも……ありがとうございます。そう言って頂けるのでしたら、もしも少しでもお時間を頂けるのでしたら、エレス様がウィンデル様にたまにお会いするのは少し、気が紛れてエレス様の為にいいかもしれません。少し体が軽くなると少しでもじっとはしていられないご性分ですから、エレス様は。……そんな所はどなたかと似ておられますね」

「えっ? あっ……はっはっ!」


 私の発言にウィンデル様は一瞬目を見開いた様子だったが、すぐに顔を綻ばせる。


「そうだね! 僕にも覚えがあるからエレスの事叱れないな! 今なら少しエレーナの苦労が分かるよ。君がエレスで苦労しているように、彼女も僕で苦労しているんだね。なら、なおさら僕はその罪を償わないといけないようだ。必ず、行くから」

「罪? いえ、ですから、たまに、で結構ですと……」

「訓練の次の日には毎回来るから」

「いえ、ウィンデル様? ですから先ほども言いましたように……」


 ずいっとウィンデル様は私の前へ進み、私の方へ手を伸ばした。また手を掴まれるのではないかと思った私は、とっさに両手を後ろに隠す。

 それを見た彼はくすりと笑い、


「ローラ、王太子が妹の様子を伺いに来るんだよ。嫌とは言わせない」


と、『王太子』の切り札をとうとう私に付きつけて私とは反対方向へと去っていった。


 それ以来、彼はエレス様の訓練日の翌日には必ず顔を出す。

 それが習慣になってしまったことで、ウィンデル様がなかなか来られない時は、こちらからエレス様の催促で世話役の私がウィンデル様のお部屋まで出向くことも多々あった。

 苦しい顔をしていたエレス様も、大好きな兄君の訪問には嬉しそうな顔をしてなんとか起き上がろうとする。その度に、ウィンデル様はエレス様の体をベッドへと再び沈め、自らは彼女の隣に座り、おしゃべりに花を咲かす。そうしていつの間にかエレス様は眠ってしまわれた頃に、そっとウィンデル様は帰って行かれるのだ。

 この彼の訪問があったから、体力回復の為の花弁水をいつも嫌がるエレス様も、進んで飲んで下さるようになった。

 時に、熱が高い時など、ウィンデル様の名前を呼ばれるので、何度か彼の所へと赴き、彼の力を何度か借りたこともあった。


 こうして毎日大きな出来事もなく、やっと静かになったのかしらと、私はそんな事を思い始めていた。




 でも、今思えば、あの日はいつもと違うことばかりだったな、と思う。

 それも今、考えれば全てが繋がっているように思えてならない。

 それらは全て、私を戒めるため、もう一度考えさせるため――身をわきまえろ――と、どこかで誰かに言われているようだった、と思う。


 まず、変だなと思ったのは、王妃様からの伝言が朝、届けられたことだった。

 その内容は、

「今日は、部屋で休むように、と父様からのお言葉です。ごめんなさいね、エレス」

といったものだった。

 王から王妃へ。そして王妃から娘に届けられた意味不明な伝達に、私とエリカは首を傾げた。

 こんなことは今までになかったから、エリカに聞かれたが私も訳が分からず、そのままをエレス様に届けようと、夜中の世話役と交代して、朝、私達が部屋に入ると――


「おはよう、ローラ、エリカ!」


と、椅子に座って私達を待っていらっしゃった。


 訓練の次の日だったから、きっとまだベッドでお休みになられているだろうと思っていたのだが、エレス様の体調がすこぶる良かったことは予想外だった。

 そうして、エリカがエリアノーラ様からの伝言を伝えると――

 たちまちエレス様の両目には大粒の涙が浮かび上がってくる。


「どうして、エリカ? ほんとうにそれは母様からの伝言?」

「はは、は、はい……。その、今日はゆっくりしてもいいと……」

「ゆっくり? 私、ゆっくりなんかしなくても平気よ。だって元気なんだもの」

「えっ、は、はぁ……」

「ほんとに、間違えてない?」

「は、はい……」


 エリカは一歩、また一歩後ろに下がって、下を向いた。そしてちらりと横に立つ私を見る。

 『ローラさん、なんとか言って!』と彼女の瞳はそう私に訴えかけている。大きな瞳は潤んで今にも泣き出しそうだ。

 これくらいで、と思うが、まだエリカはエレス様に強く言えない弱さがあって私が補助しなくちゃいけないのだ。とにかく、エレス様の前で泣くようなみっともない真似だけは避けて欲しいと肘でエリカを牽制しつつ、私は伝言役を代わる。


「エレス様。何度も申し上げたようにもう今日はお部屋で十分にお休み下さいと王からの伝言を預かっております」

「もう大丈夫よ。これ以上休まなくても大丈夫」

「……エレス様」

「どうして? 体が辛くなければいいって母様は言ってくれたもの」

「ほんとうにお辛くはないのですか」

「ほんとうよ」


 

 エレス様は力強く頷く。

 私はここでまた変だな、と思った。


 エレス様の体調が良い時は、エリアノーラ様と一緒に王族のための『勉強』を、あるお部屋でされている。そこへは王族しか入れず、一体どういった『勉強』がなされているのか私達は知る由もない。

 そこの部屋はもちろん王も使われるのだが、エリアノーラ様と一日交代で使用するらしく、エレス様は母君が入られる時のみ、ご一緒されるのだ。

 エレス様はそこの部屋で勉強することが大好きだ、と私は知っている。

 そして伝言の中身から考えるに……王妃様はなぜかいつもはされない約束をエレス様とされたのだ――体調が良ければ、父と共に『勉強』してもいいか聞いてあげる、と。

 しかし、父である王はやんわりと断ってしまった。

 それはエレス様の体調を考慮してのことだったのか、いつもはご一緒されないために嫌だったのか、はたまた別の理由か。

 だが、当の本人であるエレス様は想定外にも元気なのだ。

 母との約束は『体調が良ければ、いい』というものであるから、もちろん、約束が違う! と混乱して当然だ。だから彼女がこの伝言を届けた世話役を疑っても仕方がない。

 エリカには落ち度はない。

 だが、それを主に言っても始まらないのは分かっている。エレス様はまだ幼いのだ。


「熱、ないでしょ?」

「はい。そのようですね……。どこか痛むところや苦しいところはほんっとうに……」

「な、い!」

「そう、ですか……」

「じゃあ、行ってもいい?」

「そ、れは……」


 すんっと鼻をすする小さな音が後ろからして、私はエリカを振り返る。彼女は私と目が合った途端、首を勢い良く左右に振った。

 私に聞かないで! という意図なのか……なんなのか……最近は少しずつでも仕事がまともになってきていると思っていたのに……まぁ、でもこれはいつもと状況が違うから、まだ彼女の手には負えないのも分かるし、あまり彼女を責めることは出来ないのも頭では分かっている。

 私は心の中で大きな溜息をついた。


「念のためですから……これだけでもお飲み下さい、エレス様」


 目の前の花弁水を勧める。エレス様は一瞬眉をひそめたのだが、それでもなんとか半分ほどを飲んでくれた。しかし、その間も彼女の両目は私の答えを待っていた。


 さぁ、ローラ、どうするの?


 私に出来る事と言ったらほとんど選択肢がないではないか。


「も、もう一度聞いて参りますから……それまでお休みくださいませ……」



 じっと見つめるエレス様の視線に、私はそう言って部屋を出ることしか出来なかった。




 確認するためにはエリアノーラ様の所へ行かねばならないだろう。

 私は大きく息を吐いて背筋を伸ばす。

 出来る事なら避けたいが、そうも言っていられない。

 いつもなら困った時はウィンデル様を頼るのだが、今日の件で彼を頼るのは筋違いだ。


 廊下を曲がった所で、どくんと胸が大きな音を立てたのが聞こえた、と思った。

 まさしく今、考えていたウィンデル様がこちらへ早足で向かってくるのが見えたからだ。

 しかし、彼の変わった様子に私は少し、不安を覚える。

 

「ウィンデル様?」


 彼が顔を上げた途端、私の不安がはっきりとする。


「ローラ」

「そんなに急いで……エレス様に御用ですか」

「あぁ……。エレス、いる?」

「いらっしゃいますが……今日は少々ご機嫌が斜めです」

「いつものことだろう? あいつがすぐむくれるのは慣れてる」

 

 力なく微笑まれるウィンデル様の目の端と耳が……赤くなっていた。

 袖元が湿っているのは、泣かれた、せい……? 何かあったの……?

 私の心の疑問を読んだのか、ウィンデル様は


「少しの間、二人にしてくれないか」


と、はにかんだような苦笑を見せて、そっと袖を体の後ろに隠してしまった。



「は、はい……」


 さっと私の目を避けるようにして、私に先へ行くように促す。その彼の姿が、いつもの彼とは違って、余計に私の胸は不安で一杯になる。


 いつもは隣に来て、一緒に歩こうとされるのに……


 扉を二度叩いて、エリカに合図を送る。すぐに細く扉が開き、見慣れた顔が顔を出す。私の隣にいるのがウィンデル様と分かるやいなや、彼女は顔を赤らめ、すばやく部屋の外へと姿を現した。


「御用の時はお呼びください」


 エリカが舞い上がっているのが手に取るように分かった。だが、私は彼女が口を開くよりも早く、彼女の腕を取って、ウィンデル様に一礼をする。

 とにかくこの場を、いえ、ウィンデル様から離れたかった。悲しげな彼を見ているのは嫌だったし、なにより――――彼がまた私の目を避けるのが怖かった。

 扉を閉まってから、エリカは私の腕を叩き、「お話したかったのに、もう、ローラさんってば!」と文句をしばらく聞かされた。だけどそれらは私の頭にほとんど入ってこなくて、エリカにまた「もう! 聞いてない!」と怒られた。


 以前、ウィンデル様が泣いている時は、私が少しなりとも力になれた。

 だったら、今回も、と思ったけど、彼は私を見ることもしなかった。

 彼に少しでも頼りにされていると思っていたのは、私の奢り、自惚れだったんだ。


 何を、何を期待していたの、ローラ……





誤字を修正しました。(7/30)

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