5:時の楔 【Ⅳ】—1 演習
ランテ、セト、テイトの三人は一度町を出て平原まで降りてきた。ここでなら存分に呪を使うことが出来るだろう。
「じゃあランテ。とりあえず使える呪全力で使って攻撃してみて」
「え、いいの?」
「大丈夫大丈夫。セトだから」
「お前な、他人事だと思って——」
「セトも今後光呪使い相手にすることが増えるだろうから、ちょうどいいでしょ?」
「はいはい」
「あ、セト。ちなみに避けるの禁止」
テイトがにこやかに厳しい条件を言い渡す。
「……は?」
「全部防いでね」
引き攣った笑みを浮かべて、セトは勢いのない声で応じた。
「相変わらず無茶言うな、お前は」
「その代わりセトも攻撃していいよ。ただし条件つき。下級呪だけで、三割でよろしく。ランテは【加護】で防ぐこと。【光速】使って避けてもいいよ」
これだけ有利な条件なら。ランテは意気込んで頷いた。
「分かった」
「下級呪三割回避不可って、いくら何でも」
物申そうとしたセトを、テイトはやんわり止めた。悪い目をしている。
「僕、セトのこと買い被ってたかな。じゃあ五割にする?」
セトは言葉を飲み込んだ。なんとも上手い誘導だ。これは乗せられていると分かっても頷けない。
「……三割でいい」
「それならそういうことで。セト、ランテが今使える攻撃呪は下級が【逆光】【円光】、それから中級が【光線】【白光】。結構威力あるから、油断してたらセトの【風守】でも貫通するかも」
「もう中級も使えるのか。上達早いな」
ランテは昨日の朝、【白光】の練習中に誤ってテイトの服の端を焦がしてしまったことを思い出して苦笑した。
「中級はときどき暴走するけど」
「補助呪は【閃光】と【蛍光】、【光速】。防御呪はさっき言ったとおり【加護】」
「了解。手ごわいな」
目に真剣な光を宿しながらも、セトは口角を上げた。これだけの制限を負ってもまだ笑う余裕があるらしい。ランテは少々面白くないと思ってむっとした。なんとか一泡吹かせてやりたいものだが。
「ランテ、セトが使う下級攻撃呪は【鎌鼬】と【寒風】の二つだけ。三割の威力なら集中してれば完全に防げるよ。出がすごく早いから注意して。補助呪は中級の【旋風】と【突風】、今回は移動に限り使用可の【疾風】。防御呪は【風守】で、対呪ならかなり防がれる。セトが集中してるときはどうしたって通りにくいから、工夫するように。セトは攻撃受けるの慣れてない。畳み掛けるように仕掛ければ勝機はあるよ。とにかく動揺させてペースを崩すこと。いい?」
「うん、頑張るよ」
「テイト、喋りすぎ」
セトが止めに入ったが、テイトはさらりと受け流す。
「これくらいはご愛嬌ってことで。ちょうどいいハンデだよね? それから、ランテ。セトがどうやって呪を使ってるかもちゃんと見ておくように。タイミングとか、防御呪と攻撃呪の切り替え方とか、撹乱の仕方とか」
「そこまで余裕ないかも」
「多少無茶しても、怪我したらセトが治してくれるよ」
「あ、そっか」
「癒しの呪は結構疲れるんだけどな」
「そっちの練習にもなるからちょうどいいね」
テイトは今日も相変わらずの厳しさだ。矛先がセトに向いていてよかったと、ランテは心の底から安堵した。
「今日はまた一段と手厳しいことで。オレ、お前に何かしたか?」
「ううん、別に、全然。じゃあ二人とも頑張って」
「セト、いい?」
セトはランテに頷いて、後ろへ十数歩下がり距離を取った。
「いつでもどうぞ」
「あ、ちょっと待って」
一度止めて、テイトがセトの方へ走って行き、何かを小声で告げた。聞いて、セトも頷く。二人揃って真顔だ。何を話していたのだろう。その後テイトは何事もなかったようにランテの付近まで戻ってきた。傍で助言をくれるつもりらしい。
「待たせてごめん。じゃあ、今からってことで」
テイトが開始の合図をしたが、セトは先手を打つ気はないらしい。軽く持ち上げた右手にかすかに呪力を纏わせながら、ランテを待っている。剣のときと同じだ。始めはランテの実力を測るつもりでいるのだろう。そういうことなら先にいかせてもらおう。
ランテが使える攻撃呪は、先にテイトが四つ挙げた通りだ。低威力ながらも相手の背後から攻撃することで虚を突く【逆光】、小さな球状の光を飛ばす【円光】、そして棒状の光を指先から走らせる【光線】、最後に足元から筒状の光を出現させる【白光】だ。まずは【光線】を試してみよう。ランテは意識を深く集中させながら利き腕を延べた。掌から光が生まれて一直線に走る。成功だ。
が、光はむろんセトには届かない。巻き起こった風に阻まれて途中で消滅する。まだまだ余裕がありそうだ。先のテイトの言葉を思い出して、ランテは引き続き攻勢に出る。【円光】続けて【逆光】。中級呪は扱いにくいが、下級呪ならばランテにも連続しての行使が可能だ。明確にそう分かるわけではないが、なんとなく、使い慣れているような感覚がある。記憶喪失以前から扱えていたのだろう。続けざまの攻撃にもセトの守りは崩れない。やはり、そう易々とはいかない。
「【加護】を」
今度は【白光】を使おうとしたランテに横からテイトが指示をした。従って呪を切り替えようとした矢先、冷たい風に襲われる。【寒風】だ。ほぼ生身で受けたにも関わらず身が震えるくらいで済んだのは、セトがこうなるのを見越して三割よりさらに手加減してくれたのだろう。
「ランテ、すぐ立て直して。実戦ならもう次が来てる」
一度深呼吸をして自らを落ち着かせる。セトが再び待ちの姿勢を取っているのを確認して、ランテはまたしても【白光】のために力を集めた。ところが、次に顔を上げると、セトの姿が消えている。
「後ろだよ」
テイトの助言に従って後ろを振り向くと、確かにセトがいた。いつの間に移動したのかと考えて、【疾風】だろうと自答する。位置指定をやり直さなくてはならない。再び集中しかけたランテの視界から、またしてもセトが消える。今度は左側だ。完全に遊ばれている。
「集中して。乱されたらセトの思う壺だよ」
「でも、どうしたら」
「位置指定をやり直すんじゃなくて変更するんだ。目で追って、できれば先回りして撃つ。中級呪じゃ間に合わないから下級呪でね」
確かに、何度も位置指定していたのでは間に合わない。しかし目で追うことも難しいのに。ランテが呪力を集め始めると、またもセトが動く。風の流れを追って——駄目だ、速すぎる。到底先回りなんて出来ない。着地したセトが今度は仕掛けてきた。分かっても対応が追いつかない。【突風】だ。強い風に身体が押されて、傾いだ。盛大に尻餅をつく。
「ランテ、【加護】を。早く!」
テイトの早口を聞いて、ランテが転んだままの体勢で慌てて【加護】を使うための準備に入ったとき、今度は【鎌鼬】に襲われた。これも手加減されていたのだろう、細かく鋭い風の刃を全身に浴びても傷はできなかったが、痛いものは痛い。
「セト、一旦ストップ」
セトに呼びかけてから、テイトはランテの方へ寄ってきた。
「どう?」
立ち上がりながら、ランテも答える。踏みつぶしてしまったのか、強い草の匂いがした。
「全然。手も足も出ないや」
先ほどまでの意気込みはどこへ行ってしまったのかと自分で思って、弱々しい苦笑を付け足した。
「何が足りてないと思う?」
「とにかく追いつけないから、速さ……かな。呪を使うまでの時間をもっと縮めないと」
「そうだね。それは大きい。でも他にもあるよ。まず集中力。たとえ牽制されても、集中を途切らせなかったらすぐに攻撃できる。あと、工夫も必要だね。攻撃呪だけを撃ってても上手くいかない。セトはどうしてた?」
「【疾風】で場所を変えたり、【突風】を先に撃って動きを止めたり」
「だよね。自分が持ってる呪を見直して、それをどう使うのが一番効果的なのか考えないと」
「分かった」
「いけそう?」
一朝一夕にできることとは到底思えなくて、ランテは肩を竦めた。
「呪って思ってた以上に難しい。オレはやっぱり剣のが向いてるかも」
「そんなことないよ。僕もセトも何年もかけて磨いてきたんだ。正直ランテの上達の早さを見てると妬けてくるくらいだよ。まあ、たぶんランテは記憶喪失以前も呪を使ってたんだろうけど、それにしたって早い。もっと自信持って」
「うん……」
「じゃ、二回戦始めるから。——セト、いいよ!」
テイトがランテから離れて、セトに合図する。まだやるのかとげんなりしたが、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。教えられたとおり、今度は集中しよう。セトが【疾風】を使った。今度のは恐ろしく速くて、どこに移動したのか皆目分からない。ランテが周囲をぐるりと見渡す途中、首筋に冷たいものを感じた。瞬間、頭の中に警鐘が響き渡る。何か危険なものが来ると直感した。
そのとき。
「————」
声を聞いた、気がした。何を言っているかは分からない。と同時に、振り返りながら、ランテは呪力を集結させていた。無意識だった。自分が何をしようとしているのかも分からないまま、力を解放する。生まれた光が満ちて、ランテを守るようにぐるりと囲った。カーテンのように。曙色の光だ。温かい、眩しい。安心する。攻撃意志を持って迫った風は、光の壁に触れると、そのまま方向を変えて術者の方へ戻っていく。跳ね返してしまったのだ。
「セト!」
ランテは上ずった声で呼んだ。予想外だったのだろう、セトはまだ【風守】の準備が済んでいない。跳ね返された風の呪は——おそらく中級呪の【風切】だ——元はセトの呪、ゆえに速い。威力も三割ではなかろう。しかしセトは動かない。迫ってくる己の呪を感情のない目で見て——いや、集中している?
セトに当たる寸前に、風の刃は揺らぎ、形を崩すと文字通り消え去った。【風守】ではないし、一度放たれた攻撃呪は、行使者であっても止めたり消したりすることはできないはずだ。一体どうやったのか。
「……驚いた」
テイトが呟き、ランテとセトを交互に見て、先にセトの方に目を留めた。セトはこちらへ近づいてきている。
「セト、今の、【無風】?」
「一応。まだ不完全だけどさ。やっぱり上級呪は扱いにくいな」
「初めて見たよ。いつの間に会得してたの?」
「今」
「え、成功初めて?」
「ああ」
「危ないことするなあ。失敗してたらさすがにさっきのはただじゃ済まなかったよ」
「上手くいったんだから、問題ないさ。それよりランテだ。さっきの呪、オレは知らない呪だった。テイトは?」
「いや、僕も知らない……」
「だよな」
セト、テイト両名の視線が集う。ランテは反応に困った。テイトが戸惑いを消して微笑む。
「白獣と戦ったときとそのあとのこと、ランテは覚えてる? あのとき使った力が自在に引き出せるようになったらと思って、僕がセトに頼んだんだ。『僕が一度止めたあとは、八割の中級呪でランテを攻撃してみて』って。もちろん、ランテが危なかったら僕が防御呪を使うつもりで。でも、必要なかったね」
「追い詰められると本来の力が戻ってくるってのは、間違いないみたいだな」
セトに頷いてから、テイトはランテに目を戻した。
「ランテ、今自分がどうやって呪を使ったか、分かる?」
声のことを考えながら、ランテは首を横に振った。夢で聞こうとしている声とは、きっと別の声だったと思う。身体の内側から伝わってくるような、頭の中に直接響くような、そんな感じだった。
「……分からない。でもなんか、すごく疲れた気がする」
二言目は聞こえなかったのか、今度はテイトがランテの正面に立った。
「じゃ、分かるまでやってみようか。セト、代わるよ。ランテがもし間に合わなかったら、防御呪使ってあげて」
「了解」
身体は重かったが、追い詰められたときにしか発揮できないような不安定な力では役立ちにくい。ランテだって、制御できるようになりたいと思う。己を奮い立たせながら、ランテは頷いた。
「ありがとう。やってみるよ」
セトとテイトに交互に相手をしてもらいながら、ランテは己の内側に眠るらしい力の制御を試みたが、たいした収穫は得られなかった。頭のどこかで死ぬことはないと分かってしまっているせいか、何度やっても上手く引き出せない。途中からはいつも通りの呪の練習に切り替えて、剣の訓練もした。そして最後に、セトとテイトの呪の実戦練習を見学させてもらうことになった。
「火炙りは勘弁な?」
「うん分かった。それなら今日は氷づけにしておくよ」
「寸止めで頼むって意味だったんだけど」
テイトはにこにこと微笑むだけで、返事をしようとしない。セトも観念したらしく、大人しく位置についた。
「あんまり荒らすのも良くないし、立ち位置固定でいい?」
「いいけど、回避なしになるだろうし、そう長くは持たないけどいいか? お前上級呪も使うつもりだろ」
「セトも使っていいよ。他も練習してるのは知ってる」
「テイトとの実戦練習で使い物になるレベルにはなってないって」
北支部において、呪の能力はテイトが抜きん出ており、次いでセトだというのはかねてから聞いていた。ランテとはレベルは遥かに違うだろうが、高度な呪のやり取りは見ているだけでも良い勉強になるだろう。テイトから声がかかる。
「開始の合図はランテにお願いするよ」
「うん、分かった。じゃあ……始め!」
ランテの合図があっても、しばらく両者共に動かなかった。呼吸三回分ほどそのままだったが、そこでテイトの足元が輝き始める。紋が浮かび上がり、そこからふわりと風が生まれ出たかと思うと、瞬く間に巻き上がった。風の中級紋章呪【竜巻】だ。
属性呪は威力の低いものから順に、下級呪、中級呪、中級紋章呪、上級呪、上級紋章呪という並びになるということは、ランテも既にテイトから習っていた。中級呪はかなり数が多く、満足に使いこなせるようになれば、それだけでもう熟練者と言えるそうだ。セトは中級紋章呪までは網羅し上級呪に手を出し始めたあたりで、テイトは上級呪は全て扱えるレベルにあると聞いている。
風が止んで、テイトがいた場所に半球状の土の壁が出来上がっていたのが見えた。ランテが名前を知らない呪だったので、おそらく上級の防御呪だろう。土の壁は多少傷をつけられてはいたものの、大した被害を受けてはいないらしかった。
「いきなり上級呪か」
「セトにも上級呪を使わせたくて」
声は届いているようで、くぐもってはいるがテイトの返事も聞こえて来た。セトは一度【風切】を放つ。土の強度を知りたかったのだろう。中型程度の黒獣なら一撃で両断するはずの鋭い風は、土の壁に浅い傷を一つつけただけで潰えてしまった。
「まあ、そうだよな」
苦く笑って、セトは利き手をすっと前に伸べる。周囲に呪力が溢れ出たのはランテにも理解できたが、それにしては動きがない。何か呪を使うと思ったのだが。しかししばらくすると、テイトが張り巡らせた土の壁がぼろぼろと形を崩し始めた。一体何が起こっているのだろう。
脆くなった土の壁に再びセトが【風切】を撃ちこむと、今度こそ崩れ落ちた。土煙の中からテイトが現れる。
「ちゃんと使いこなせてるよ、上級呪」
「今のは時間があったから」
「あ、また前線で呪を使おうとしてる。上級呪を前線では無茶だよセト。今のでも発動の速度は普通に速いからね?」
「『普通に』じゃ、まだまだだ」
言いながらセトが【鎌鼬】を行使するが、テイトはそれを水の防御呪【水泡】で防いだ。すかさず使われた【寒風】で水の防護膜は凍てつき、二度目の【鎌鼬】で砕け散る。直後の【風切】にテイトが出現させた【土壁】は間に合わせきることができず、彼は姿勢を低くし足元まで出来上がっていた壁の裏側に身を潜めて、どうにかやり過ごした。
「さすが。発動速度じゃ適わないな」
そう言いつつ、テイトは余裕たっぷりに笑っている。それでランテは、周囲一帯にテイトの呪力が満ちていることに気づいた。
「防御呪張りながら、上級呪の準備済ませるお前ほどじゃないけどな。今日は氷づけか……」
セトも分かっていたらしい。だからこそ畳み掛けるように攻撃呪を仕掛けたが、勝負を決しきれなかったのだろう。
「あ、ごめん。これ上級呪じゃないよ。上級紋章呪」
「え?」
「頑張って」
テイトが微笑むと同時に、セトの足元に大きな紋が浮かび上がった。紋から冷気が流れ出て、たちまち辺り一帯を凍てつかせる。吐く息がもう白い。ランテは凍えながら、落ちて来た影に驚いて空を仰いだ。晴れ渡っていたはずの空に、暗雲が立ち込めている。
「【雪花】……」
セトが言ったのが、ランテの耳に届いた。セトには既に何の呪か分かったらしい。ふわりふわりと、雲から生み出された雪が花のように落ちてくる。寒さを忘れて見とれてしまうくらいに美しい光景だ。が、穏やかだったのは初めだけだった。暗雲はすぐに、空間を白く染め上げるほどの勢いで、膨大な量の雪を生み出し始める。しかもそれら一片ずつが、地面に近づくたびに巨大な氷の塊に転じていくのだ。氷の塊——よく見れば氷の結晶の形をしている——が墜落したところは、地面が陥没し、そこから半径五歩分くらいが完全に凍りついている。
セトは【突風】を使い、雪が軽いうちに範囲外へ追い出そうと試みたらしかった。最初は上手くいったが、成長の早い重い結晶を捌き切れず、やがて防御呪を使うことを余儀なくされる。【突風】を止めてしまったことで、彼の元に届く結晶の量は飛躍的に増えた。【風守】で身を守りつつ、その周囲に【熱風】を纏わせることで持ち堪えようとしたようだが、結晶は溶かしきれず、次々風の守りを襲い始める。互いにぶつかり合って砕け散った氷が山となって、そのまますぐにセトの姿は見えなくなってしまった。
「せ、セト?」
呪が止んで静かになってしまってから、ランテは恐る恐るセトの名を呼んだ。先ほどまでセトがいたはずの場所には、今はもう氷の山があるだけだ。無事だろうか。
「……時々、お前は本気でオレを殺す気なんじゃないかって思うよ」
離れたところから彼の声がして、ランテは胸を撫で下ろした。防御呪を破られる前に、【疾風】で範囲外へ逃れたのだろう。ただ無事とはいかなかったらしく、セトは立膝になって、少々凍った左腕を【熱風】で溶かしている最中だった。
「ごめん、ちょっとやりすぎたかも。大丈夫?」
テイトがその傍に火を作り出して、それを助ける。大事には至らなかったようで、すぐに氷は溶けた。
「火、ありがとな。呪のことになると、本当容赦ないよな、お前は。でも、本気で来るのは信頼の証だって前向きに受け取っとく。動いたからオレの負けだけど、見た通り大丈夫だ」
立ち上がって、彼は笑った。ランテとしては非常に肝が冷えたのだが、これが二人のいつもの訓練なのだろうか。命がいくつあっても足りそうにないが。
「セトが上級呪を使えるようになってきたから、僕も負けていられないなと思って。上級紋章呪をいくつか練習したんだ。どうだった?」
「威力、範囲、速度、全部問題ないと思う。前衛の巻き込まれを心配してるなら、オレが今範囲を覚えたから、こっちでどうにかする。もう実戦でも使えるな」
「……二人とも、いつもこのレベルで実戦演習してる感じ?」
つい気になって、ランテは口を挟んでしまった。質問を受けて、二人が顔を見合わせる。
「上級紋章呪まで使ったのは初めてだよな」
「うん。でもいつもこのくらいじゃない?」
「まあ、容赦ないのはいつものことではある」
青ざめたランテを見て、二人が軽く笑った。セトが言う。
「テイトは対処しきれないほどのことはやってこないから、安心しろよ。対処しきれるギリギリのところばかり狙っては来るけど。教官としての腕は確かだから、任せていれば上達は約束されてる。良い先生が傍にいて良かったな、ランテ」
「う、うん……」
頷きはしたものの、続いたテイトの言葉に、何度目か分からないが、またしてもランテの背は冷えた。
「ランテともいつかこのレベルのやり取りができるようになると思う。楽しみだよ」
上手くなりたいのは間違いなくそうなのだが、上手くなってしまうことが恐ろしいような気もした。




