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アスタロト  作者: 福介
1/5

序編

登場人物


白羽立矢(22)

醜い顔と太っている事で周りから冷遇を受けてきた男。某商品メーカー会社に入社する。A型。


絵空智(22)

醜い顔と小柄な事で周りから冷遇を受けてきた男。白羽と同じ会社に勤める理想家。B型。


アシュト(?)

美しい外見を持ち、他人の争いを好む悪魔。人間の幸福論には興味がない。

世に住む人の心は腐っている…。それらは皆、孤高を求め、他を卑しめる事で安寧を得ている。誰が人の心を理解できようか。誰が人の心を救おうか。知恵とはつまり他を貶める業。力とはつまり他を挫く業。そんなものばかり手にして人は何処へ向かうと言うのだ…。


「チッ…、邪魔なんだよ…デブが。死ねよ。」


季節さえ忘れてしまいそうな忙しい朝、僕は開かれた電車のドアに無理やり身体を捩じ込んだ。都心へ向かう通勤ラッシュ、この電車を逃しては面接に遅れてしまう。そんな満員電車のドアが閉まった瞬間、聞こえてきた声がそれだ。電車の中は人が犇めいており、周りを振り向けないほどの押合いへし合い状態だ。だが、その声が僕に向けられた事は間違いない。別にこれが初めてではないから…。


「スイマセン…。」


皆の視線が僕に突き刺さる。皆、各々にこの状態を苦しんでいるのだろう。その怒りを何処かへぶつけねば気が済まないのだ。そこへ現れた僕は格好の餌食に他ならない。まぁ、確かに僕は他の人よりも余分にスペースを使っている故、言い返す言葉も見つからないのだが。僕は耐え難い圧迫感をうけながら目的の駅までたどり着いた。




電車が予定より7分遅れていたが、駅から会社までのルートは、前日にネット上の地図をプリントアウトしていたので、迷うことはなく面接には何とか間に合った。面接室に入ると、人事課の人が三人並んで座っており、手にした履歴書とエントリーシートを見ながら幾つかの質問を投げ掛けてきた。僕は事前に練習した通りにそつなく受け答えし、自分をアピールする事に成功した。


「へぇ…。ところで、何かスポーツ等の経験は?」


「はい。小さい頃からスポーツは大好きで、特にサッカーや野球やテニスが得意です。」


「ふ〜ん、そうは見えないですけどねぇ。ところで君、体重は何キロ?」


「…と、言いますと?」


「いや、その体じゃサッカーや野球はともかく、テニスは無理でしょう?嘘を吐いても解るんですよ。居るんですよね、印象だけでアピールしようとする人が。でもね、私たちは志願者がどんな趣味を持っているかなんて殆んど気にしませんよ。ただ正直に自分の生活環境などを語ってくれれば、それで良いのです。寧ろそんな事よりもあなたが…」


この人は本気で言っているのだろうか。初対面の相手の体型を見て、その外見だけで運動が出来ないと決めつけ、更にそれを態々口に出して相手に言う。これが社会の常識なのか。僕はこんな性根の腐ったような人達と一緒に協力して生きていかねばならないのか。考えただけで反吐が出そうだ。


「…ありがとうございました。」


そうしている間に面接は人事課の自慢話をもって終了していた。途中から面接官の話は聞いていなかった。いや、聞きたくもなかった。僕が僕の中から、目の前に居る人達に自分を受け入れて欲しいと願う気持ちが消え失せていた事に気付いたからだ。




面接が終わると僕は部屋を出た。エレベーターまで廊下を歩き、同じく降りのそれを待つ人の列に並んだ。一緒に面接を受けた人も居た。今日の戦友として挨拶を交わしている人たちもチラホラ伺えたが、僕はそんな気にはならなかった。皆が敵に見えた。それは、求人の倍率を争う敵という意味ではなく、この僕の羞恥を嘲笑う面接官と同類に見えるという意味だ。そしてその考えは奇しくも的中した。


「ビー……。」


エレベーターの前に並んでいた人、その皆が中へ乗り込むと同時に重量オーバーのブザーが鳴った。またしてもそうだ。皆の視線が僕に集まった。降りろよ、そう言わんばかりの視線だ。いや、むしろお前らはそう言ってるよ。僕には聞こえる。そして僕は乗り込んだ集団の脇からノソノソとエレベーターを降り、ゆっくりと後ろを振り向いた。閉まるドアの間から微かに見えたのは、ライバル達の嘲笑だった。




帰り道、僕は公園のベンチに座り、この世を恨んだ。僕が一体何をしたと言うのだ。何の起因もなく電車で文句を言われ、何の怠りもなく面接に挑み笑われ、何の理由もなくライバルから爪弾きにされ…。僕に治せる原因なら矯正に努力は惜しまない。だが、どう考えても僕が周りから賎しめられている原因はこの外見じゃないか。このブツブツとした吹き出物だらけの顔にブヨブヨとした脂肪だらけの体…。


「あぁ、クソッ!!」


幸せって、生まれながら手にしているものなのか?それは先天的なもので、手にせず産み落とされた存在は幸せを感じることなく生涯を終える運命なのか?いや、そんなわけがない。幸せなんて人生の至るところに落ちているじゃないか。僕がそれに気付けなかっただけなんだ。それを拾い上げる準備が整っていなかっただけ、それだけなんだよな。この前読んだ本にそう書いてあった。そうであって欲しい。例え誰かに否定されたとしても僕はその言葉に救われて頑張ろうって気持ちになれるのだから。


賑やかな公園を夕焼けの朱が包み込み、木々のシルエットが濃く浮かび上がる景色を見ながら、僕はそんな藁にも似た淡い希望を握り締めていた。

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