お兄ちゃんと妹
二、
時雨はきょろきょろと辺りを見渡し、ため息をついた。そんな時雨にわき見運転をしながら彼の母親は尋ねる。
「・・・・また、あのときの夢でも見たの?」
「・・・・いや・・・違うよ。なんでもない。単なる夢だよ。」
そういうと時雨は再び、窓の外に視線をそらした。窓枠の向こうには高速移動している景色が目に入る。そんな時雨を蕾は不満そうに見ていた。
「兄貴、なんでもないわけないんじゃないの?叫んでたよ?」
「・・・・・そう?はぁ、それはごめん。ちょっと疲れてるのかもしれないな・・・・」
時雨はため息をついてあえて蕾の顔を見なかった。蕾に千夏の話をするとよく怒るのであった。それは何故だか、時雨は分からない。
母親はため息をつき、窓の外を眺めた。
どうにもこの二人はすれ違っているところがあるらしく、さっきも蕾が時雨のことを話題にしたときちょうど時雨は寝ていたのであった。
まさしく、紙一重であった。
大体、時雨が事件を起こした後、本当は時雨があっちにある寮に住む事になっていたのだが、蕾がついでに転校したいと言い出し、それなら私もといった具合に自分も引っ越すことにしたのだ。
小さいころから近所に住んでいた千夏の影響を受けていた時雨は彼女がいなくなった後に事情があってやってきた蕾を可愛がった。
彼女の前では絶対に涙を見せず、蕾を泣かすようなものは相手がどんなものでも仕返ししたのであった。
全く、出来たおにいちゃんだと私は思っていたが・・・・どうやら、たまに千夏の出てくる夢を見るらしく、夢を見たときはすんごい悲しそうな顔をしている。朝から卵焼きにケチャップをぶっかけたり、空っぽになったコップを何回も飲んでいるときもある。心ここにあらずといった調子だったが・・・・大丈夫かと聞いたら大丈夫だと答えるので大丈夫なのだろう。しかし、蕾はそれが不満らしく、段々、時雨と話すことが少なくなってきた。
「・・・・兄貴、目が死んでるわよ?」
「・・・・そうだね・・・」
車内の中ではさっきからそんな会話が続いている。蕾なりに心配しているようだが、時雨はボーっとしていて気がついていない。生返事である。
しかし、そんな時雨にも変化があった。遠くに見える馬鹿でかい建物を見て固まったのであった。母親は思った。お、さすがの時雨もこれにはびっくりしたかと・・・・。
「・・・母さん、あの馬鹿でかい建物なに?」
「あれはね、時雨と蕾が行く学校だよ。なんでも、建物の内部では毎日、迷子が出るそうだ。」
とてつもなくでかい校舎を固まってみながら時雨は口をあけるのであった。そして、全く自分を見てくれない蕾もそろそろ、限界が近づいていたのだが・・・・。
「よし、ここが新しい家だ。時雨、蕾、持ってる荷物を持ってさっさと降りな。私はお買い物に行ってくるからね。時雨、何があっても驚いちゃだめだぞ?」
「え?わかったよ。」
時雨と蕾をおろし、小さな車は消えてしまった。時雨は新しい我が家を見上げ一言。
「・・・・でかいね。さっきまで住んでいた家の一点五倍ってところかな?小さな庭もあるし・・・・いくらだろう・・・・。」
時雨は誰に言うでもなく、そう呟き、まるで死人のように家に歩みよった。外から見ても結構な部屋数を期待できる。前の家では時雨の部屋はかなり小さく、母親の部屋の次に大きかった部屋には蕾がいた。
「・・・・・兄貴、ちょっと話があるんだけど?」
「・・・・・蕾、どうかしたの?」
ようやく、時雨は蕾のほうを振り返り、不思議そうに眺める。その目は蕾の言うように、まさしく死んでいた。蕾はそんな兄の元に近寄り、
ばしん!どごぉ!べきどご!ふぃにっしゅ!!
鋭い音を響かせてほっぺを叩いた。そして、叩いた後に時雨のみぞおちに強烈な一撃を食らわせたのであった。(その後も何発かコンボが決まった。)時雨はその場に倒れこんだのであった。そして、意識もダウン。
「・・・・あ!やりすぎた!」
最後に、そんなことを蕾が言ったような気がしたが、とりあえず、時雨の意識は電源を抜いたパソコンのようになってしまったのであった。強烈コンボを食らってしまったので時雨の体力はほぼ、ゼロに近い。まぁ、気を失ってしまったので大丈夫かもしれない。
「・・・・・。」
時雨は見知らぬ家で目を覚ました。天井には真っ白だったから初めは病院かと思ったのだが・・・・。
「・・・大丈夫ですかな、時雨様?」
見知らぬ男性の声がしたので急いでそっちの方を見た。そこには初老を向かえたと思われる見た目執事の男性が静かに立っていた。時雨は目をこすりながらその執事を眺める。執事はなんとなくだが、人間ではないような気がした。
「ええと・・・あの、誰ですか?」
「私ですか?・・・時雨様、起き上がらなくて結構です。そのままにしておかないと再び、傷が開いてしまいますからね。」
時雨は起き上がる途中でわき腹、顔、腹部、他もろもろに打撲を負っていることに気がついた。かなり痛む。
「・・・・あの、僕は何でこんなにぼろぼろなんですか?」
「・・・それはですね、蕾様がしたものです。ストレスがたまっていたものと思われます。」
「はぁ、なるほど・・・・。蕾はこんなに強かったんですね?」
「ええ、確かに強いでしょうが・・・とりあえず、私の紹介をさせてもらいます。私は蕾様に仕えている執事です。名前はですね、青木と申します。以後、よろしくお願いしますね。」
時雨は頭を下げた執事に習って頭を下げた。
「ええと、蕾はどこに行ったんですか?」
「・・・・蕾様はですね、今頃、学校に行っていると思われます。時雨様が気絶をしてしまって既に一週間が経っていますからね。私は時雨様の身の回りの世話するよう、蕾様に言われただけでございます。余計なことを言わせてもらいますが、時雨様のお母様は世界一周の旅行に旅立ってしまっていまだに帰ってきておりません。」
世界一周を一週間で帰ってこれるならそれはたいしたものだろう。そんなことを考えながらも時雨は人のよさそうな執事を疑うことなく眺めた。と、執事が再び口を開いた。
「時雨様、あなたはとても綺麗な心を持っております。・・・・・しかしですね、あなたは少々、考えすぎなのです。そして、慎重すぎるところもあると私は思います。・・・最後に一言言わせてもらいますが、どうか、蕾様には優しくしてください。蕾様は時雨様のことを信頼していますが・・・あなたに不満を持っているところもあります。そのことを忘れないでくださいね。」
「え、ええ・・・わかりました。」
「昼食はそこにおいてありますので、どうぞ、ごゆっくりしておいてください。私はそろそろ、お庭のお掃除をしなければいけない時間なので失礼いたします。」
そういって執事は近くにおいてあった虫かごを持って(中に時雨そっくりの人形らしきものが入っていた。どことなく、動いた気がする。)退出。ひとりとなった時雨はおかれていた昼食を口に運んだのであった。(うまかったらしい)そして、再び眠ったのであった。
時雨が再び、目を覚ましたときは近くに蕾が座っていた。その顔は少々、暗かった。
「・・・・あ、兄貴・・・。」
「・・・・蕾、学校は楽しかったかい?」
「え?うん。楽しかったよ?」
「そうか、それはよかった。ごめんね、僕がなんだか暴力沙汰の事件を起こしちゃったから・・・・来ることないのに蕾まで来ることになっちゃったしさ。」
そういってできたおにいちゃんは目を閉じた。これで怪我でも負っていたなら死んだとギャラリーは思うに違いない。いや、絶対に思うだろう。
「そ、そんなことないよ!だってさ、兄貴は・・・その・・・ええと・・・」
時雨は蕾があたふたしながらも何かを伝えようと努力しているのに気がついた。そして、彼女が何か続きをいうのを待った。
「だから・・・その・・・・気にすることないよ!あっちが手を出してきたんだからね!元気出して!」
「・・・・そうだね、ありがとう、蕾。君が僕の妹でよかったよ。これからもよろしくね。」
「え、う、うん!当然だよ!」
そんなことを言ったベッドに寝ている時雨に蕾は抱きつき、彼女がつけた傷をそのままで触ったのであった。
しかし、珍しく蕾が自分のことを触ったので我慢せねばとおにいちゃんは奮闘したのであった。
「・・・ええと、兄貴、お散歩しない?」
「散歩?わかったよ。じゃ、ちょっと待ってくれないかな?着替えるからさ。」
時雨はたんすに歩み寄り、中から春ものセーターを取り出して着替え始めた。ベッドの上には蕾がいたままなのにかまわずそのままで着替える。
「あ、兄貴・・・意外と鍛えてるんだね?細身なのに結構筋肉ついてるよ?」
「はは、そうかな?あんまり他の人と変わらないんじゃない?」
蕾はそのまま自分の兄の着がえる姿をちらちら見ながら今日、友達となった人から気になる男性の調査法を聞いていたのでそれを思い出す。
「・・・・よし、着替え終わったから、そろそろ行こうか?」
蕾は頷いてベッドから降りて、扉を開けて外に出たのであった。




