透明少女 -start
音も色も無い空間で、私は眠っていた。
此処は平行世界達のはざま。
何も無い空間。
この次元には……平行世界、パラレルワールドなるものが存在している。
無限に存在するパラレルワールド達はお互いに繋がり合っていて、流れている時間もほぼ同じ。過去や未来と呼ばれるパラレルワールドはどのパラレルワールドとも繋がっていなくて、独立した存在であるらしい。すなわち、その切り離された世界に飛ぶ事は不可能だと言う事だ。
時は、一秒過ぎていく度に過去と言うパラレルワールドを作り出していく。
パラレルワールド達のわずかな時差が積み重なって出来たパラレルワールドが、未来。そして、そのパラレルワールド達を隔たりなく行き来できるのが、『わたし』と言う存在。
わたしは透明少女。……性別を持っているのかは定かではないが、この次元に意識を持った頃からその名を記憶していた。
わたしの存在を知る者は居ない。何故なら、わたしの姿はどんな物にも映らないからだ。
もしかすると、わたしは姿なんてものを持ち合わせていないのかもしれない。
だが、感情と言う面倒くさいものを持っている以上、本当は肉体も所有しているのだと信じたい。
「……」
こんな事を一人で考えていても仕方が無い。何も無い空間に居る事も。
わたしはパラレルワールドのどれかに遊びに行ってみる事にした。
適当に選んで行き着いた世界も、他の世界と同じで色鮮やかだった。
しかし、どこかくすんでいる。そんな気もした。
ふらふらと移動していると、沢山の木々に囲まれた場所を発見した。あれは公園と言う場所だろう。
ちらりと覗いてみると、何やら色々な遊具が置いてあった。ブランコ、滑り台、ジャングルジム……。名前だけは分かる。だけどどう使用するのかは分からない。まぁ、そんな事はどうでも良いのだけれど。
公園の中に入ると、風がそよ吹いた感触が伝わってきた。心地よい風だ。
やはり、わたしにも肉体はあるのだろうか?いつ考えても、不思議な感じだ。感触は伝わるのに、姿が見えないと言う事は。
公園内をゆっくり見渡してみると、砂場の方に一人の小さな男の子が座っているのを見つけた。何やら砂山を作って遊んでいる。する事も特にないので、わたしは砂場に近寄ってみた。
……せっせとひたすら砂山を作っている。男の子の手は砂だらけだ。
わたしはじっと、その砂山が出来上がるのを見つめていた。
一段落ついたのか、男の子は砂山を作る手を止めた。彼が顔をあげた拍子に、ばったりと視線が合う。
何故か、ずっとこちらを見ている。いや、気のせいだろうか。わたしの存在が見えるはずは無いのだから、きっとわたしの向こう側の何かを見つめているのだろう。
そんな事を思っていると、
「……おねーちゃん、だれ?」
信じられない言葉を投げかけられた。
もしや、わたしの事か?いや、どう考えてもわたしの事だろう。背後を見てみても誰も居ないし。
……だとしたら、この男の子にはわたしが見える?
信じられない。
「いっしょにやるー?」
「……う、うん」
突然の事に驚きながらも、わたしは男の子の誘いに乗るのだった。
男の子は仲間が出来て嬉しいのか、砂山を作りながら頻繁に話しかけてくる。
「おねーちゃん、なんでそんなにきらきらしてるのーっ」
きらきら?わたしの姿はきらきらしているのだろうか。
以前他の世界を訪れた時、民家に侵入して鏡の前に来てみた時でさえわたしの姿は映らなかったから、よく分からない。とりあえずわたしは「なんでだろうね」と答えておいた。
それでも彼はまだ質問を投げかけてくる。
「おねーちゃんも、いつもここであそんでるのー?」
「今日初めて来たよ」
「へー」
わたしでさえ、わたしの姿は見えないというのに。この子は一体何者なのだろう。
この子の瞳に映るわたしは、一体どんな姿をしているのだろう?
刻々と時間が過ぎていった頃には、大きな砂山が出来上がっていた。
「やっとできたー!」
男の子は目を輝かせながらはしゃぐ。とても微笑ましい光景だ。
そんな時間もつかの間、何処かから女の子の声がした。
「あっ、いた!」
声のした方に視線を向ければ、スコップやバケツを持った女の子がこちらまで走ってきていた。恐らく、この男の子の友達だろう。
「もう、かってにいくからしんぱいしたじゃない」
「ごめん。ほらみて、おねーちゃんといっしょにつくったんだよ!」
男の子はわたしの方をちらりと見て、大きな砂山を指差す。女の子は大きな砂山には感動していたが、おねーちゃんと言う謎の人物に首を傾げた。
「おねーちゃん? どこにいるのよ?」
「ここだよ、このきれーなひと」
「え? どこどこ?」
「ここだってばー!」
男の子は頑張ってわたしの存在を知らせようとするが、女の子は全く気付いていない。
それもそうだろう。普通の人に、わたしの姿が見えるはずがない。男の子が特殊なだけなのだ。
喧嘩に発展してしまわないように、わたしは男の子に小さく「そろそろ行くね」とだけ呟くと、公園を出て行った。
「いないじゃない」
「あー……かえっちゃった……」
二人の言葉を背に、わたしははざまに帰っていった。
何も無い空間で、わたしは一人考えていた。
あの子は、何者なのか。
何故わたしの姿が見えていたのか、それがずっとわたしの中を巡っている。もやもやが治まらない。
「……」
眠たくなってきた……。
続きを考えるのは、起きてからにしよう。そう思って、わたしは眠りにつこうとした。
その時。
パァァァ……
「!?」
突然、はざまの中が白い光に覆われた。眩しくて、よく見ていられない。視界が真っ白に染まる。
その光は幾多の粒子に変化すると、わたしの方へゆっくりと近づいてくる。訳が分からないが、神秘的な何かを感じ取り、逃げようとは思わなかった。
粒子はわたしの周りで動きを止めると、再び辺りを真っ白く染めた。
わたしはその瞬間に、意識が飛んだ。
……。
さっきの光は何だったのだろう。わたしはまた考えなければならない事が増えたなと苦笑しつつ体を起こした。……苦笑?体を起こす?
いつもと感覚が違う。ぼやけた空間が、どんどん鮮明になっていく。
髪、手、足。
紛れもなく、それはわたしの体だった。
先程の粒子が、透明だったわたしの体に色をもたらしてくれたのか。
「……!」
自由に動かせる。触れられる。新鮮な感覚。
嬉しい。
わたしは未だ自分の周りで飛び回る数少ない粒子を見つめて、口元を緩ませた。
わたしは透明少女。パラレルワールド達を自由に行き来できる存在。
このはざまと言う空間から出ない限り、わたしの存在を知る者は彼以外に居ない。
わたしは、透明少女だった。
わたしに、クリアと名付けよう。
クリア。今はまだ、眠っていようか。
彼がわたしの存在を思い出す、その時まで。