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席替えで恵の運命の歯車が回り始める

春の陽射しが降り注ぐ、N高の2年B組。

張り出されたクラス名簿を見た瞬間、私の心臓は早鐘のように鳴り始めた。


「嘘……隣の席、翔くんだ」


窓際から二番目の席。そこには、長い休学から復帰したばかりの榊翔さかき・しょうが、気怠げに頬杖をついて外を眺めていた。さらりとした前髪の隙間から覗く、吸い込まれそうなほど綺麗な横顔。中学の時はサッカー部のエースとしてファンクラブまであったという伝説のイケメンは、どこか触れがたい影を纏っていて、それが余計に女子たちの心を狂わせるのだ。


1年の時からずっと、私は彼に片思いをしている。

でも、学年のマドンナたちすら次々と撃沈していく彼に、空手一筋の私がまともにアプローチしたって勝ち目はない。

だから私は、ことわざ通り「将を射んとする者はまず馬を射よ」作戦を決行することにした。


翔くんがいつも気さくに話しているのは、前後の席の男子二人。

前の席の曽田巧そだ・たくみくんは、愛嬌があって、いつもニコニコしている。

3人の中では一番先に彼女ができそうな気がするけど、オタクだから無理かもね。


後ろの席の金神健斗かながみ・けんとくんは、授業中も難しそうなフランス哲学の原書を読んでいる。時々、目線を黒板やプロジェクターに走らせていて授業も聞いてるらしい。県のトップ校に余裕で入れたのに通学時間が短いという理由でこの学校を選んだとか。究極のガリ勉から「きゅうべん」と呼ばれてる。学年トップの超秀才だ。


クラスメイトからは密かに「変人3人組」なんて呼ばれているけれど、私にとっては翔くんへと繋がる大切な架け橋。


巧君は話しやすいので、朝、教室に入った時は積極的に話かけた。「今日は眠そうね」くらいのツッコミでも結構話が続く。


健斗君はちょっと近づきがたいのだけれど、勉強で分からないことを聞くと親切に教えてくれる。悪い人ではないんだと思う。


隣の3人の会話にはいつも聞き耳を立てていて、話に入れそうな時はなるべくさりげなく割り込んだ。実は結構エネルギー使ってるのだけれど。その甲斐あって少しづつ3人組プラス1になれた気もする。


「ねえ、3人とも! 今日の放課後、みんなでお茶しない?」


勇気を振り絞って声をかけると、結果はまさかの全員OK。

空手の練習を休んで挑んだ放課後のカフェは、まるで夢のような時間だった。

巧くんが突拍子もないオタク話で笑わせ、健斗くんがそこへ小難しい知識を被せてくる。どんどんズレていく二人の会話を、私と翔くんが軌道修正。


男子三人に囲まれる紅一点は悪くない。テーブル越しに翔くんと目が合うたび、甘い炭酸みたいに胸がシュワシュワと弾けた。


こんな風に、少しずつ距離を縮めていけば、いつかは翔くんと二人きりで……

そんな淡い期待を抱いていたのに、これといった進展なし。他の女子には塩対応の翔くん。私にはすごく気さくに接してくれるようにはなったけど。


私のこと「伊奈さん」って呼ぶ。そろそろ恵って呼んで欲しいんだけど。

私も翔って呼びたいけど、何か特別なきっかけでもないと無理。


それに、集まろうと声かけするのは私だけ。私、ただの幹事?


ある日のことだった。


「俺、エルサレムに行きたいんだ」


いつものカフェ。アイスティーのグラスを指でなぞりながら、翔くんが突然、強い瞳でそう言い放った。普段自分のことをあまり語らない彼にしては、珍しいほど熱を帯びた声だった。


「えっ? エルサレムって、あの外国の?」

「行こう行こう! もうすぐ夏休みだし。旅費は僕が出すよ。実は株で大儲けしちゃってさ」

「なるほど。歴史的建造物の宝庫だな。行こう。翔はそこで何を見たいんだ?」


巧くんと健斗くんが、まるでコンビニにでも行くようなテンションで即答する。

ちょっと待って、男子といきなり海外旅行!? 私の甘い恋愛計画はどこに行っちゃったの!?


「それが、よく分からないんだ。呼ばれてるっていうか……行ってこいって、言われてる気がして」

「何それ、翔くん。よく山に行ってるって言ってたけど、それと関係あるの?」


私が戸惑いながら尋ねると、翔くんは少しだけ困ったように目を伏せた。


「退院してすぐ、リハビリのつもりで山に入ったら、古い祠があったんだ。なんだかそこで、俺を待ってたみたいな気がして……。オカルトとかそういうんじゃなくて、もっと澄んだ、神様みたいなもの。そこからずっと、不思議な感覚があるんだ」


真剣な彼の横顔を見つめていると、「やばい話じゃないの?」というツッコミは喉の奥に引っ込んでしまった。

不思議な力に導かれるように遠い異国を見つめる彼。


私も一緒に行きたいけど無理。


きらきらと輝き始めた私の日常は、彼の一言で、思いもよらない未知の冒険へと動き出そうとしていた。


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