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屋上の少女  作者: 風之
23/27

2-8 憂鬱

 次の日、楓は屋上にこなかった。

 今までこんなことは一度もなかった。雨が降った日でも、屋上への出入り口に座って翔太と楓は昼食を食べた。たいていは楓のほうが屋上に先にいて、もし翔太のほうが先にいたとしても、少し待てば楓はすぐにやってきた。

 しかし、楓が屋上から不意に立ち去ってしまった次の日、屋上には楓の姿はなかった。昼食の時間、翔太はいつまでも一人だった。

 屋上から立ち去ってしまった楓を翔太は追うことができなかった。その日はそのまま楓の姿を見かけることなく終わった。なんだか残念な気持ちになった半面、どこかほっとした自分がいたのも事実だ。楓にあって、何か話をしたい。しかし、何を離せばいいのかわからない。泣かせてしまったことを謝るのか。なぜ楓が泣いてしまったのかもわからないまま? ではなぜ泣いてしまったかを聴くのか? そんなことできるわけがない。無神経にもほどがある。では楓を泣かせてしまったままでいいのか? そんなわけはない。ならばどうするか? ……。

 思考のたどりつく場所か決まって沈黙で、どうしていいかすらわからない。とにかく次の日の昼食になれば楓に会えるのでから、そこでなんとかしようと考えていた翔太の考えは、結局、破綻してしまった。

 途方に暮れたまま午後の授業を終え、翔太は部活に向かった。もちろん授業の内容など頭に入っているはずもない。休み時間に、何度か楓のクラスを除いて楓の姿を探したが、移動教室だったらしく、クラスには楓の姿を見つけ出すことはできなかった。放課後楓のクラスメートを捕まえて楓がいるかどうかを尋ねようともしたが、人見知りの翔太にはそんなことはできなかった。第一、楓を呼びだして、一体何を離すというのか。結局そんな思考に行きついてしまい、翔太は楓のクラスの前を後にした。

 胸の中にあるのは罪悪感と不安がごちゃ混ぜになったもので、自分自身、子の感情をどうしていいのかわからない。頭がぼんやりとして、ただ形を持って浮かぶのは、楓と話をしたいということだった。翔太が楓を泣かせてしまった、その前の状態の楓とだ。できるなら、昨日の会話をなかったことにしたい。すべてなかったことにして、また楓と元の関係に戻りたい。思考によって解決策が浮かばなくなってくると、そんな現実逃避ぎみな思考が頭の中を埋め尽くす。ひどくぼんやりとした状態で歩き、ふと気がつくと、翔太は体育館の前にいた。しっかりと上履きから靴に履き替えた状態で、いつも通り、部活をするための状態だった。自分がいつ靴を履き替え、どのようにしてここまで来たのかもわからない。このまま帰ろうかとも思ったが、無断で部活を休むのも気が引ける。どうしようかと立ち止まっていたら、後ろから肩をたたかれた。

「よーっす、翔太。今日も元気に部活やろうや…って、おい! 大丈夫か? 死にそうな顔しとるで」

 そんなふうに驚きの声をあげたのは良平だった。翔太はぼんやりとした頭のまま、よお、と挨拶を返す。しかし、その声には自分でもわかるほど覇気がない。

「ちょ、どないしたん? なんか有ったんか?」

「いや、大丈夫」

「大丈夫なわけあるか! 鏡見てみぃ」

 良平は翔太の言葉をすぐさま否定する。自分はそんなにもひどい顔をしているのかと、人ごとのように考えながら、そういえば楓もどこか疲れたような顔をしていたなと思いだす。疲れは取れただろうかとぼんやりと考えながら、ふと気付くと、翔太の頬を何かが伝っていた。

「な、翔太?ほんとどないした?」

 良平があわてて訪ねてくる。翔太はわけもわからないまま、頬をぬぐう。それは自分の目から出てきたものだった。

「…良平」

 そこで、翔太はようやく自分のほうから良平に話しかけた。ゆっくりと、良平のほうに顔を向ける。

「なんや? どないしたか言うてみぃ」

 優しく声をかけてくれる良平に、翔太はゆっくりと口を開いた。もう、自分一人で抱え込んでいることはできなかった。

「僕は…」

 そこからゆっくりと、翔太は昨日の出来事を話した。



 「なるほど。翔太が正直な気持ちを言ったら、清泉さんは泣いて逃げてしまったと…」

 安奈が事の顛末をまとめる。はい、と翔太は力なくうなずいた。

 ここは体育館の中で、翔太たちは部活の用意もそこそこに隅に集まって話し合っていた。卓球台も出しかけのまま、今は練習している部員は一人もいない。

 翔太が話したことを、良平は自分だけでは手に負えないと判断し、すぐさま安奈と麻紀にも知らせて、現在に至るという状況である。

「でも、なんで清泉さんは逃げちゃったのかな? 泣く理由もいまいちよくわからないし」

 首をかしげるのは麻紀である。良平も、その意見にはうなずいた。

「僕もそれがわからんのですわ。そこで入りたくないと断るのであれ、やっぱり入ると翔太の気持ちを受け入れるのであれ、泣いて逃げ出す言うのはちと理解できません」

「おとなしい子だからね。あんまり執拗に迫られるのが嫌で逃げちゃったのかもしれない」

 安奈が自分の予想を言うと、翔太の心は一気に沈んだ。自分は楓に嫌われてしまったのだろうか。

「ちょっと先輩。あんまり翔太をがっかりさせること言わないで下さいよ。それに翔太が正直に言ったのは先輩のせいっていうのも有るんですよ」

「まあ、そうね。そこについては悪かったわ。私は自分の経験から言ったまでなんだけど、それが裏目に出ちゃったわけだし」

 素直に安奈は翔太に頭を下げる。いえ、と翔太は力なく首を振った。安奈は翔太のためを思って言ってくれたことなのだ。安奈が悪いわけではない。

「でも、ここで話し合ってるだけでも事態は進まないやないですか。とにかく、清泉さんに会うことが先決やと思うんですけど」

「でも、あって何をどうするの?」

 良平の意見に、安奈が疑問を投げかける。

「泣いちゃった原因がわからない以上、あって謝るか、どう対応するかが代わってくると思うわ。そのためには、しっかりと泣いちゃった原因を考えないと」

「でも、それは僕らの予想で間違ってるかもしれないじゃないですか。それなら、とにかく謝って、理由を聞くようにしたほうがいいような気もしますけど」

「女の子って、ただ謝られるだけじゃなくて、理由をきちんと理解したうえで謝らないと納得しなかったりするんだよ。清泉さんがどうかはわからないけど、とにかく謝っとけっていう男の子の考えは、女の子には逆効果にもなるんだから」

 女性二人の意見を聞いて、良平は自分の意見を引っ込める。男の予想よりも、こういうものは女性の意見に従ったほうがいい。

「あー、こういうときに限ってあのバカ顧問はいないし。こういう人的トラブルってあいつの得意分野なんだけどなー」

 安奈が頭をかきむしりながらぼやく。いないものはしょうがないよ、と麻紀がなだめたところで、安奈の鞄の中のケータイが着信音を出した。ちょっと失礼、と安奈は自分のケータイを取り出し、画面を見る。

「…噂をすればなんとやらだわ」

 そう言って安奈は電話に出る。どうやら、夏目先生からのようだ。

「もしもし、今どこにいるんですか? いまちょっと困った事態が発生してて…」

 安奈が会話を始めるのを、翔太はぼんやりと聴いていた。みんながいろいろな意見を出してはくれたが、具体的な解決策には至っていない。やはり一度楓とあってみて、直接話をしたほうがいいのだろうか。そんな事を考えていたら、安奈が突然驚いた声をあげて翔太は顔をあげる。すると安奈の口から、とんでもない言葉が出てきた。

「清泉さんが、入院した?」


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