2-6.5 電話
更新遅れた分二話同時更新です。
厄介な電話が来た。
奥村教諭が受話器を取って話を聞くうちに考えたのは、そんなことだった。
電話の相手は自分が担任しているクラスの生徒の保護者である。生徒の名前は清泉楓。おとなしい性格で、クラスでは目立たない存在。外見はいいのに、あまり社交的でない分、クラスではいつも友達の輪に入れていないような生徒だった。
彼女の父親は仕事のために別居している。母とも中学生のころ死別しているため、彼女が今同居しているのは母方の祖父母の家ということを、奥村はもちろん知っている。電話をもらったのは、その同居している祖母からだった。
内容は、簡単に行ってしまえば最近子どもの様子がどうもおかしいというもの。いつも何やら考え事をしているようで、いまいち元気がない。前まではこんなことはなかったのに、ということらしい。
中学から高校に上がって、新しい環境に上手く対応できず、それまでと様子が変わる生徒は割といる。中学生や高校生など、まだまだ成長途中。そんな生徒が環境ががらりと変わった瞬間、少しくらい様子が変わるのは当たり前。実際、そういう子どもの変化を心配して、保護者が電話をしてくるということはたまにあるのだ。
ただ、奥村としてはそのような経験がまだなかった。どう対応したものか少しだけ考えたが、とりあえず生徒と面談をし、家庭訪問などをして正確な情報を集めるということで話はまとまった。よくある話とはいっても、万が一、いじめにつながっている可能性もある。何しろ対象となっている生徒がクラスで目立たないおとなしい性格の女の子ときている。できる限りの対策は取っておくべきだ。
家庭訪問をする日時を決め、奥村は受話器を置き、一つため息をつく。なんだか先行きが不安で、一服したい気分になった。校内は禁煙なので、喫煙できる場所へ行こうと席を立ちあがりかけた時、ちょうど同じように席を立つ教師に目がついた。
「ああ、夏目先生。今から一服ですか」
「ええ、奥村先生もですか」
声をかけた相手はすぐこちらを向いて返事をする。教師としてはまだ若いが、生徒の指導が上手いと評判の夏目。生徒だけでなく、年上の教師からもあまり悪い評判は聞かない。教師になって二十五年以上たつ奥村も、その実力には一目置いていた。
「先ほど電話をして、ため息をついてらっしゃいましたが、なにかよくないことでもありましたか?」
二人並んで歩きだすと、夏目がそんなことを聞いてきた。奥村は、ああ、と正直にうなずく。
「クラスで受け持っている保護者からちょっとね。生徒の家での様子がおかしいというんだ」
「様子がおかしい? まさかイジメですか?」
「まだ確証があるわけじゃないんだ。正直、クラスの様子を見ている感じではそう思えないんだが、その可能性を考えると気が重くてね」
「この時期は、新しい環境になれずに様子が変わる生徒もいますからね。その可能性のほうが高いんじゃないですか?」
夏目が希望的観測を述べる。この青年は相手が落ち込んでいたりする時はフォローが上手い。それが同僚からも人気のある理由の一つといえた。
「ああ、経験上、その可能性のほうが高いとは思うんだが、万が一もある。とにかく早めに対応して、対策をとるに越したことはないんだよ」
そこまでいって、奥村はふとあることを思い出した。そういえば夏目は、最近楓を卓球部とやらに勧誘していなかったか。つい先日、楓を卓球部に勧誘していいかと聞かれた覚えがあった。
生徒の個人情報にもかかわるため、個人名を出すのはよくないのだが、何か手掛かりが得られるかもしれない。奥村はそう考え、口を開いた。
「そういえば、夏目先生は清泉を部活動に勧誘していませんでしたか?」
はい? と夏目が反応する。
「まさか、今回電話があったのは清泉の保護者からですか?」
「ああ、なんでも、中間テスト前後から様子がおかしくなったと聞いたんだが」
話が早くて助かると奥村は思う。考えてみれば、夏目が清泉を勧誘していたのもその時期だ。これはどうやら夏目が関連していそうだと、奥村は推測を立てる。
そんなことを考えていたら、いきなり夏目が勢い込んでこちらを見つめてきた。びっくりして、奥村は思わず一歩下がるが、そんなことはお構いなしに夏目は質問してきた。
「奥村先生って、もしかして清泉の家に家庭訪問をしに行く予定とかってありませんか?」
「あ、ああ。明後日の午後に、一応うかがわせていただくことになっていますけど…」
いきなり様子が変わったことに、奥村は戸惑いを覚える。しかし夏目の勢いはそれだけでは止まらない。
「あの、もしよければ僕も一緒に同行してもいいでしょうか?」
「え、いや、まあ、保護者の方がいいと言えばいいですけど。何か清泉の変化に心当たりでもあるんですか?」
「はい。大ありです」
それだけ自信たっぷりにいうと、夏目はようやく奥村から離れる。ほっと一息ついてから夏目を見ると、何やら考え込みながらぶつぶつ独り言をいっていた。どうやら心当たりがあるというのは本当らしい。
とりあえず、夏目からもう少し詳しい話を聞いたほうがよさそうだなと思いながら、奥村は夏目にかける質問を頭の中で考え始めた。