2-4 プレゼント
またまた期間が空いてしまいました。誠に申し訳ありませんm(__)m
楓が体育館から去ってから、しばらく気まずい雰囲気が漂った。その原因の一つとして楓の態度があまりにもそっけなかったということもあるだろうが、楓としてはあれがいつも通りなのだからしょうがない。しかし、だからと言って何か話してこの場の雰囲気を和ませるということは翔太には難しいように思えた。
それでもおそらく一番戸惑っていないと思われる自分が何か言わなければと考えていた時だった。
「あ~あ、振られちまったな」
夏目先生がどこか気の抜けたような調子で呟いた。その言葉で卓球部の視線が夏目先生に集まる。
「ま、本人が嫌だっていうならしょうがねえな。相田がいるからいけると思ったんだが…」
「いや、そもそもなんであの子を入部させようと思ったんですか?」
少し調子が戻った安奈が口を開く。夏目先生は大きなあくびをしながらつまらなそうに答えた。
「そんなの、今年の入部者に女子が一人もいなかったからに決まってるじゃねえか。さすがに男子だけなんてむさくるしいだろ」
「私の年も去年も女子しか入らなかったのに、男子部員は連れてこなかったじゃないですか」
「そりゃ、男は別にいらねえからな。男が増えてもむさくるしいだけだし…」
「全部あんたの都合じゃないですか!」
安奈の鋭いツッコミを皮切りに、また安奈と夏目先生に言い合いが始まる。三回目ともなると、さすがに慣れた翔太と良平はその様子をどこか冷めた気持ちで見つめる。麻紀もいつも通りの笑顔で、二人のやり取りを見つめていた。
「…とりあえず、準備済ませて練習始めよか」
「まあ、そうだね」
「それじゃいつも通りフォアラリーから入ってね」
麻紀の笑顔の指示にウッス、と返事をして翔太と良平は台につく。しかし、台につきながらも翔太は別の事を考えていた。
本当に、夏目先生はただ女の子がほしいだけで楓を誘ったのだろうか。屋上で楓と翔太をいたといっても、女の子なら他にもたくさんいるはずである。良平のほうが交友関係は広いだろうから、良平の女友達で他にも部活に入っていない女の子を探そうと思えばできたはずだ。それが真っ先に楓を誘ってきたことに少し違和感を覚える。
一体、何を考えているのだろうか。
翔太はまだ安奈と言い争いを続けている(正確には安奈の言葉をのらりくらりとかわしている)夏目先生を見つめながら考えた。
次の日、いつも通り屋上に向かう翔太の足取りはいつもより重かった。
昨日、楓があまりにもそっけなく帰ってしまったためどう接していいかわからなかった。楓が昨日の勧誘についてどう思っているのかもわからないし、そのため話題に上らせていいものなのかもわからない。もし楓が昨日のことを思い出したくないものだと考えているのなら、そのような態度を出すのもいけないのかもしれない。とにかく、昨日のことには一切触れず、いつも通り接しようと翔太は心に決め、屋上の扉を開いた。
楓はいつも通り屋上の真ん中に座って弁当を開いているところだった。その視線がこちらに向けられる。
「あ…」
なぜか、その視線が向けられた瞬間、翔太はその場に固まってしまう。いつもなら手をあげて挨拶しながら楓の隣まで歩いていくところなのに。
しかし、楓はそんな翔太にいつも通りかすかな笑顔を向けた。その笑顔をみた瞬間、いつも通りの楓だと翔太は胸をなでおろす。その笑顔はお互いにあった時のあいさつのようなものだった。
翔太は固まった体を再び動かし、方手をあげて挨拶をしてから楓の隣に座る。翔太も弁当を広げ、手を合わせていただきますをいい、いつも通り弁当を食べ始めた。
「ねえ、翔太」
食べ始めてから二分ほどたって、楓がそう声をかけてきた。楓から声をかけてくるのは珍しいので、少し驚きながらも、翔太は「なに?」と楓のほうを見る。楓は、ポケットの中から一つの包みを取り出して翔太に差し出した。
「これ、誕生日プレゼント」
少しだけ、恥ずかしそうな表情で差し出されたのは、茶色の小さな包みだった。翔太はしばらく何をされたかわからなかったが、それが何を意味するか理解した瞬間喜びで思わず顔がニヤけてしまった。以前話した誕生日を、楓はしっかり覚えておいてくれたのだ。そして、翔太のためにプレゼントまで用意してくれていたのだ。親以外の人から誕生日プレゼントをもらったことなどない翔太にとっては、これ以上うれしいことはなかった。それが楓からの贈り物とあればなおさらだった。
「ありがとう。あの、開けてもいいかな?」
「…うん」
やはり恥ずかしそうにうなずく楓から包みを大切に受け取り、丁寧に包みを開ける。中から出てきたのは、淡いブルーのガラス玉がついたストラップだった。シンプルなデザインだが、それでもどこかいとおしくなるようなそれは、自分で買ったものではないからだろう。
「かわいいね。これ、高かったんじゃない?」
もらってうれしいのは間違いないのだが、楓にお金を使わせたことに少しだけ罪悪感を覚えて翔太は聞いたが、楓は首をふるふると横に振った。
「そんなに。それに、翔太にあげるものだから」
目を伏せがちにそう言われてしまうと、翔太の中の喜びメーターが振りきれてしまう。同時に顔が熱くなり、顔から湯気でも上っているのではないかと思わず手で頬を確かめる。湯気は上がっていなかったが、十分熱くはなっていた。
「その、ありがとう」
もう一度お礼を言うと、楓は視線を合わせず無言でうなずく。そのままご飯を食べに戻ってくれれば翔太も昼食に戻れるのだが、楓はなぜかそのまま目を伏せて固まっている。どうすればいいのか翔太も困ってしまって、二人の間に気まずい沈黙が流れる。いつも特におしゃべりをすることなく二人ではいるが、今日のこの沈黙はいつもとは別種のもので、なんだか胸の奥がむずむずした。しかしそれは不快なものとは言い切れず、どちらかといえば喜びに近いもので、しかしだからこそ何か言わなければと心が焦るようなものだ。
不意に楓の視線があげられ、そのせいで翔太と視線があった。いつもは何気なく見ているその目を、今はどこか直視するのが恥ずかしい。しかし、その視線を外すこともできず、二人はそのまま見つめあう。何かいうべきか。なにかするべきか。そんな焦りにも似た思いが翔太の中を駆け巡り、視線があってどれだけ時間がたったかもわからなくなったその時。
ぎぃいい、と音がして、屋上への扉が開いた。翔太ははじかれたようにそちらに視線をむける。そこには、けだるそうな表情で屋上に上がってきた夏目先生がいつも通りいた。
「よお、相田。今日も部活あるから送れずに来いよ」
言葉とは裏腹に、遅刻してもよさそうな口調で夏目がそういい、翔太の目の前を横切っていつも通り給水塔の裏に隠れてしまった。翔太は何かを邪魔された気がして、すこし恨めしい気持ちで夏目の背中を見る。楓はどうしただろうかとちらりと視線を向けると、すでにいつも通り昼食に戻っていった。
今までは二人だけの空間であった屋上が、夏目が来てからというものそうではなくなってしまっている。翔太はなんだか釈然としない思いを抱きながら、弁当を口の中にかきこんだ。