2-3 断り
更新が遅くなってすみません。できるだけ書こうとしているのですが、大学はじまってから一気に忙しくなり始めて、書く時間が激減…。それでもまだ続けていこうと思っているので、もしよかったら読んでください。
放課後、翔太が下駄箱で待っていると、ホームルームを終えた楓がやってきた。楓と屋上以外で会うことは珍しいため、翔太はどこか緊張してしまう。そもそも二人で待ち合わせていたという状況に、翔太はどこか恥ずかしい気持ちを覚えた。周りには下校する生徒が何人もおり、なぜか人目を気にするように翔太は周りに視線を泳がせてしまう。
「お待たせ」
「あ、うん」
楓に対する返事もどこかぎこちなくなってしまう。しかし、楓はそんな翔太にお構いなしに自分の下駄箱を開き靴を履き替え始める。そのいつも通りの淡々とした様子に、翔太はどこか拍子抜けしたような気分を覚える。なんだか自分だけが意識してしまっているようでバカみたいだった。翔太はため息をひとつついて、自分も靴をはきかえた。
部活動をする生徒は、校内で活動を行う生徒以外、基本的に上履きを下駄箱にしまう決まりになっていた。校舎が閉まる時間よりも、部活動が終わる時間のほうが遅いからである。そのため翔太と楓は校内からではなく、靴を履き替えて体育館へと向かった。
そういえば、下校時に楓と下駄箱などであったことは一度もなかった。翔太のクラスのホームルームが先に終わり、教室の中の楓を見ることは時々あるが、楓が下校している姿を見たことは一度もない。たまたま顔を合わせていないだけという可能性もあるが、入学してすでに一月以上たっている。偶然にしては少しできすぎなような気もした。
「ねえ、楓っていつも学校が終わったらまっすぐ家に帰るの?」
気になった翔太が声をかけると、楓はふるふると首を横に振った。
「え、でも、部活とか何もしてないんじゃなかったっけ?」
「…いつも、屋上に行くの」
その言葉で、翔太は数日前の事を思い出した。翔太が卓球部の入部テストに落ちた時、無意識に向かった屋上。そこに、夕日を浴びる楓の姿があったことを。
あの頃、楓はお母さんと一緒に行くはずだった山に思いをはせていた。そのために、昼時間だけでなく、放課後も屋上へと足を運んでいたのだ。
その習慣が今でも続いているのだろう。翔太と一緒にその山へ行ったのはいいが、それだけの出来事ですべてが終わったわけではない。山に向ける視線の意味はどこか変わったかもしれないが、それでも楓にとって思い入れのある場所には変わりないのだ。
「そっか」
だから、翔太はなぜ屋上に行くとか、そんなことは聞かない。また、それ以外の言葉も口にしない。一言、相槌を打つだけ。しかし、それだけで何か伝わるものがあったようで、楓の口元にかすかに笑みがこぼれたのを翔太はみた気がした。
ガラガラ、シーン、ガシッ、ズルズル…。
翔太が体育館に入ってから十秒の内に出た音を表記すると、およそこんな形となる。正直、翔太自身その十秒間に起こった出来事を理解したのは体育館の隅に良平、安奈、麻紀の三人に連れて来られてからだった。
翔太が体育館に入った瞬間、すでにそろっていた卓球部員の視線が翔太とその隣に立つ楓に注がれたことは言うまでもない。そこから五秒ほど沈黙が起きた後、三人に無言で肩を掴まれた翔太は、抵抗する間もなく体育館の隅に引きずられ、今は三人に囲まれている、という状態である。
「おい、翔太、まさかあの子か! あの子がお前の彼女か!」
良平が翔太に問い詰める。勿論楓に聞こえないよう小声ではあったが、表情はどこか鬼気迫るものがあった。
「いや、だからその、彼女じゃ…」
「すっごくかわいい子じゃない! 翔太君やるねぇ~」
翔太の反応を無視して麻紀が珍しく下世話な笑みを浮かべて言う。いや、だから、と言いかけた翔太の言葉を今度は安奈が遮った。
「まったく、あれだけ可愛い子とは思わなかったわ。どんな手使っておとしたのよ」
「まさかお前がここまでやり手とは思わんかったで翔太!」
良平はなぜかうれしそうに翔太の肩をバンバン叩く。なかなか威力があり、翔太の口から苦笑いが漏れた。
「にしても本当にかわいいね。あの長い髪、ここから見てもさらさらだよ」
「スタイルもいいし。まあ、胸がちょっと小さめだけどそこはまだ発育途中だし」
「それよりあんなきれいな顔みたことありまへんよ僕は! どんだけっちゅーはなしですよ」
翔太が止める間もなく、三人はどんどん話を進めていく。楓はというと上手く状況が飲み込めていないのか、体育館の入り口でぼーっと突っ立っていた。
「それじゃ、とりあえずどうやって告白したか聞こうじゃないの」
「いや、僕はその前に出会ったきっかけとか聞きたい思うんですけど」
「今どこまで進んでいるかも私は気になるな~」
「いや、それは後回しで出会ったきっかけとかを…」
「だから彼女じゃないって言ってるじゃないですか!」
三人の質問攻めに、翔太は思わず叫んでいた。珍しい翔太の叫び声に、三人は一斉に口を閉じる。その反応を見て、翔太はようやく無意識のうちに大声を出したことに気がついた。
その場に気まずい沈黙が降りる。その原因を作ったのが自分のため、翔太は何か言わなければと口をパクパクさせるが、肝心の言葉は何も出てこない。そんな気まずい状況が十秒ほど続いた時だった。
「あの、私はどうすればいいんですか?」
いつの間にそこにいたのか、気づくと安奈の後ろに楓が立っていた。その無表情な顔は安奈、麻紀、良平、そして翔太へと順々に向けられていく。そこでようやく、安奈が楓をほったらかしにしていたことを思い出した。
「ああ、ごめんね、ほっといちゃって。とりあえず、今日あなたをここに読んだのは顧問の先生だから、その人が来るまでちょっと待っててくれる?」
「はい」
楓は短く返事をして、体育館の隅へ行って鞄をおく。その淡々とした態度に、安奈たちはどう対応していいかを決めかねているようだった。
「えっと、言い方悪いけど、なんや機械みたいな子やな」
「まあ、翔太君から話を聞くのは後にして、とりあえず練習始めない?」
「そうね。夏目先生が来るまでたぶんまだ時間があるし。どうせだから彼女にも見学してもらって暇をつぶしてもらいましょう」
安奈がそういったときだった。ガラガラと音を立てて体育館の入口が開かれ、そこから夏目先生が入ってきた。
「お、全員そろってるな。それで、と。おお、ちゃんと連れてきたな」
夏目先生は体育館に入ってくるなり、楓を認めてうれしそうに笑った。
「ちょうどよかった。今、翔太の彼女をどうすればいいか悩んでて…」
「だから、彼女じゃないですって」
安奈の言葉を翔太が即座に否定する。楓に聞こえていたらどうしようかと翔太は楓をちらりと見たが、どうやら聞こえていなかったようで、楓の視線は夏目先生に注がれていた。
「先生が読んだので、私たちじゃどうすればいいかわからなかったんですよ」
「ああ、悪い悪い。ちょっと一服してきたからな。それで、今日清泉を連れてきてもらった理由なんだが…」
適当そうな笑顔で夏目先生は楓を見る。楓はいきなり自分の名字を呼ばれて少し不思議そうに首をかしげていた。
「お前、この部活に入らないか?」
「うぇえええええええ?」
するりと夏目先生の口から出てきた言葉に、夏目先生と楓以外の口から驚きの声が上がる。しかし、夏目先生はそんなものどこ吹く風でもう一度楓に聞いた。
「ここには相田もいるしな。他の部活が入りにくくても、ここなら知り合いがいて入りやすいだろうと思って…」
「ちょっと待ってください!」
夏目先生の言葉を安奈が途中で遮る。
「もし入部させるならテストを受けてもらわなきゃいけません! そうしないと仮入部期間にきた子たちと不公平になります!」
「テスト? ああ、伝統的にやってる入部テストか。んなもん俺の権限でなしにすりゃいいだろ」
「だから、いくら顧問でもそれはだめです! 入部テストで入れなかった新入生もいるんですよ!」
「別にいいじゃねえか。あのテスト、実力を試すためのものじゃなくて…」
「まだテスト受けるかもしれない新入生の前で種明かししないでください!」
安奈と夏目先生が言い合うのを、どうしたらいいかわからず翔太と良平はただみているだけ。そういえば初めて来たときもこんな感じだったなと思いつつ、麻紀に視線を向けると、前回と同じように笑顔で「放っておいていいよ」といわれた。
それじゃ、終わるまで見ていようかなと翔太が二人に視線を戻した時、ふと視線を長い髪が横切った。
「あの」
気づくと、楓が一歩前に出て二人に声をかけていた。言い合いをしていた二人はそこで言葉を切って楓に視線を向ける。楓はどちらかというと夏目先生に視線を向けたままこういった。
「お誘いはありがたいんですが、お断りします」
すっ、と楓は頭を下げる。その場の誰もが、一瞬面喰ったように動きを止めた。その沈黙を最初に破ったのは一番年長者の夏目先生だった。
「卓球部には、興味はなかったか?」
「そういうわけではないのですが、部活をやる余裕がないので」
どこまでも淡々という楓に、翔太以外の面々は面喰いどう対応していいかわからない。翔太自身、楓の態度に慣れているとはいえ、それでもどう声をかけていいかわからなかった。
「…そうか。わかった。無理に呼び出して悪かったな」
「…いえ、誘ってもらって、ありがとうございました」
楓はもう一度お辞儀をすると、鞄を持ち、そのまま体育館の出口に向かっていく。その遠ざかっていく背中に、翔太は思わず声をかけていた。
「楓!」
楓が立ち止まってこちらを振り向く。視線があった瞬間、しかし翔太はなぜ呼び止めたのかわからなくなった。
「あ、その…また、明日」
「うん、またね」
結局それだけのやり取りだけを残して、楓は体育館から出て行った。
翔太の中で、何かもやもやしたものが漂っていた。