2-2 部活へ
結局間が空いてしまった更新です。こんなのですみません。なるべく更新できるように努力はしているつもりなのですが…。
結局、翔太に対する追及はその日の最後まで続いた。
練習が始まってからは全員練習に集中しなくてはならないので、翔太に対して何か質問してくる者はいなかったが、練習が終わってからは質問の嵐だった。片づけている最中、着替えている最中、帰り道。どこへ行っても質問が途切れることはなく、翔太はとても苦労したが、その一方で、自分はまだ楓のことをそれほど知らないことが分かった。
例えば誕生日であったり、例えば将来の夢であったり。そう言ったことを、翔太は何も知らない。
以前行った旅行以来、楓との距離はぐっと近づいた気がしたが、実はまだまだ距離はあるのかもしれない。
そんなことを考えたものだから、翔太は次の日の昼、さっそく楓に質問してみた。
「ねえ、楓の誕生日っていつ?」
弁当を広げながら何気なく質問すると、弁当を広げる楓の手がぴたりと止まり、こちらに視線が向けられた。その顔は無表情に見えるが、どこか尋ねるような雰囲気をしている。楓は基本的にあまり表情を変えないが、その微妙な変化を翔太はわかるようになってきた。
「ああ、この前部活の友達と誕生日の話になって、それで楓はいつなのかなって」
翔太は補足説明を加えると、楓は再び弁当を広げながら答えた。
「六月六日」
六月六日。翔太はその数字をしっかりと記憶に刻む。せっかく知ったのだから、その日にはなにかお祝いをしなくては。
翔太が心のメモ帳にメモをしていると、楓が再びこちらを見ているのに気がついた。ん?と視線を向けると、楓は静かに訪ねてきた。
「翔太の、誕生日は?」
そういえば自分の誕生日も教えてなかったな、と翔太は思い出す。
「俺は五月十八。ちょうど中間テストが終わってちょっとたってからくらいかな」
「…そう」
それだけ言って楓は弁当を食べ始める。その表情からは何もうかがえなかったが、別段気にすることもなく翔太も弁当を食べ始めた。これが楓の普通の状態なのだ。冷たくされているとか、そういうことではないことを翔太はすでに知っていた。
そんなふうに弁当を食べていると、今日もドアが軋む音がして翔太はそちらを振り向く。そこには今日もだるそうな顔をして辰目先生が屋上の扉を開いてきたところだった。
「おお、今日も弁当か。毎日仲がいいな」
翔太たちを見つけると、夏目先生はそう声をかけてくる。しかし、それ以上どうするということもなく、二人の横を通り過ぎてまた給水塔の陰に隠れてしまった。
一体なんのためにここに毎日来るのか。おそらくあの人の事だから、校内で吸えない煙草でも吸いにきているだけで、それ以上の理由などないのかもしれないが、翔太にとって楓と二人きりでいるこの場所にそう何度も来られるのはどこか居心地が悪かった。
楓はどうなのだろうかと楓に視線を向けてみると、楓は何も変わった様子もなく弁当を食べ続けていた。
なんだか、気にしているのは自分一人だけのようで、翔太の口から自然にため息が漏れていた。
その日の部活が始まる前、翔太が良平と一緒に卓球台を用意していると、今日も練習前から来ていた夏目先生が手招きして翔太を呼んだ。少しだけ嫌な気分を持ちながらも、翔太は良平に断ってから夏目先生のところまで行く。いきなり呼び出して悪いな、と一言断ってから、夏目先生はいきなりこういった。
「お前、清泉とはどうして一緒にあんなところで飯食うことになったんだ?」
はい? と翔太は思わず聞き返してしまう。いきなり聞かれた質問の内容にも驚いたが、それ以上に夏目先生が楓の苗字を知っていることにも驚いた。
「だから、どうして清泉と飯を食ってるんだって聞いたんだ」
あくまでもけだるそうに、夏目先生は質問を繰り返す。ええと、と翔太は少し口ごもった。
「どうしてって言われましても、その、屋上へいったらたまたま楓がいて、そこでおしゃべりして、一緒にご飯食べるようになっただけですけど」
「…そうか」
そう呟いて、夏目先生は体育館の天井を見上げる。その開いた口から、煙草の煙が盛大に出てきそうな構図だった。
「えっと、それだけですか?」
「ん? ああ、いや。ちなみに、清泉は何か部活は?」
いきなり質問の矛先が変わって、翔太は少し面喰う。
「いえ、たぶん何もしてないと思います」
「なら、明日一回連れてこい」
「…はい?」
何を言われたかわからず、翔太が聞き返す。この先生にはペースを持って行かれっぱなしのような気がした。
「だから、一回明日連れて来い、ここに」
「えっと、楓をですか?」
「そうだ。何か不都合なことでもあるか?」
いえ、と翔太はつぶやく。一体この先生は何を考えているんだ? 楓の名前を知っていることと言い、一体何を目的に楓を連れてこいなどと言っているのだろうか。まさか楓を部に勧誘する気なのだろうか。
疑問は溢れるように出てきたが、なぜか目の前の教師にそれらを訪ねることはできなかった。なぜかはわからないが、おそらくこの教師の事がまだよくわからなかったため、どう対応していいのかわからなかったからだろう。結局、翔太は一度頭を下げてから準備に戻っていった。
「なんや、センセになんか言われたんか?」
「うん、なんか、明日楓を部活に連れて来いって」
良平が台を広げるのを手つないながら、翔太は答える。ほう、と良平は少し興味を持ったように声をあげた。
「ほな、明日翔太の彼女を見ることができるんか!」
「だから、彼女じゃないって」
もう何度目になるかわからない訂正を入れながら、しかし翔太は頭の隅で夏目先生の事を考えていた。
一体、どういうつもりで楓を連れてこいなどと行ったのだろうか。
夏目先生の狙いがわからないにしても、とりあえず翔太は楓を誘うことにした。屋上で、いつも通り弁当を広げる。楓はめったに自分から話すということはないから、こういうときは話を切り出すのに都合がよかった。
「ねえ、楓、今日の放課後って暇?」
翔太が尋ねると、楓が箸を加えたままこちらを振り向く。その様子がお茶目で、少し翔太はかわいいなと思いながらも目的の言葉を口にする。
「昨日や一昨日にここに来た先生覚えてるよね? あの先生卓球部の顧問の先生なんだけど」
楓はそこで箸を口から抜き、口を動かす。相変わらずの無表情だが、視線はこちらを向いているので翔太の話はしっかりと聞いているはずだ。
「あの先生が、今日もし楓の予定がなかったら一度卓球部に連れて来いっていうんだけど…」
しばらく楓は口の中身を飲み込むためにかむことに専念していたが、やがて口の中のものをすべて飲み込んでからゆっくりと口を開いた。
「どうして?」
「えっと、その、実は僕にもよくわからないんだけど」
そう言ってから、翔太は少し後悔する。相手に部活に来てくれと頼んでいるのに、理由も知らないとは、考えてみればおかしな話だ。翔太は少し気まずくなって視線を落とす。しばらく無言の時間が続き、翔太は楓を怒らせたかと思い恐る恐る顔をあげたが、そこには何やら考え込んでいる楓の姿があった。どれほどそうしていたかは分からないが、おそらく一分ほどだろう。やがてゆっくりと、楓は翔太の目を見てうなずいた。
「一時間くらいなら、大丈夫」
その返事を聞いた瞬間、翔太は体に疲れがどっと押し寄せてくるのがわかった。どうやら、知らず知らずのうちに緊張して肩に力が入っていたようだ。先生に言われたとおりただ楓を誘っただけなのに、なぜだかとても緊張してしまった。
一安心してその原因を考えていると、実は楓が部活動に来ることがうれしい事がわかる。まるで相手をデートに誘いオーケーをもらった時の気分とでもいうのか。実際そういう体験をしたことはないが、それでもどこか達成感とうれしさに満たされていく気持ちを抑えられないまま、翔太はその日の午後を過ごした。
その日に限って、なぜか夏目先生は屋上に来なかった。