2-1 夏目和馬
サブタイトルですが、僕の中では一応大きな流れの二つ目なので、数字が2-○という形になります。イメージとしては文庫本の二冊目に入ったと考えてもらえば分かりやすいかと…。
放課後の廊下を、体育館に向かうために翔太は一人歩いていた。いつもならばこれから始まる部活動の事を考えているのだが、今日はなぜか昼の時間に屋上にやってきた男性教諭の事が頭から離れなかった。
突然やってきた男性教諭に翔太と楓がどう対応を取ればいいか考えていると、彼はゆる~い笑顔を浮かべたまま顔の前で手を横に振った。
「ああ、別に警戒するな。邪魔しちまったことは謝るが、別にお前ら叱ろうとかはおもってないから」
そう言って彼は翔太たちの横を通り過ぎ、屋上の端にある貯水タンクの陰に隠れてしまった。姿は見えなかったが、煙が出ていたことからどうやらそこで煙草を吸っていたようである。
結局、昼休み終了五分前になっても男性教諭はそこから戻ってくることはなかった。楓も登場した時こそ気にしていたようだったが、最終的にはいつも通り昼食を食べ終えてから本を読みだしてしまった。そのまま翔太と楓は授業に戻るため屋上を後にしたのだが、男性教諭はまだ屋上に残っていたようだった。
あの教師は何者だったのか。その疑問が頭から離れず、翔太は頭をひねる。簡単に考えれば、一服するために屋上に来た教師、というのが妥当だろうが、生徒が立ち入り禁止の屋上にいる時点で注意するのが普通なのではないだろうか。そもそも、翔太たちが屋上に出ることができているのは正しい方法ではない。誰が作ったかわからない、倉庫裏の合鍵を使っているのだ。その存在を知らない教師は、当然どのように屋上への扉をあけたか気になるはずだが。
そんなことを考えながら、翔太は体育館横の更衣室の中へと入る。そこには、見知った友人が一足先に服を着替えていた。
「おお、翔太。なんや、なんか難しそうな顔しとるで」
そう声をかけてきたのは、翔太と同じ部活に所属する一年生、林良平だった。二人は卓球部に所属しており、自分と唯一の同い年の部員だった。
「いや、ちょっと気になることがあって」
自分の荷物から着替えを引っ張り出し、翔太は答える。んん? と良平はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「なんや、恋の悩みか?」
「な、そんなことじゃないって」
翔太はあわてて否定する。知り合って約一月。これくらいの冗談はもう出るようになっていた。
「隠すな隠すな。俺らもう高校生や。恋の悩みの一つや二つ、あってもおかしうないで」
「だから違うって。今日ちょっと変な先生を見て、それが気になってるだけ」
「先生?」
良平が興味をそそられたように聞き返す。
「なんや、一目ぼれするほど美人の先生やったんか」
「僕が見たのは男の先生!」
少し勢い込んで否定すると、良平は悪かったというふうに両手をあげた。
「すまんすまん。冗談や。それで、なんかそのセンセがおかしかったんか?」
「いや、別におかしかったわけじゃないんだけど…」
なんといっていいのかわからず翔太は言葉を濁す。聞いているほうの良平としては今一わかりにくい言葉だっただろう。
「それじゃそのセンセのどこが変やったんや?」
「う~ん、態度というか、こっちに対するアプローチというか…」
翔太は靴を卓球用のものに履き替え、ラケットケースを持つ。良平もラケットケースを持って一緒に更衣室から出た。
「なんや、ようわからんな。その時の状況教えてくれんか?」
「あー、それはちょっと…」
屋上で楓と昼食を食べているのはまだ誰にも言っていない。基本生徒が立ち入り禁止の屋上にいること自体公言できないというのに、楓と二人きりで昼食を取っているなど、どこか恥ずかしくて言えなかった。
翔太はどう説明したものかと頭をひねりながら体育館の扉をあける。卓球台がいくつか並んでいるところをみると、すでに先輩が来ているらしい。翔太は体育館シューズをはきながら、先輩二人の姿を何気なく探したところ、ある一点で視線が固まった。
「なんか、今日の翔太は煮え切らん感じやな。別にいいとうないなら言いんやけど、やっぱりちょっと…」
後から入ってきた良平が翔太の様子を見て言葉をとぎらせる。しかし、翔太は今それどころではなかった。
体育館のすみ、すでにいた先輩と何やら話していた男性教諭。その人物をみた瞬間、翔太の頭の中では、なぜここに? という言葉が繰り返し響いていた。
「あ、相田君、林君、ちょうどよかった」
男性教諭と話していた先輩、大海安奈がこちらに気づいて声をかける。そこでこちらに視線を向けた男性教諭の表情が、翔太を見た瞬間少し驚いたような顔になった。なぜかその一瞬で、翔太はとてつもなく嫌な予感を覚える。
「お、なんだ、今日の昼屋上デートしてたやつじゃないか」
「…デート?」
隣の良平がある一言を反復する。翔太は背中に冷や汗をかきながら、どう言い訳をしようか必死に考えていた。
「改めて紹介するわね。こちら顧問の夏目和馬先生。専門は数学。まあ、ちょっと適当なところとかあるけど、基本いい人だから安心して」
「ちょっとじゃなくて、かなりな」
安奈の紹介に自分で訂正を加える夏目先生。翔太と良平はなんと答えていいかわからずはあ、と答えるにとどまった。
「ちょっと、せっかくオブラートに包んだのに自分で訂正しちゃ意味ないじゃない」
「こういうことははっきり言っといたほうがいいんだよ。あとから印象が悪くなるよりもよくしていったほうがいいからな」
「よくすることができればですけどね」
「そんじゃもうちょっと印象悪くしとくか。今まで俺がいなかった理由だけど、ちょっと現実逃避して学校休んでたんだ」
「適当言わないでください。育児休暇だってことは他の先生に聞いて知ってますよ」
二人のやり取りを見て、翔太と良平はどう対応していいかわからない。指示を仰ぐようにわきに立っているもう一人の先輩、志村麻紀に視線を向ける。
「まあ、いつもの事だからほっといていいわよ。それより…」
麻紀は翔太に近づいて、真正面から笑顔のまま翔太の顔を覗き込んできた。
「私としては、翔太君のデートの話しのほうが気になるんだけど」
う、と翔太は言葉に詰まる。となりの良平もおお、と声をあげてこちらを向いてきた。
「俺も気になるで。なんや、屋上でデートって」
「いや、その、別にデートしてたわけじゃ…」
視線をさまよわせつつ翔太が口ごもる。なんと答えようかと考えていると、安奈と話していた夏目先生がこちらに視線を向けて決定的な一言を放った。
「何言ってんの。屋上でかわいい女の子と二人で弁当食べてたじゃん」
「へえ!」
「あら!」
「おお!」
安奈、良平、麻紀が同時に三者三様の声を上げる。翔太の体はまだ卓球をしていないというのに汗でびっしょりだった。
「いや、その、楓とは別にただの友達で…」
「楓?」
「呼び捨てするほど親しい仲なの?」
「入学一カ月ちょいでもうそこまでいくとは、翔太も隅におけんやつやな~!」
どんどん悪い方向へと傾いていく状況に翔太は頭を抱える。ちらりと見ると、この状況を作り出した夏目先生はどこか楽しそうにニヤニヤしていた。
卓球部に新たに現れたこの教師が、翔太は早くも苦手になりだしていた。
いったんここまでです。また数日中に更新していこうと思うのでよろしくお願いします。