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どうせ断罪されるなら先にやってしまえ、と機密書類を社交界にばら撒いたら、断罪が来る前に王子が失脚して恋が始まりました

作者: 桜木ひより
掲載日:2026/03/20



私の名前は、テリーナ・フォン・ウィンザー。


王国レガリアにおける、宰相家の長女。歳は今年で二十歳。

社交界では優雅に微笑むことが求められる立場だが、内心はといえば……


「いいネタがある。これは面白いな…」


 ……というときだけ、異常に目が輝く。


 前世の職業は、週刊誌の政治・芸能スクープ担当記者だった。

 でも細かいことまでは覚えていない。


 ただ、「権力者の嘘を暴く」という生存本能のようなものだけが、この身体に移植されたらしい。


 ついでに言うと、特技として一度見た書類や聞いた会話を一字一句再現できる、という妙な能力がある。

 これは前世でも今世でも便利に使ってきた。




 そして……三年かけて、王室の汚い悪事の証拠を集めてきた。


 フォルカー第二王子の議会工作と汚職。

 その恋人のリリウムによる薬品偽造と証拠隠滅。


 レガリア王族と隣国「ヴェルデ公国」への売国書類。


 全部、私の手元にある。


 その上で、先週……私は王都の夫人会による「パーティー」への招待状を受け取った。


 意味としては「負け確の一週間前通告」らしい。

 呼ばれた時点で終わり、というのが社交界の常識……だそうだ。


 でも……


 (そんなの、先に証拠を出せばいいだけじゃない?)


 そう思った瞬間から、気持ちはもう決まっていた。





 月曜日。


 王都で最も格式高いとされる夫人会のお茶会に、わたくしは招かれていた。


 出席者は十五名。

 うち五名が侯爵夫人以上、三名が議員の妻。

 ここで出た話は三日で王都中に広まる、という実績がある。


 三十分ほど当たり障りのない会話をした後……わたくしは「うっかり」カバンを落としてしまった。


 バッグの口が開き、書類が数枚、テーブルの上に滑り出る。


「あら、ごめんなさい……」


 わざとらしく慌てて引っ込めようとしたが……

 計算通り、隣の夫人が見てしま手に持ってしまった後だった。


 フォルカー王子の筆跡で書かれた恋文。

 宛先は、王太子妃殿下ではなく、浮気相手と噂されていたリリウムへ宛てたものだった。


 夫人会の「パーティー」はその場では平和に終わった。


 


 しかし…翌日の午前中には、なぜか王都貴族の半分がその話をしていた。





 火曜日は、商会組合長との会食だった。


 話の流れで、わたくしはさりげなく書類を広げた。


「実はこれ、ずっと気になっていたのですが……数字の読み方をご教授いただけますか」


 組合長が帳簿を見た瞬間、顔色が変わった。


「……これは、王室の御用達商会の決算書では?」


「ええ。でも、ここの仕入れ値が市場の三倍なのに輸送費がゼロで、こちらの支払先が存在しない組合名なのは……なぜでしょうか?組合長でしたら何か分かると思いまして」


 組合長は三分間ほど黙っていた。


「……写しをいただいてもよいですか」


「どうぞ。わたくしには原本がありますから」


 商人ルートは早い。

 木曜日の朝には、全土の商会が同じ話題で持ちきりになっていた。






 水曜日は、匿名の封書を瓦版屋……いわゆる新聞屋に届けた。


 内容は「王族汚職疑惑の証拠資料・一式」。

 写しなので、証拠の重さは残りつつ、発信源の特定を難しくしている。


 翌朝の一面には、こう書かれていた。


「【特報】王室内部文書が流出……関係者に衝撃走る」


 これで五日間の工作は完了になる。


 (三年分の証拠を、五日で出し切った。スクープ記者冥利に尽きるわ)


 剣を抜くより早く。

 槍を構えるより。静かに。


 社交界という名の筆舌の戦場で、わたくしはただ「本当のこと」を流した。ただそれだけだ。



 金曜日。

 宮廷から使者が来た。


「テリーナ・フォン・ウィンザー嬢、フォルカー王子殿下より緊急召集——」


「断罪パーティーの件でしたら、来週に変更になったのでは?」


「……へ?」


「議会の問責公聴会が先に組まれたと、今朝の公報に出ていましたわよ」


 使者は顔面蒼白になって帰っていった。


 事情はこうだ。



 フォルカー王子は「今すぐ断罪する」と激怒していた。

 だが……今、王子を支持することは「汚職の共犯者」と認定されることを意味する。

 茶番とわかっていても、誰も動けなかった。



 リリウムが「聖女の奇跡」で事態を打開しようとした、という話も聞いた。

 ただ、わたくしはそれも想定していた。


 一週間前からお願いしていた騎士団の化学研究班が、「奇跡」の成分を分析した報告書を出していたので。


 リリウムの「奇跡」は、隣国から輸入した希少薬品による視覚干渉だった。

 それが、公的文書として議会図書館に提出されていた。


 もう、止まらない。





 そして今日。王国議会の「緊急王族問責公聴会」。


 わたくしは傍聴席の一番いい場所を確保して、座っていた。


 証拠はもう全部出した。細かい説明は法学者たちがやっている。

 わたくしがすることは、もう何もない。


 (さて、後半戦はどうなるかしら……)


 そう思っていたら、隣の席に人が座った気配がした。


「失礼、こちらよろしいですか」


 振り返ると、精悍な顔立ちの男性が、穏和な微笑みで立っていた。

 綺麗な愛想笑いだ、とわたくしは思った。

 目が笑っていない。


「どうぞ」


 彼は席に座り、しばらくしてから静かに言った。


「我々が三年かけて計画していたことを、あなたは五日でやり遂げてしまいましたね」


 「我々」……ということは。


「……ヴェルデ公国の方ですか」


「エラン・ヴォルクです。上級外交使節、ということになっています」


「『ということになっている』とおっしゃったわね」


「よくお気づきで」



 彼はかすかに目を細めた。愛想笑いが、一瞬だけ消えた。



 わたくしたちは議場正面に目を向けながら、こそこそと話し合った。


 フォルカーが弁明を始めている。議員たちが一斉に証拠資料を開く。


「あの汚職帳簿の写し、入手経路が分からなかったのですが」


「商会組合長の人脈は侮れないものです」


「なるほど。では瓦版屋への情報は」


「匿名封書は基本ですわ」


「……テリーナ嬢は、前世で何をしてらっしゃったんですか?」


 あまりにも直球すぎて少し笑った。




「……週刊誌の記者だったようです。細かなところは覚えていませんが……権力者の嘘を暴くのが仕事でした」


「……合点がいきました。そんな人間が実在するとは」



 エランはそう言いながら、議場を見た。リリウムが証言台に立たされている。


「リリウムについては、薬品分析書が効きましたね」


「成分名一覧を全部覚えていたので、対応が早かっただけです」


「一字一句?」


「聞いた会話も読んだ書類も、そうです」


 エランは少しの間、黙った。


「……危険な人だ」


「よく言われます」


「褒めています」


 議場の前では王子が何かを叫んでいる。聞こえない。こちらの方が忙しかった。





 公聴会が終わったのは、夕刻だった。


 フォルカー王子は王位継承権の停止。リリウムは薬品事犯として調査対象。

 わたくしへの断罪要求は、取下げ以前に存在しなかったことになっていた。


 廊下に出ると、エランが並んで歩いてきた。


「お時間ありますか」


「少しは」


「でしたら亡命の話をしませんか」


 足が止まった。


「……冗談ですか」


「本国の命令です。情報部が三年計画を立てていたレガリア案件を、五日で解決した人材を放置しろと言うわけがない」


 窓の外に夕陽が落ちていた。


「待遇は、宰相家より上を保証します。業務内容は——まあ、今日やっていたようなことです」


「記者まがいの諜報活動ということ?」


「あなたのやり方で構いません。本国にはいない種類の人材です」


 わたくしは少し考えた。


 三年間。父が大切にする家名の下で、一人で動いてきた。

 信用できる人間はいなかった。

 その代わりに、情報と分析と行動で全部片付けてきた。


 それが正しいと思っていた。今でも間違いだとは思わない。


「……いや」


 エランが静かに言った。


「命令の話は、今じゃなくていい」


 彼の声が、少し変わっていた。愛想笑いがなかった。


「ただ、あなたは今日……国一つを動かす規模のことをほぼ一人でやった」


「人脈と証拠があれば、こんなこと誰でも」


「誰でもできない。そして……」


 エランが立ち止まった。わたくしも止まった。


「一人でやる必要は、なかったかもしれない」


 廊下に夕陽が射し込んでいた。


「公国はあなたのような人材を必要としています」


 そこで一瞬、彼は黙った。


「……いや、俺が必要です」


 明らかに、言い直した。


 エランの目が、わずかに泳いだ。

自分で言って、驚いているような顔だった。


 わたくしは何も言えなかった。

 そういう言葉が来るとは、思っていなかったから。


「……返事は、後日でいい」


 彼は静かに頭を下げて、廊下の先へ歩いていった。


 わたくしはしばらく、その場で立っていた。




 馬車の中で。


 彼が言った「俺が必要です」が、頭から離れなかった。


 (……何、あれ)


 三年間、一人で動いてきた。

 頼ることも、頼られることも、意識的に避けてきた。


 誰かに「必要」と言われる理由がなかったし、言われることを想定していなかった。


 (「人材として必要」なら理解できる。でもあの言い直しは何?)


 夕陽の廊下で目が泳いでいたあの顔が、どうにも消えなかった。


 心拍が、少し早い気がした。


 (……馬車が揺れているせいよ)


 窓の外を見た。どう考えても関係ない。





 翌朝。


 机の上に、見慣れない封書があった。


 ヴェルデ公国の紋章が押されている。


 開封すると、便箋が三枚。

 待遇・給与・職務一覧が几帳面な字で書かれていた。 


 公国の情報部への待遇として、かなり破格の条件だった。


 最後の行を読んだとき、わたくしは止まった。


 便箋の端。几帳面な活字の隣に、それだけ手書きで。


「それから……俺についても、考えていただけると幸いです」


 三回読み直した。


 四回目を読もうとして、やめた。




 窓の外を向いた。


 口元だけが、笑っていた。



【完】


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