No.4 宴の灯り、聖堂の影
どれほど眠っていたのだろう。
柔らかなベッドの感触に包まれ、華は久しぶりに深い眠りを取っていた。
――コンコン。
控えめなノックの音が聞こえる。
「……ん……」
「おーい。起きてるか?」
低い声に、華ははっと目を覚ました。
「は、はいっ!」
「俺だ。ダージリンに頼まれて、お前を連れて来いって」
ストレートの声だった。
「あ、今行きます!」
慌ててベッドを降り、髪を整える。
鏡に映るのは、やはりスーツ姿の自分。
(ほんとに場違い……)
扉を開けると、ストレートが腕を組んで立っていた。
「お前、ほんとに女神なのかよ」
「それ、私が一番聞きたいです」
「だよな。なんだその格好」
「ただの会社員です…」
即答すると、ストレートは小さく笑った。
「かいしゃ、いん?…まぁいい。ダージリンが歓迎会するってよ」
「歓迎会?」
「ダージリンが張り切っててさ。女なんて、滅多にこの屋敷に来ることねぇから」
赤い絨毯の廊下を歩きながら、華はそわそわと周囲を見回す。
まだ慣れない屋敷の空気。
やがてストレートの足が止まった。
扉のプレートには――『会議室』と書かれている。
「私を…尋問する気ですか」
「だーかーらー、歓迎会って言ってんだろ」
ストレートが扉を開ける。
「みんなー、連れてきたぞー」
ふわりと食欲を刺激する香りが漂ってきた。
「……え?」
テーブルの上に並んでいたのは、豪華な料理の数々だった。
湯気の立つシチューに、こんがり焼かれた肉料理、色鮮やかな野菜に、焼きたてのパン。
どれも丁寧に盛り付けられている。
「全部、アッサムが作ったんだよ」
ストレートが自分の事のように自慢げに言う。
奥から落ち着いた声聞こえた。
「歓迎会だから。口に合うか分からないけど、食べて」
現れたのはアッサムだった。
穏やかな眼差しで華を見ている。
「すごい……」
思わず呟くと、その時、
「来てくれたんだね」
やわらかな声が響き、赤い外套を纏ったダージリンが、立ち上がった。
「よく眠れたかな?」
「は、はい……」
彼は華の前まで歩み寄る。
「今日は堅い話はしないよ。君の歓迎会だからね」
優しく告げると、周りの騎士たちが頷く。
ダージリンがグラスを掲げた。
「女神様の歓迎会を始めよう。ほら、みんなに挨拶して」
「え、あ、は、はい!…春宮 華です…よろしくお願いします…」
一瞬、視線が華に集まったが、
「華を歓迎して、乾杯!」
グラスが触れ合う音が部屋に響き渡った。
一気に賑やかになる室内で、ストレートが皿を差し出す。
「遠慮すんな。まあ、あんな事があった後じゃ、食欲も湧かねぇと思うけど」
「い、いただきます……」
シチューを一口運ぶと、優しい味が広がった。
あたたかくて、胸の奥がじんわりと熱くなる。
(こんなちゃんとしたご飯、久しぶり……)
誰かが自分のために作ってくれた料理。
それだけで、こんなに嬉しいなんて。
気づけば笑っていた。
騎士たちが名前を教えてくれる。
他愛ない話で盛り上がる。
ダージリンは少し離れた位置で、その様子を穏やかに見守っていた。
目が合ったと思うと、彼は静かに近づいて来た。
「楽しんでるかな?」
「はい……ありがとうございます」
「礼を言うのは私の方だよ..君が笑っていると、この屋敷が明るくなる」
その夜、華は初めてこの場所を“居心地がいい”と感じた。
だが――
華が、歓迎会を楽しんでいる同じ頃。
王都の中心にそびえる大聖堂の祭壇の前で、一人の男が祈りを捧げていた。
純白の法衣を身にまとった、銀髪の青年。
「偉大なる神よ……」
低く澄んだ声が響いたが、
――バンッ!
勢いよく扉が開かれる。
「ディアナ様!」
黒ローブの男たちが駆け込むと、青年――ディアナは静かに目を開いた。
「何事ですか、騒がしいですよ」
「女神様です! 女神様が現れました!」
教会の空気が変わった。
「……女神が?」
「先程、森の方をパトロールしていた所、女神様を見つけたんです!」
ディアナはゆっくり立ち上がり、天へ手を掲げた。
「あぁ……ようやく……」
歓喜に震える声。
「ようやく女神が、我らの元へ現れたのですね…」
だが、男の一人が続けた。
「ですが……紅の騎士団の団長に阻まれ、今は本部に身を隠しています」
喜んでいたディアナの表情が消える。
「……ダージリン」
その名を静かに呟き、穏やかに微笑む。
しかしその瞳には執着が宿っているようだった。
「女神は、教会に導かれる存在。あんな汚らわしい騎士団に居てはいけません。奪還します」
色硝子の光が、彼を照らす。
あたたかな宴の裏で、聖堂の影が、静かに動き出していた。




