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No.2 紅き王子の降臨

華はもう、限界だった。


「はっ……はっ……」


足がもつれる。


肺が焼けるように痛い。


「待て、女神様!」


「逃がすな!」


「だから女神じゃないって……!」


涙が滲んだ。


どうしてこんなことに。


死んでもいいと思ったはずなのに。


なのに今、必死で生きようとしている。


その瞬間、ざっと風が巻き起こった。


目の前に、赤い影が降り立つ。


炎のように鮮やかな外套。


深紅の髪、整った横顔。


そして、あたたかな瞳。


「……ずいぶんと賑やかだね」


低く、やわらかな声。


華は縋るように叫ぶ。


「あ、あの! 助けてください!なんかよく分からない人に追いかけられてて!」


男は背後の黒ローブたちを一瞥する。


その瞳が一瞬だけ冷えるが、すぐに華へと微笑みを向けた。


「怖かっただろう?もう大丈夫。私がいる」


その言葉が、胸に落ちた。


次の瞬間、華の身体がふわりと浮いたのだ。


「えっ!?」


気づけば男の腕の中、お姫様抱っこをされている。


こんなのアニメでしか見ない。


「少し揺れるよ。しっかり掴まっていて」


男は優しく囁き、そして地面を蹴った。


景色が一瞬で流れ、森が後方へと消えていく。


「団長を止めろ!」


背後で叫び声が聞こえ、華は男を見上げる。


「あなた……」


「名乗るのは後にしよう。まずは君の安全が最優先だからね」


森を抜けると、甘い匂いに包まれた街が広がった。


石畳の道、色とりどりの菓子店、夢のような光景だ。


「ダージリン!?」


タイミング良く、ドーナツ屋から出てきた青年が両手に紙袋を抱え、目を丸くしている。


「なにしてんだよ!」


「ストレートとアッサムじゃないか。少し事情があってね」


ダージリンは穏やかに微笑む。


「説明は後で。一緒に行こう!」


隣の落ち着いた青年が状況を見て頷く。


「……追われている」


「そうなんだよね〜」


街の人々がざわめく中、余裕そうにダージリンは一直線に進んで行く。


すると、大きな赤い門が見えてきたのだ。


重厚な門構えに居る門番が慌てて開く。


そのまま敷地内へ入り、ギギーっと門が閉まる。


外で黒ローブの男たちが立ち止まった。


「……ちっ」


紅の騎士団(ルージュ・オルドル)本部か」


男達は門を越えようとはせず、舌打ちをし踵を返す。


ダージリンはゆっくりと華を地面に下ろした。


「ここなら安全だよ」


やさしく微笑んでくれるが、華はまだ混乱していた。


「……ここ、どこなんですか」


ダージリンは一歩下がり、優雅に一礼する。


「ようこそ、メルティア王国へ」


まるで舞踏会へ招く王子のように。


「私は紅の騎士団団長、ダージリン」


真っ直ぐに華を見つめる。


「君を迎えに来た」


華の心臓が大きく鳴る。


「私は……ただの会社員です」


震える声に、彼は穏やかに首を振る。


「いいや」


その瞳は確信に満ちている。


「君は、この国の希望だ」


風が赤い外套を揺らす。


守られるなんて、言われたことがなかった。


必要だなんて、思われたことも。


華は小さく息を吸う。


この出会いが。


この国の運命を変えることになるとは、まだ知らない。

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