No.1 甘い森の目覚め
あたたかい。
まぶた越しに、やわらかな光を感じた。
こんな光、いつぶりだろう。
蛍光灯でも、モニターの白でもない、やさしく包み込むような日差し。
ゆっくりと目を開けると、視界いっぱいに広がるのは、青い空。
「……は?」
草の上に寝転んでいる自分に気づき、華はゆっくりと身体を起こした。
森だった。
どこまでも続く木々。
そしてふわり、と甘い香りが、風に乗って鼻をくすぐる。
「なに、ここ……」
立ち上がり、近くの木へと歩み寄ると、枝にぶら下がっているものを見て、思わず目をこすった。
マカロンにチョコレート、キャンディなど、色とりどりのお菓子が、実っている。
「……ついに私、おかしくなったの?……」
頭を打ったのだろうか。
夢?
死後の世界?
恐る恐る、ピンク色のマカロンに手を伸ばす。
指先に、さくりとした感触。
甘い香りが、より強くなり、そっと口に運ぶ。
やさしい甘さが、口いっぱいに広がった。
「……美味しい……」
思わず声が漏れる。
こんなお菓子、いつぶりだろう。
残業続きで、カップ麺かコンビニ弁当ばかり。
甘いものを買う余裕なんて、なかった。
ぽろり、と涙が落ちる。
「なんで泣いてるのよ……」
その時がさり、と背後の茂みが揺れた。
華の肩がびくりと震える。
振り返ると、黒いローブを纏った男が二人、立っていた。
その視線は、華の手元――かじりかけのマカロンに向けられている。
次の瞬間、
「め、女神だ……!」
「伝説は、本当だったんだ……!」
「……は?」
指をさされ、華はきょろきょろと辺りを見回す。
自分しかいない。
「えっと……私、ただの一般人ですが……」
男たちは聞いていないようで、興奮した様子で距離を詰めてくる。
「この森で目覚め、聖実を口にする者……!」
「つ、捕まえてディアナ様の所へ!」
「え、ちょっ……!」
捕まえる?
本能が警鐘を鳴らし、華は反射的に踵を返した。
森の奥へ、走る。
「待て、女神様!」
「お怪我をなさっては困る!」
「じゃあ追いかけないでください!」
枝が頬をかすめ、足元の草に躓きそうになる。
息が苦しいし、心臓がうるさい。
どうして、さっきまで会社にいたのに。
死んでもいいって思ったのに。
なのに今、必死で逃げてる。
「はっ……はっ……」
後ろから足音が迫ってくる。
知らない世界、知らない人たち、女神なんて知らない。
私はただの、何もできない会社員なのに。
視界が滲むが、それでも足を止めない。
森の奥へ、奥へと。
甘い香りが、やけに濃くなってくると、背後から男の声が響いた。
「逃がすな!」
華は、振り返らずに走り続けた。




