07.軟禁生活
王都で、王城に次ぐ大きさの建造物である、神殿。
到着したのは、すっかり日も暮れた頃だった。
私たちが公爵家に寄り道している間に、手筈を整えていたのだろう。神殿内に結界を施した部屋が一室用意されており、ルシエルの案内で、私はそこに再び閉じ込められた。
「本日は遅い時間となってしまいました。儀式と検査は準備が整い次第、明日、行われます」
────明日。
到着後すぐ儀式、という流れにならなくてほっとした。猶予は、わずかにある。
けれど裏を返せば、今夜を逃せば神官長を買収する機会を得ることが難しくなる、ということ。
「…………ねぇ。いい加減、軟禁生活もうんざりだわ」
結界が張られた室内に、棘を含んだ私の声が落ちた。
ベッドと机、それに必要最低限の生活用品だけが揃えられた、簡素な部屋。とても公爵令嬢という身分に相応しいとは思えない。
ルシエルが扉の前に立ったまま、わずかに身構えた。
また厄介なことを言い出すのでは、と警戒しているのがわかる。
では、ご期待にお応えしましょう。
「あなた、神殿内を案内してくださらない? 私はあくまで、『保護』されている身だもの、少しくらい構わないでしょう?」
ルシエルの笑顔が、ひく、と引き攣った。
「あなたがお散歩に付き合ってくれないと、私も何をするかわからないわ。昨日みたいに、ヤケ食いでは済まないかも……。事の次第では、明日の儀式に影響するかもしれないわね!」
にっこりと微笑みかけると、ルシエルは死んだような目をしながらも答えを出した。
「………………かしこまりました」
◆◇
「こちらが、大聖堂です」
金の装飾が施された重厚な両開きの扉を、ルシエルが押し開いた。
広がる広大な空間の中央には長い通路が伸び、その両脇に整然と長椅子が並ぶ。正面奥には、白と金を基調とした巨大な祭壇が鎮座している。
燭台の上で揺れる蝋燭の炎と、ステンドグラス越しに注ぐ月明かりだけが、静かにこの場を照らしている。
昼間の眩しく鮮やかな神々しさとはまた違う、静粛な祈りの場所。
夜の大聖堂の表情に圧倒され、息を呑む。
「陽が落ちてからここへ来るのは、初めてだわ」
「本来、信徒以外がこの時間に立ち入ることはありませんので」
入り口で立ち尽くす私に、ルシエルが祭壇の前へと歩みを進めるように促した。
「どうぞ、中へ。神に祈りを捧げていかれますか?」
「いいえ。どんなに祈ったって、神様は願いを叶えてくれないもの」
ルシエルの笑顔がぴしりと固まった。
神官相手に、皮肉が過ぎたかもしれない。
が、祈るだけで明日の儀式を乗り切れるならば苦労はしない。
神にどんなに祈ったところで意味はない。
シリウスの心が私から離れていくその過程、神殿に立ち寄るたび、私は何度神に祈っただろう。
繰り返し繰り返し。──シリウスを、彼の心を私にください──と。
決して聖女には渡したくない。その一心で。
大聖堂から出て、歩いて来たのとは反対の方向に視線を向ける。そちらにも、薄暗がりの回廊がずっと奥まで続いている。その更に奥には、扉がいくつも連なる一角があった。
大聖堂の荘厳さとは明らかに異なり、装飾の少ない実務的な造り。けれど、その先に広がる空間の広さは容易に想像できる。
「この先には何があるの?」
私の問いにルシエルは一瞬だけ逡巡し、それから淡々と答えた。
「あちらは関係者の居住区です。立ち入りが制限されておりますので、ご容赦ください」
「居住区……。ここで働いている人は、全員あそこに?」
「ええ。神官、神官補、施療院付きの治癒師、下働きの者まで。神殿に属する者は、基本的にあの区画で寝泊まりします」
なるほど、と小さく相槌をうつ。思っていた以上に、規模が大きい。
「かなり広そうね」
「人数が多いですから。役職ごとに、区域は明確に分けられています」
そう言って、ルシエルは視線だけで奥を示した。
「この先が下位神官と雑務を担う者たちの区画。施療院に属する者たちも、基本的には同じ区分です」
「では、もっと上の人は?」
「中位以上の神官は別棟です。居住区の西側にあたる棟ですね」
「神官長は?」
「最奥の棟です」
…………最奥。
頭の中で、確かめるように反芻する。
「神官長の居住する棟には、信徒でも出入りできる者は限られています。許可なく近付くことはできません」
「それは、聖女様も?」
「聖女様には専用の居室が別に用意されています。この居住区とは異なり、常に護衛もつきます」
「……そう。やっぱり聖女様は、特別なのね」
この世界は、聖女を中心に回っている。
なぜなら彼女がヒロインだから。
神に選ばれた聖女は、いつだって何をしたって特別な存在で、正解を弾き出す。
その時、微かな物音がした。
硬い石床を規則正しく踏む、軽い音。
そして回廊の奥から、一人の少女が姿を現した。
淡い色の修道服に、肩口で切り揃えられた薄い金色の髪。私よりもいくつか歳下だろう。
少女がこちらに気付くと同時に、隣に立つルシエルもまた、ぴくりと反応する。私の前では常に冷たいその瞳に、感情の揺らぎが見えた。
「ルシエル様」
少女の鈴を転がすような声。
美しい声なのに、感情の抑揚がない。
「…………リーネ」
ルシエルが掠れた声でそう呼んだ少女は、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
近付いて見えたその顔には、なんだか生気がない。
整った顔立ち。感情の浮かばない瞳。表情を変えることなくまっすぐに歩いて来て、ぴたりと止まった。
────まるで、人形。
薄暗がりの中で対面した少女に、言い表せない不気味さを感じてぞっとした。
少女が私に向かって、軽く一礼をする。その動きは綺麗すぎて、全く人間味がない。
そんな少女とは対照的に、明らかに動揺した様子のルシエルを見上げ、視線だけで紹介するよう催促する。
「…………妹です。妹の、リーネといいます。この神殿で雑務を担当しております」
「聖女に救われたという、あの妹?」
「ご存知でしたか……。以前は生きているだけでやっとな程症状が重く、一日中横になっているような生活でした。聖女様の祈りの力で、妹は回復する事ができたのです」
「そう。聖女様のおかげで病が完治して、それでここで働いているのね」
「……それ、は…………」
何気なく発した私の一言に、ルシエルが口ごもった。きまり悪そうに、視線が彷徨う。
沈黙したルシエルのかわりに、リーネの機械音のように感情を乗せない声が響いた。
「完治はしておりません。今でも、たまに発作が起こります」
他人事のように事実だけを語るリーネと、苦しそうに俯くルシエル。
その温度差は明確だ。
「…………治っていないの?」
「はい。私のせいです。私が深い業を背負っているからです」
「どういうこと……?」
病と、業。
繋がらない話に、困惑を隠せずに疑問を口にする。
「聖女様の祈りは絶対です。どんなに症状が重い者でも、たちまち回復させる素晴らしいお力です。そんな中でたった一人、私だけが完治しなかった。それはつまり、私が悪いからです」
淡々と、リーネが言葉を紡ぐ。
「私は兄に迷惑をかけました。私の病のせいで兄は治療費の支払いに追われ、結果若くして子爵家当主になりながらも、その爵位を維持することができませんでした。そんな私の業を、神はお許しにならないのでしょう。これは、その報いです」
自分を責めているはずなのに、その声には怒りも、悲しさも、悔いもない。
ルシエルが堪らずといった様子で俯き、唇を噛んだ。
大切な妹がその口で、自分のために業を背負ったと語るのを聞いて、平静でいられるはずもない。
大体どうして病に倒れた少女が、ただそれだけで神に許されないという話になるのか。全く理解も納得もできない。
そもそもゲーム内で、確かにルシエルの妹は祈りの力で救われたはずだった。
それが、こんな不完全な状態にあるなんて────。
「…………あ!」
ゲームの記憶を思い出し、つい小さな声が出た。




