04.領地出発
「それで? そなたはどうするつもりだ? 未来に起こることがわかるのであろう? 王都に行き、何をする? 理解しているであろうが、浄化の儀式なぞ受ければ、余とてただでは済まぬぞ」
「………………」
長い足を組み、不遜な笑みを浮かべて私に問いただすノクス。
聖女一行からの尋問を終えても、息つく暇もない。
私は現在、『保護』という名のもとに、王都へ向かう馬車の中に閉じ込められている。魔力遮断を施された檻のような馬車なので、閉じ込められている、という表現で正しいだろう。
空間移動の魔法を使って現れた聖女一行だったが、帰りは馬車らしい。
シリウス曰く、膨大な魔力を消費する空間移動魔法は、緊急時のみの使用に留めるべきだ、と。
また魔道士曰く、屋敷周辺に異質な魔力の残留が認められ、転移陣が安定せず危険だ、と。
そんな訳で、公爵家のカントリーハウスから王都まで、二日ほどの道のりを連行されている最中なのだった。
私としては、わずかな猶予を得られたことは願ったり叶ったり。
なにせ王都で待ち受ける浄化の儀式と検査を回避する術を、まだ何も思いついていない。
道中、何らかの対策を講じなくてはならない。
────が。
「そなたは都合が悪くなると、すぐに目を泳がせて沈黙する。よいか? 余を守るという言葉を違え、余の身を危険に晒してみよ。その時にはそなたの四肢に別れを告げる覚悟をしておくがよい」
「悪魔…………!!」
「いかにも」
聖女一行との駆け引きや圧力によって、散々精神攻撃を受けていたところに、ノクスからのストレートかつバイオレンスな脅迫。私のメンタルが持たない。
しかしノクスの口撃は止まらない。
「余はそなたの言葉を信じ、未来を委ねたのだ。そうでなければ、聖女とやらをあの場で消し去るべく、姿を現していた。そなたも、相応に余に報いてみせよ」
「……わ、わかっているわ……!」
大変不本意ながら、この恐ろしい悪魔と私は、運命共同体なのだ。
この先の人生、五体満足で生き抜くためにも、何としてでもノクスを守り抜かなければならない。
私の前世の記憶は曖昧だ。
どんな生き方をしたのか、死に方をしたのか、頭の中で霞がかったようにぼんやりとして、思い出せない。
だから、断片的に浮かぶ映像を辿る。
日本の田舎町。和食が並ぶ食卓。学校の教室。電車の吊り革。自室のベッド。
そして────。
乙女ゲームの画面。
エンディング間近──しかもシナリオを捻じ曲げてしまった今、使える知識は数少ない。
ノクスにはああ言ったけれど、もう未来なんてどうなるかわからない。
それでも、私だからこそ知っていることがあるはず。
「…………神官ルート」
ぽつりと零れた言葉と共に、脳裏にゲームの記憶が蘇る。
神官ルシエルの攻略ルートに入ると、背景に神殿の腐敗も垣間見える。
神官長は神に仕えながら、寄付金を横領する悪人だった。
それもあって聖女と結ばれるエンディングで、ルシエルは魔王討伐の実績を評価され、神官長に抜擢されていたのだ。
浄化の儀式を行うのは、神官長。
金に目が眩むような人間相手なら、打つ手もある。
「神官長を買収するわ」
「……ほう?」
「浄化の儀式と検査、やったふりをして誤魔化してもらう」
「博打ではなく、勝算があっての発言であろうな?」
「もちろん。神官長は金の亡者なの。儀式の前に聖女たちの目を盗み、うまく接触できれば必ず乗ってくるわ」
「よかろう。やってみよ」
ノクスにそう言われ、ほっと安堵の息が漏れた。
ようやく緊張の糸が解ける。ゆるゆると力が抜け、座席の背もたれに背を預けた私の隙をつくように、ノクスがこちらを覗き込んできた。
「……して、聖女の隣でふんぞり返っていたあのいけ好かない男は、そなたとどういう関係だ? あの男の言動に、ずいぶん動揺していたように見えたが?」
「……っ!」
あの場では動揺なんて、微塵も見せていないつもりだった。
それなのに──。
思わぬ指摘に、咄嗟に返事ができなかった。
ノクスは愉しげに目を細めている。
「答えよ」
「…………元、婚約者。今は、何の関係もないわ」
────そう。何の関係も、ない。
自分で言ったセリフが、胸にずしりと沈む。
長年、婚約者だった。
当たり前に隣にいて、笑い合って、励まし合って、そうやって過ごしてきた。
この人の妻になるのだと、信じて疑わなかった。厳しい王子妃教育にも耐えてきたのは、シリウスも私と同じ方向を見て、努力を重ねていると信じていたからだ。
彼の輝く白銀の髪が好きだった。
知的な青い瞳も、細身でありながら引き締まった体も。そして私に向けられた、穏やかで優しい微笑み。
彼の全てが、愛おしかった。
婚約者として彼から贈られたドレスや宝石、全てのプレゼントは全て大切に残してあるけれど……。
真っ先に思い浮かぶのは、叱責されて落ち込んでいる時にそっと手渡してくれた、甘い甘いお菓子。
些細な優しさを貰って、何気ない日常を積み重ねてきた。
シリウスとの思い出は、今だって胸の中で宝石のようにキラキラと輝いているのに。
その全てが遥か遠く、手が届かない。
今、シリウスの隣にいるのは聖女エリシアだ。
ごく自然に彼と並び、今だって同じ馬車に乗っている。
婚約破棄を言い渡されたあの時の絶望は、思い返すたび何度でも私の胸を抉る。
静かな別れを終えたあの翌日の、卒業パーティー…………第一部のエンディング。
あの夜聖女は、シリウスルートのエンディング通り、彼と踊ったのだろうか。
父に怒鳴られ、母に泣かれ、兄に失望され、暗い部屋で私が一人、涙していたあの瞬間も。
気がついたら、瞳から涙が一粒、ぽろりと零れていた。
「何故、泣く?」
「う…………っ」
…………悔しい。
物心ついた頃から淑女教育を受け、人前で泣いたことなんかなかったのに。
ずっと気を張っていて、一瞬緩んだ隙をつかれたからだ。
堰を切ったように止まらなくなり、涙は頬を伝いぼろぼろと零れ落ちる。
しぼらく黙って見ていたノクスの黒い影が、馬車の壁を這うようにゆらりと揺れた。
「あの男、殺してやろうか?」
「………………は…………?」
「いっそこの世からいなくなれば、そなたの未練も断ち切れよう」
変わらない声のトーンでさらりと物騒な提案をされ、ぱちりと目を瞬かせた。
ノクスの漆黒の瞳に、そんな私が映っている。まるで、闇に呑まれそう。
「そなたの予言通りであれば、警戒すべきは聖女のみであろう? 人間一人、始末するなど容易いこと。奪い返せぬなら、消してしまえばよい」
────手に入らないなら、壊れてしまえ。
私が願ったことだ。だからノクスを召喚した。
シナリオ通りならばそれは叶わない。
世界を滅ぼそうとすれば、ノクスは聖女に倒されるから。
けれど、シリウス一人なら。
この国で最も高貴な血筋で、皆が逆らえない、絶対的権力を持つ王子様でも。
ノクスなら、簡単に殺してしまえる。
聖女から、シリウスを奪ってくれる。
ごく、と喉が鳴った。
膝の上で強く握りしめた自身の手が、震えているのが目に映る。
…………ああ、私は、なんてものを召喚してしまったんだろう。
ぎゅっと目を閉じて、次に勢いよく顔を上げた。
ノクスは変わらず、私を面白そうに眺めている。そんな彼を真っ直ぐに見据え、口を開く。
「聖女から奪うべきは、もっと……別のものよ」
「ふむ?」
意外そうにノクスが顎を触る。そして続く言葉を待っている。
「──神具。神具を奪ってしまえば、ノクスはきっと倒されない。聖女を恐れる必要はなくなるわ。以前、私は失敗した。でも、あなたがいれば、容易いこと。…………そうでしょう?」
問いかけると、笑みを深めたノクスが、満足げに頷いた。
「いかにも」




