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世界を滅ぼすラスボス悪魔を召喚しました~破滅寸前の悪役令嬢と最強悪魔の甘くない契約~  作者: 玖珠ゆら


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03.聖女来訪


 昼前の明るい日差しが斜めに差し込む応接室。

 壁に施された金の装飾に、飾られた絵画や花瓶に生けられた華美な花々に、眩しい光が注がれている。

 

 一人がけソファーに腰掛ける私の向かいには、第二王子シリウスと聖女エリシアが並んで座っている。

 その背後に攻略対象者である、やたら顔面の整った騎士、魔道士、神官の三人が立ち、更に壁際には王国騎士団の一小隊の面々がずらりと立ち並んでいる。


 かなり広さのある応接室にいても、これだけの人口密度とぴりぴりとした空気とで、息苦しさを感じる。


 突然の賓客、その上物々しい顔ぶれに、侍女がわずかに顔を強ばらせながらティーセットを運び入れた。

 それを横目に、顔が引き攣りそうになりながらも、なんとか笑顔を保つ。

 何しろこのカントリーハウスには、現在、公爵家の人間は私しかいない。他の家族は王都のタウンハウスにいるため、応対できるのは私だけ。


 


 シリウスに断罪され、婚約破棄を言い渡された直後。

 公爵家の恥さらしとなった私は、当主である父の命令で、すぐさまこの公爵家領地に追いやられてしまった。

 表向きは療養と反省のための静養。

 実際は、世間の目から隔離するための事実上の幽閉。


 本当ならば、私の処遇はこんなに甘いものではなかったはず。

 聖女を害そうとしたにも関わらず王家から何の処罰もなかったのは、お優しくて慈悲深い聖女様がそれを望まず、止めたからだ。


 ──私にも非がある。シリウスはセラフィーナ様の婚約者だと知りながら、距離感を誤ったせいだ、と。



 何を今更、と腸が煮えくり返る思いがした。


 私は散々、シリウスとの距離感を改めろと注意をしたのだ。

 彼女はそれを聞き入れなかった。

 

 聖女として為すべきことがある。そのために、シリウスの助力が必要である。男女の仲ではない。

 ────そんな言葉を並べて。



 それが事実だったとしても、とても許せることではない。


 平民の分際で。

 聖女だなんて持て囃されて。

 当たり前のような顔をして、シリウスの隣に立って。

 私の居場所を奪った。


 私よりも聖女との時間を優先するような態度のシリウス。

 どんなに立場がなかったか。どれだけ侮られたか。


 理解しようともしない。

 それなのに聖女は、清廉でいつだって正しいのだ。



 だから────。


 彼女の評価を地に落としてやろうとしたのだ。

 集めた神具を紛失すれば、信用を失うだろうと思った。


 人を雇って、聖女から神具を奪おうとした。

 その結果、聖女は襲われた際にかすり傷を負いながらも、その場にいたシリウスに助けられ、神具は無事だった。

 一方私は罪を暴かれ、シリウスの婚約者という立場まで失ってしまった。

 


 本当に、馬鹿なことをしたと思う。

 思うけれど────。




 正面に座るシリウスの、深い海のような青い瞳。私を映して、少しだけ揺らぐ。

 彼は警戒心を滲ませながら、慎重に口を開いた。


「突然の訪問、失礼する」


 かつて優しく微笑みかけてくれたはずの表情は硬い。

 明確に線を引くような態度。声色。

 それはもう取り戻せない、私たちの関係を示すよう。


 心がずきりと傷んだ。

 やっぱり私は、まだ、この人に恋焦がれている。


 前世の記憶を思い出し、これまでの価値観が多少揺らいだとて変わらない。

 シリウスは私の全てだった。

 手に入らないなら、世界ごと壊れても構わないと思うほどに。

 


 ──が、今はしんみりしている場合ではない。

 

 苦しい胸の内を悟られぬよう、処刑を免れられるよう、口角を上げる。

 

「…………本当に。先触れもなく、それも騎士団を引き連れて我が公爵家の領地に押しかけるなんて、驚きましたわ。まるで急襲をかけられているようですわね」


 室内の空気がすっと冷えた。

 けれど、そんなことを気にもとめていない風に、そっと紅茶のカップに口をつける。


  

「…………そのような意図はない」


 香り立つ湯気の向こうで、シリウスが困惑するように眉根を寄せている。


「ただ……昨夜、この地で異常な魔力反応があったと、聖女エリシアに神託が下りた」


 

 異常な魔力感知。

 ──要するに、悪魔召喚の痕跡。


 ぎくりと心臓が跳ねたけれど、無理矢理に笑みを深める。


「何のことだか。この通り、公爵領に異常はございませんわ」


「そんなはずはありません!」


 

 声を上げたのは、聖女エリシア。


 淡い栗色の髪の下で、眩しく輝く鮮やかな若葉色の瞳。

 親しみやすい素朴さの中に、聖女らしい清らかさを滲ませる愛らしい容姿で、胸元に手を当て、真っ直ぐにこちらを見つめている。 

 

「確かに……ここで、禍々しい魔力の気配がするのです。今この時も、セラフィーナ様……あなたから」



 …………ご名答。

 面白がるように、私の影がゆらりと揺れた。


 ノクスは今、私の影の中に溶けるようにするりと入り込み、身を隠している。

 しかしそれも、聖女様の魔力感知力の前では誤魔化せない、……らしい。



 内心冷や汗ものではあるが、決して悟られてはならない。

 動揺を隠すように、わざとなんでもないことのように、核心をつく。 

 

「もしかして、私が悪魔の召喚を実行したと、そうおっしゃりたいの?」

「セラフィーナ! 君は、本当に……!?」


 シリウスが驚いて立ち上がり、詰め寄る。

 はじめから疑ってここへ来たくせに、出来の悪い台本を演じるように。


 ふっと、思わず笑いが零れた。


 

「まさか。そんなはずがないでしょう? 本当に悪魔召喚が行われたのならば、今頃この屋敷も、領地も、吹き飛んでいることでしょう」

「だが、エリシアがそう言っている。彼女の言葉に間違いはない」

「……まぁ……!」


 大袈裟に声を上げ、くすくすと笑ってみせると、シリウスの眉間の皺が一層深くなった。

 その後ろに立つ三人も、はっきりと嫌悪感と苛立ちを滲ませている。

 

「殿下ともあろうお方が! 何の証拠もなく、小娘の言うことを鵜呑みにして、公爵家の人間を()()断罪なさるおつもりですの? …………恐ろしいこと。聖女様が気に入らない者は、彼女のその一言で、簡単に罪をでっち上げられてしまいますのね」



 シリウスが息を呑んだ。

 その後ろで、騎士が怒りで顔を赤く染め。魔道士が青くなり。神官が俯いて何かを堪えるように微かに震えた。


 そんな中でただ一人、聖女エリシア本人だけは、顔色ひとつ変えない。

 

「違います! 私は、誰かを裁きたいわけではありません。世界を、全ての人を救いたい……それだけです」


 清廉潔白な顔をして、真摯に訴える様は、人の心をうつ。まさにヒロイン。


「もし、セラフィーナ様が何もご存知ないのならば……それで構いません。疑ったことは、謝ります」


 そうして、ぺこりと頭を下げる。

 その様子に、周囲は明らかに戸惑いを見せた。誰も言葉を発せずとも、たくさんの視線が聖女様は悪くないのに、と雄弁に語っている。 


 

 瞬間、胸の中にぽつり、と黒いシミのような感情が落ちて、じわじわと広がっていく。


 まるで言いがかりをつけられ、頭を下げざるを得なかった聖女こそが、被害者だとでも言われているよう。

 

 …………この状況で?

 騎士団を引き連れ私を包囲し、尋問しておいて?

 それでも清らかで慈悲深い聖女様は、いつだって許す側。

 まったく、馬鹿げた世界観。

 もっとも本当に悪魔召喚を行った私が、文句なんか言える立場でもないのだけれど。


 苦々しさを隠したくて、そっと目を逸らした私に、顔を上げた聖女は小さく「でも」と続けた。


「心配なんです。邪悪な力をはっきりと感じるのに、このまま知らないふりなんてできません。セラフィーナ様、あなたの安全のためにも……!」 


 

 聖女の目は真剣そのものだ。

 何かを見透かすように、その視線が私の足元へ落とされる。


 …………………非常にまずい。


 足元に絡みつく影が、脈打つように蠢く。

 私の動揺に呼応するように。もしくは、嘲笑うように。



 …………してやられた。

 私の身の安全、なんてものを盾に詰められれば、どんな提案も受け入れざるを得ない。断れば、やましいことがあると自供しているようなもの。


 私にとっては都合の悪い話の流れ──それを正しく汲むように、シリウスがいち早く頷いた。


「エリシアの言う通りだ。何よりも、安全の確認が必要だろう」


 はっきりと、王族として決定を下すような声音だった。


「王都の神殿で、正式に浄化の儀式と検査を受けてもらう」


 

 そこには元婚約者としての情も何も感じられなくて。

 胸がきり、とまた痛む。

 

 そして最悪の一手に、胃もきりきりと痛み出す。

 

 断るという選択肢など、私には与えられていない。

 ──が、浄化の儀式なんてまともに受けたらどうなる?ノクスの……私の身が、危険すぎる。

 それなのに、言い逃れるための言葉ひとつ見つからない。

 


 紅茶の香りが満ちる、人口密度に比例しない静かな応接室で。

 逃げ道を見失った私の、王都行きが決定してしまった。


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