20.戦闘開始
眩しい光で視界いっぱいが真っ白に染まった。
村のざわめきが遠のいて、ぷつりと消える。続いて耳に届いたのは、風を切るごう、という音。
転移陣に割り込み、聖女たちと共に転移したその先は──。
公爵邸からは南に位置する、穀物地帯。南西部に連なる山岳地帯の方角から、黒い塊が物凄いスピードで飛んでくるのが見えた。
「ドラゴン…………」
遠目にもはっきりわかる、山のような巨体と、禍々しい気配。
思わず息を呑んで立ち尽くす。
そんな私の姿にこそ驚いたように、聖女が声を上げた。
「セラフィーナ様! どうして……!」
シリウスと騎士、魔道士も不快そうに顔を歪めた。
「どういうつもりだ。そこまでしてエリシアの邪魔をしたいのか?」
「セラフィーナ嬢。先に言っておくが、ドラゴン討伐はお嬢様が呑気に観戦するものじゃない。俺たちは聖女様の身の安全を最優先する。あんたのことまで守れない」
「そうですよ。勝手について来られても困ります。死にたくなければ、邪魔にならないように離れててください」
彼らは口々に言いたいことだけ言うと、すぐにドラゴンに向き直った。
「…………来るぞ!」
巨大な影が地を覆った。
広げられた翼が陽光を遮り、鱗の隙間から紫黒の煙が滲み出ている。
勢いよく頭上を通過していこうとするドラゴンに向かって、魔道士が杖を掲げた。
複雑な幾何学模様の光が広がり、そこから放たれた大きな光の球が、ドラゴンの片翼に衝突して弾けた。
悲鳴のような咆哮が響く。
ドラゴンは巨体を傾けながら高度を下げる。頭の上を翼が掠めていって、その風圧で倒れそうになる。
落下しかけたドラゴンの体を、今度は騎士が狙う。
金属が唸りを上げて、跳躍した騎士の剣が、落下してきたドラゴンの翼膜へ叩き込まれる。
────けれど。
「硬っ……!」
火花が散った。
鱗どころか翼の骨格すら斬り裂けない。剣は弾かれ、騎士はそのまま地面へ転がる。
その、直後。
「離れろ!!」
シリウスの怒号が響いて、ドラゴンの喉の奥が赤黒く輝いた。
「ブレス来ます!」
叫んだのは魔道士。
吐き出されたのは炎ではなかった。紫黒の奔流。瘴気を帯びた熱風が地面を抉りながら薙ぎ払う。
熱風が肌を焼く感覚に、恐怖を覚えた、その時。
「守ります!」
凛とした声と共に、聖女が両手を強く握り込んだ。
半円状の光が私たちを包み込む。光に守られ、ドラゴンの攻撃は弾かれた。
攻撃が止んだ、一瞬の隙。
シリウスが駆け出し、抜剣した。陽光を反射した刃が一直線に閃く。
狙いは首元。
空中で身体を捻り、落下の勢いを乗せた一閃。鱗の隙間へ滑り込んだ刃は、確実にドラゴンを突いた。傷口から、血ではなく黒い靄が飛び散る。
────連携の取れた動き。
幾度となく魔獣討伐イベントをこなしてきたであろう聖女たちは、やはり戦い慣れている。次々と繰り出される攻撃は、瞬きするのも忘れる早さだ。
気付いたら普通に見とれていた。
ドラゴンから散った靄がじわりと地面に沈む。
騎士がシリウスを援護しようと剣を振り上げて、しかしドラゴンは空高く舞い上がった。
「くそ……! 届かない」
「『星環の聖鎖』があれば、ドラゴンも地面に繋ぐことができたのに」
ぎく、と肩が震えた。
彼らが今必要としている神具は、ノクスのもとにある。
ドラゴンは空中で大きく旋回し、再びこちらへ向き直った。裂けた翼から黒い靄が零れ落ち、地面へと沈んでいく。
…………沈む?
違和感に、思わず目を凝らした。
まるで吸い込まれるように、地面の中へ流れ込んでいる。
────そうだ。
さっきから……。いや、違う。もっと前から、気が付くきっかけはあったのに。
あの牧草地で、魔獣に襲われた時も。魔獣を倒した後、黒い靄になって地面に吸い込まれて消えた。
あれは、……瘴気だ。
私が縫ったあの器の穴からも、同じような黒い靄が立ち上っていた。
瘴気は巡っている。
地上と、地下。
魔獣の体内には瘴気が取り込まれていて、死ねば地の底へ還っていく。
あの大きなドラゴンの体内に溜まっていた瘴気が、全て地下に沈んだら────。
あの穴は、鎖は、耐え切れるだろうか。
思い至って、背筋が凍った。
「もう一度だ! 撃ち落とせ!」
「はい!」
シリウスの号令に、魔道士が答えた。
杖が掲げられ、幾重もの魔法陣が空中へ展開された。雷光が束となって放たれ、ドラゴンの胴体へ叩き込まれる。
轟音が響き、巨体が大きく揺れた。
そこへ騎士が駆ける。跳躍し、鱗の隙間へ叩き込まれた剣が、ついに深く食い込んだ。
黒い靄が爆ぜる。
高度を落とし、暴れる尾が地面を薙ぎ払い、穀物が一帯ごと吹き飛ぶ。
「うわっ……!!」
「援護する!」
ドラゴンもろとも穀物畑へ落下した騎士のもとへ、シリウスが駆け寄った。
暴れ回るドラゴンを見事にかわしながら、喉元へ剣を突き立てる。途端に、全身から大量の靄が吹き出した。
最後の咆哮が空気を震わせる。
ドラゴンはとうとう地面に伏した。
「討伐…………成功です」
魔道士の安堵の声。騎士がぐったりとその場に膝をつく。シリウスも、長く大きな息を吐き出した。
ドラゴンから吹き出た大量の瘴気が、じわりじわりと地に落ちていく。
辺りは瘴気が溢れている。
頭が重い。喉が痛い。目の前がちかちかと点滅するような目眩がした。
シリウスたちも私と同様に、勝利の余韻に浸ることもできず、頭を押さえている。
そこに希望の光が射すように、凛とした声が落ちた。
「大丈夫です。浄化します」
聖女が一歩前へ出る。
両手を胸の前で組み、祈るように瞳を閉じた。
白い光が溢れる。空気が澄み渡り、草原が風に揺れた。
神聖で、正しい光。
でも、今は。
瘴気を弾く、圧倒的な力。聖女の光は、瘴気を一気に無理矢理地下に閉じ込める。強烈な圧力をかけて────。
「やめて!!」
思わず叫んでいた。
シリウスたちが怪訝そうな顔を上げる。
しかし聖女の祈りは止まらない。
淡く優しい光が辺りを包み、きらきらと輝いた。
────そして、その時。
突然低い振動が足元を揺らした。
地面の下で、何かが渦巻いている。
「…………なんだ?」
シリウスが眉根を寄せる。
聖女は不思議そうに足元を見下ろしている。
ドラゴンから流れ込んだ瘴気と、聖女の浄化によって押し込められた瘴気。
一気に流れ込んで、限界に達する。
きっと溢れ出す。私が塞いた穴から。
地響きは、北に向かって強くなる。それは。
公爵邸の方角……!
────次の瞬間。
地平線の向こうで、紫黒の柱が天へ噴き上がった。




