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世界を滅ぼすラスボス悪魔を召喚しました~破滅寸前の悪役令嬢と最強悪魔の甘くない契約~  作者: 玖珠ゆら


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19.浄化阻止


「これをノクスに返しておいて」


 星環の聖鎖をルシエルに手渡すと、彼は困ったように眉尻を下げた。


「セラフィーナ様は、どうされるおつもりですか」

「今すぐ聖女に会いに行く。放っておいてもここにやって来るでしょうけど、ノクスに近付けたくないの」

「では、私もご一緒に」


 ルシエルは当たり前のようにそう申し出てくれたけれど、首を横に振る。


「私が塞いだこの穴、とても危険な状態だわ。次に聖女が領内で浄化を行えば、大変なことになるかもしれない」


 ルシエルが深刻な顔で俯いた。

 地下の異変は私だけが感じているものではあるけれど、穴を塞ぐところを目の前で見たルシエルならば、私の言わんとすることも正しく伝わるだろう。


「私は聖女を止める。あなたはノクスとリーネのそばにいて、何かあったら守って」


 ルシエルには、戦う力がある。

「頼りにしているわ」という私の言葉に、彼は力強く頷いた。



 ◆◇



 牧草地は、昨日とはうって変わって晴れ渡っていた。

 瘴気の気配は跡形もなく、深呼吸したくなるような清々しい空気に満ちている。

 抜けるような青空、ゆったりと流れる雲、風に揺れる若草。聖女の奇跡を賛えるように、視界に広がる全てのものが光に照らされて、眩しく輝いている。


 

 牧草地の目と鼻の先にある村の入口に、馬車が停まっていた。

 白を基調として金の装飾を施した、やたら目立つ馬車は聖女専用のもの。


 村は賑やかだ。

 あちこちから聞こえる、聖女への感謝の言葉。誰もが笑顔で、瘴気の消失を喜んでいる。


 その中心に、聖女の姿はあった。

 シリウス、騎士、魔道士と共に、かわるがわる謝意を述べ、お礼の気持ちだと様々な品を持って来る村人たちに、笑みを返している。


 

 そんな平和な光景の中に、足を踏み入れた。

 幸福の真ん中に踏み込むには、私はあまりに強張った表情をしていたのだろう。私に気付いた村人たちから、笑顔が次々と消えていく。



 そしてまた、聖女とシリウスたちも。

 私の姿を確認すると、警戒心と敵対心を滲ませた目を向けた。

 

 ざわめきが波のように引いていく中で、私はゆっくりと歩み寄り、村人たちの前で足を止めた。


 シリウスと視線が絡んで、胸が軋むけれど。

 顔には出さない。ドレスの裾を摘み、一礼する。

 

「シリウス殿下。本日は我が公爵領へお越しくださり、誠にありがとうございます」


 

 シリウスが一瞬瞠目した。

 けれどすぐに、訝しむように目を細める。


「ベルナール公爵の依頼で訪問した。この周辺は瘴気濃度が濃く、危険と判断したために既に聖女による浄化を済ませてある。この後、公爵家の屋敷に報告のため向かう予定だったが……」


 なんでおまえがここまで来たんだ、と言いたげだ。


 私とて色々と思うところはあるが、今回ばかりは嫌味の応酬で言いくるめたい訳ではない。穏便に、王都にお帰りいただきたい。


  

 すっと聖女に視線を移し、微笑みながら一礼する。

 

「聖女様。奇跡を賜りましたこと、公爵家を代表して御礼申し上げます」

「いえ! 私は、当然のことをしただけです。皆さんのお力になれて良かったです」


 言葉通り、心からそう思っているのだろう。聖女の笑顔には、一切の邪気がない。

 まっすぐな笑顔に、村人たちも頬を緩め、空気がふわりと和らいだ。


 ……どうか、このまま。


「聖女様のおかげで、最も瘴気の濃かった地域は救われました。これ以上のお力添えは、どうかご無理なさらず。聖女様もご多忙の身でいらっしゃいます。本日のご尽力をもって、ひとまず王都へお戻りいただければと存じます」



 笑みを深めてそう告げれば。

 聖女がぱちり、と目を瞬かせた。


 ここで引いてくれればいい。

 ────けれど。


 

「そんなの、できません……! まだ瘴気の濃い場所は残っています。責任持って、全ての場所で祈ります」


 ひく、と笑顔が引き攣った。

 やっぱり、そうきたか。


「…………聖女様。実は私の方でも、対策を行いましたの。これ以上、瘴気による被害が広がることはございませんわ。徐々に瘴気は薄まります。ですから、様子を見ていただければ」

「対策だと? ……馬鹿な。瘴気は、聖女の祈り以外で消えることはない」


 シリウスが口を挟む。

 彼が語っているのは、世界の常識。それを根底から覆す話を、簡単に信じてくれるとは思わないけれど。


「それは違います。聖女様の行う浄化では、瘴気は消えません。地下へ押し込めるだけです。それを続ければ、いずれどこかが破裂します」

 


 シリウスは怪訝な顔をしている。

 他の人々も、皆一様に困惑している。


 そんな中で、聖女だけがはっきりと声を上げた。 


「セラフィーナ様の話が本当だとしても……。今、困っている人がいるのに、私なら救えるのに、それでも様子を見るんですか?」

 


 聖女は恐いくらいにまっすぐだ。だから人の心を打つ。

 その言葉に目が覚めたとばかりに、シリウスが私に非難を向ける。


「セラフィーナ。君はそんな下らない嘘をついてまで、聖女エリシアを貶めたいのか。君が言う様子見とは、領民をも見捨てることで、見下げ果てた行為だ」

「そのようなことは申し上げておりません。お時間をください。数日もすれば、瘴気は必ず薄まります」


 私の必死の訴えも虚しく。

 聖女は清廉な顔をして、きっぱりと宣言した。

 

「私は目の前に救いを求める人がいたら、すぐに手を差し伸べたいです」



 シリウスと、村人たちと。

 この場にいる全員の侮蔑の視線が私に突き刺さる。


「やはり聖女様は、素晴らしいお方だ……!」

「なんて高潔なお考えをお持ちなのかしら」

「……それに比べて……」


 囁き声が、さざ波のように広がっていく。


 

 彼らにとって、私は領民を切り捨てようとしている悪だ。

 聖女はただ救いたいと、その一心なのだろうけど。

 

 

「あなたが祈れば、私は救われないのよ……」


 私がぽつりと落とした言葉は、誰にも届かない。

 私も、ノクスも。

 きっとこの世界で、救われるべき者の外側にいる。

 


 

「聖女様!!」


 険悪な空気を引き裂くように、突如大声が響いた。

 数人の男性が駆けてくる。彼らが身につけている特徴的な騎士服が、王家直属の騎士であることを示している。


 騎士たちの焦った様子に、シリウスが問う。


「どうした。何かあったのか?」

「ベルナール公爵領の南西部に、魔獣が……! ドラゴンが現れました!」


 ────ドラゴン。


 ぴり、と空気が張り詰める。


「ドラゴンは王都に向かって進んでおります。このままでは大変なことに……。どうか聖女様、お助けください!」 



 聖女はシリウスと顔を見合わせ、頷いた。


 魔獣の中で最も恐れられているドラゴン相手に怯まないなんて、さすが聖女。さすがヒロイン。


「聖女様、転移を!」


 魔道師がそう言って、聖女が神具『黎白の巡礼灯』をかざす。

 途端に神具は眩い光を放つ。道標のように白い光が伸びて、地面に魔法陣が展開された。


 

 ことは一刻を争う。このままドラゴンのもとへ転移するのだろう。

 でもドラゴンはまだ公爵領内にいる。

 この状況で戦闘が起こり、聖女がその力を行使したら……?

 


 聖女たちが魔法陣の中に吸い込まれる、その瞬間。

 思わず聖女の腕に手を伸ばし、掴んでいた。

 

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