02.証拠隠滅
「セラフィーナ・ベルナール。君が聖女エリシアに対して行った行為は、とても看過し難い。君は王子妃に相応しくない。婚約は破棄とする」
落とされた声は静かで、冷たい。
第二王子シリウス殿下。あの日、彼のその一言で、私は彼の婚約者ではいられなくなった。
その瞬間、私の人生は終わった。
…………と、本気で思っていた。
だからこそ禁忌とされる悪魔召喚をすべく、古い文献を読み漁り、金にものを言わせて儀式に必要なものを買い漁り、そしてとうとうそれを実行した。
シリウスに捨てられた世界では生きていけないから。
シリウスを奪った聖女エリシアに対抗したかったから。
いっそ世界が壊れてしまえばいいと思った。
そんな身勝手な私は、正しく悪役令嬢だった。
◆◇
狼煙のように、灰色の煙が青い空高くのぼる。
公爵家のカントリーハウス、その一角にある古い納屋は、ぱちぱちと音を立て、炎に包まれていた。
召喚の儀式を行った、あの部屋ごと。
魔法陣を描いた床板も、血で書き記した契約式も、悪魔召喚に使った触媒も、禁忌指定の魔導書も。
全て、炎の中。
きれいさっぱり灰になり、その煙は澄み切った空へのぼっていく。
「これで、物証は消えたわ」
隣に立つ悪魔ノクスは、腕を組んだまま淡々と炎を見据えている。
「……愚かなことを。火で消したところで、犯した罪は消えぬ」
「わかっているわよ。でも、見つからなければ罪にならない。社会的には、ね」
ノクスに笑みを返し、納屋のそばで燻る小さな焚き火を木の棒でつっつく。ころりと転がり出た焦げた羊皮紙の塊を開くと、柔らかくなった芋が顔を覗かせた。
……これこれ!
一度はやってみたかった、焚き火で焼き芋。
話に聞いたことはあれど、前世では叶わなかった。自宅も実家もマンション住まいだったし。
火傷しないよう冷ましながらそっと芋を割って、その半分をノクスに手渡す。
訳がわからない、と言いたげに眉間に皺を寄せる彼を横目に、残り半分の芋の黄色い断面に、思い切りかぶりついてみた。
…………うん、結構甘い。割とおいしい。
まぁ、前世で食べた蜜入りのあまーい焼き芋には、遠く及ばないけど。
頬を緩めながら芋を頬張る私の隣で、ノクスは芋を片手にじっとこちらを見たままだ。
『白百合の冠と漆黒の契約』
この世界のもとと思われる、乙女ゲームのタイトルだ。
ヒロインのデフォルトネームはエリシア・アルヴェーン。平民でありながら、神に選ばれた聖女。
第二王子シリウスのサポートを受けながら、国のため世界のために戦う。
そんな設定上、乙女ゲームでありながらバトル要素や育成要素も含んでいるのがこのゲームの特徴だった。
ゲームは二部構成。
一部は学園編。シリウスの他、三人の攻略対象者と出会い、仲を深め、並行して授業を受けることで成長──レベルアップしていく。
合間に、魔獣討伐のバトルイベントあり。
学園編の最後では、シリウスの婚約者である私──セラフィーナ・ベルナールの断罪が行われる。
エリシアに嫉妬し、彼女を虐めた罪を暴かれ、シリウスに婚約破棄を言い渡されるのだ。
第二部は、神具集め編。攻略対象者と共に各地へ赴き、神具を集める。
四つの神具のうち、一つは物語序盤で手に入れる(これこそゲームのタイトルにもなっている白百合の花冠)が、残り三つが眠る地を全て周り終えると、セラフィーナによる悪魔召喚事件が発生する。
ゲーム内では魔王と呼ばれていたその悪魔。それが、ノクス。倒さなければ、ハッピーエンドは迎えられない。
要するに私は、全てのルートで悪魔を召喚し、処刑される悪役令嬢であり、ノクスは全てのルートで最後の敵となる、まさにラスボス。
遠い記憶を辿ってみれば。
攻略方法を見ながら神具を揃えても、彼は強かった。神具がひとつでも欠けていれば、バッドエンドは必至だろう。
そんな強くて恐ろしいラスボスをちらりと見上げてみれば、彼は凝視していた芋にがぶりとかぶりついた。
…………あ、食べた。表情を変えずに、焼き芋をもぐもぐと咀嚼している。魔王が。
「…………おいしい?」
「わからぬ。が、食える」
青空の下、燃え盛る納屋を前に焼き芋をかじる魔王。何このカオス。
本来ならノクスは、召喚直後に破壊を始めていたはず……なのに。
「ねぇ、ノクス。悪魔って、破壊衝動とかないの? あなたって、世界を滅ぼすために召喚された存在でしょう?」
「余を野蛮な獣のように申すな。破壊を望むのは人間の方だ。長い時をかけ築き上げられたものを、一思いに壊すのはなかなかに心地の良い行為。余にはそれを成せる力があり、望まれた故に叶えてやっている。それだけのこと」
「…………はぁ…………」
誰かが海辺でつくった立派な砂の城を、壊していいよって言われたとして。そこに思い切りダイブしてぶっ壊すのは気分がいいだろう。わからないでもない。
ノクスが言っているのは、もしかしてそういうことなのかもしれない。
悪魔の行動理念は、案外単純なのか。
が、その方が都合がいい。
ノクスを縛る鎖は、私を存命させることのみ。その他に悪魔である彼の行動を制御できる制約など何ひとつない以上、わかりやすい思考回路でいてくれれば、こちらだってやりやすい。
「破壊よりも楽しいことはいくらでもあるわ。教えてあげる」
「人間風情が偉そうに。そもそもそなたが余を召喚しなければ、余とてこの世界に留められることもなかった。そのように豪語したからには、十分に楽しませてくれるのであろうな? 余は飽きっぽいぞ。退屈すれば、その時はそなたの両手両足をへし折って、泣き叫ぶ様を観察することにしよう」
「……………………」
ああ、なんて青い空。
天を仰いで現実逃避しそうになっていると、突然、切り取られたように空の一部がぐにゃりと歪んだ。
「…………来る」
ノクスが小さく呟いた。
歪になった空の真下の地面に、淡く発光する魔法陣が出現する。
空間移動の魔法陣だ。
悪魔召喚が実行されたのは深夜。
聖女はすぐにそれを察知し、神官長と国王陛下、そして第二王子シリウスに告げる。
翌日早朝、聖女一行は準備を整え、悪魔の気配を追い、この地へやって来る。
────全て、ゲームのシナリオ通り。
魔法陣の残光の中、現れたのは、攻略対象者四人と騎士団を伴った、聖女エリシアの姿だった。




