17.外出禁止
「ずいぶんと過保護なんですね」
ノクスの部屋を出た私に、ルシエルはそう声をかけた。皮肉でも何でもない、確認するような口調だ。
人間では到底及ばない力を持つ悪魔が、どうして私なんかにそれほど干渉しようとするのか……と、疑問を持ったのだろうけど。
「…………さぁ。どうかしら。全てを意のままに支配したいだけでしょう」
ルシエルは私の答えに納得しているのかいないのか、曖昧に微笑んでいる。
神具を持ち出したことから、ルシエルがノクス側についてくれるのは間違いないとは思うけれど……。
私とノクスの契約については、誰にも知られたくない。
────互いを守る、という契約。
どちらか一方が死ねば、破られることになる。
ノクスが私に過保護に見えるのも、私に死なれては困るから。ただそれだけだ。
ルシエルはしばらく考え込んだ後に、遠慮がちに尋ねた。
「ノクス様は、かなり衰弱されているようでした。原因は、聖女様……ですか?」
「……ええ。聖女の祝福を、意図せず受けてしまったのよ」
「やはり……。聖女様は、間もなくこのベルナール公爵領にいらっしゃいます。聖女様がここで浄化を行えば……」
「ノクスが危険ね」
聖女が来るまでに、ノクスはどれくらい回復するだろう。
いくら神具のひとつがこちらの手中にあるとはいえ、弱った状態で再び聖女の魔力をその身に受ければ……。最悪、消えてしまうかもしれない。
それだけは、絶対に避けなければならない。
そのためには────。
「ノクスを守りたいの。ルシエル、あなたも同じ気持ちなら、協力してくれる?」
「もちろんです」
ルシエルは迷いなく頷いた。
「しかし、どのように?」
「瘴気をなんとかするしかないわ。聖女の浄化以外の方法で」
「そんな方法があれば……」
ルシエルが困惑しながら言葉を濁す。
言いたいことはわかる。そんなもんあったらとっくにやってる、だろう。そりゃそうだ。
でもノクスを守るためには、他に道はない。
「ルシエル。瘴気の濃度が増したのは、私が居る場所ばかりだと言っていたわね? それはつまり、ノクスの居場所だわ。あなたも、原因はノクスだと思ってる?」
「ノクス様の魔力が瘴気に何らかの影響を与えているのは、間違いないと思います」
「……そう。やっぱりノクスがここに居る限り、濃度は増すばかりなのね」
「それに関しては、どうでしょう」
てっきり肯定の言葉が返って来ると思っていた。曖昧な言い回しに、目を瞬かせる。
「どういう意味?」
「ベルナール公爵領内での瘴気による被害報告は、日に日に増すばかりです。それは、ノクス様が王都にいらっしゃる間も、変わらず」
「……ノクスがいない間も、領内の瘴気濃度は減っていない?」
「そのように考えられます」
…………つまり、どういうことだ…………?
そもそも、もし私が考えていた通りノクスがそこにいるだけで瘴気が発生するものなら、この屋敷周辺が最も濃度が濃い、ということになっているはずだ。
でも、実際はそうじゃない。
「ルシエル。領内の瘴気濃度を、地域別に調べられる?」
「承知しました。聖女様が領内のどこで浄化すべきかを判断するためにも必要な情報です。騎士たちにも協力を仰ぎ、堂々と、速やかに調査致しましょう」
「頼んだわ」
発生原因不明とされる瘴気。
謎を解き明かせば、ノクスを救えるかもしれない。
◆◇
翌日。
臥せりがちだったノクスが、朝から私の部屋を訪ねてきた。
ノックもなく、扉が開く。私の姿を一瞥したノクスは、不機嫌に眉を寄せた。
「外出を禁じたはずだが」
出かける準備をしていたところを、思い切り見られた。
「カントリーハウスの敷地内を散歩するだけよ。外出とは言わないわ」
「ならぬ。この屋敷の庭は広すぎる」
「…………過保護すぎない?」
「そなたは何をしでかすかわからぬ。余の目の届く範囲内で大人しくしておれ。余の言うことが聞けぬなら、その足を切り落とす」
「……………………。わかったわよ」
なんでいちいち脅迫内容がバイオレンスなんだろう。ともあれ、両足は死守したい。
「それよりノクス、寝てなくて大丈夫なの?」
「言ったであろう。問題ない。不意をつかれたが、この程度ならば大したことはない」
言葉とは裏腹に、自在に操っていたノクスの影は、彼の足元でずるずると引きずられている。
「…………。まぁ、いいわ。元気になったなら、お茶会に付き合ってくれない?」
「…………何?」
「一緒にお菓子を食べて、お茶を飲むのよ」
「何のために?」
「外出禁止にするなら、私の暇潰しに付き合ってくれてもいいじゃない。それにノクスだって、甘いお菓子は好きでしょう?」
「好ましいと言った覚えはない」
「何でも良く食べるけど、甘いものは特に気に入っているように見えたんだけど……。違った?」
「…………」
ノクスはなんだか難しい顔で考え込んでいる。
自分の好きなものもわからないなんて、悪魔ってなんて不器用なんだろう。
承諾の言葉はなかったけれど拒否もされなかったので、メイドを呼んでお茶会の準備をお願いした。
やがて、小さな丸卓が窓辺に用意された。
白いクロスの上に、焼き菓子と季節の果実のタルト。紅茶の香りが、部屋の空気を柔らかくする。
「座ったらどう?」
ノクスは一瞬怪訝な顔をしつつも、何も言わずに椅子に腰を下ろした。けれど、私に向ける訝しむ視線はそのままだ。
「何を企んでいる? 何をしようとしている?」
「だから、お茶会でしょう」
「そうではない」
メイドを下がらせてしまったので、私の手で紅茶を注ぐ。ティーカップと共にタルトをノクスの前に差し出せば、大人しく一口かじった。そして少しだけ目を細める。
……ほら、やっぱりノクスは甘いものが好きだ。
それでもノクスの探るような目は変わらない。観念して、正直に核心に触れた。
「瘴気について、知っていることがあれば教えて」
「そなたの手には負えぬ。余計なことをするでない」
「まだしていない。でもわからないわ。だから、教えて」
「…………」
仏頂面のまま、ノクスは紅茶に口をつけた。砂糖をたくさん入れたのに、苦みを感じたのか眉間の皺が深くなる。
その様子をじっと見詰めていると、根負けしたように小さく息をついた。
「瘴気とは魔力の淀み。地の底に沈み、長く封じられているほど重くなる。器が割れれば流れ出る。栓をすれば圧がかかる」
「…………ねぇ。なぞなぞみたいなめんどくさい言い回しはやめて」
「器に穴が空いたのであろう。この世界にとって、異質な魔力がぶつかった故」
「異質な魔力? それは、ノクスの?」
「他になかろう?」
ノクスを召喚したこのベルナール公爵領。
そして、リーネの魂に介入すべく彼がその力を使った王都。
どちらも、私の選択。──私のせいだ。
「案ずるな。じきに余が全て──」
ノクスがそう言いかけて、カップを取り落とし大きな音が響いた。零れた紅茶の横で、力が抜けたようにテーブルに肘をつく。
「…………そなた…………。一服盛ったな……!? この余に、よくも……!」
憤怒の形相で睨みつけながらも、すぐにその瞳はぼんやりと焦点が定まらなくなり、とうとう瞼を閉じた。ごと、とテーブルに突っ伏して、やがて静かな寝息が聞こえてくる。
それを確認して、ノクスの手首に光る神具、星環の聖鎖をそっと引き抜いた。
「…………良かったわ、悪魔にも薬が効いて。通常の三倍量盛っておいたから、ぐっすりお休みなさいね」
ただの絶世の美男の顔で眠るノクスの頭を撫でて、笑顔で部屋を出た。




