12.侍女獲得
「セラフィーナ」
リーネと共に大聖堂を出た私の背に声をかけたのは、シリウスだった。
婚約破棄以降、はじめてのこと。その上いつだって隣にいた聖女も連れていない。
自分でも未練がましいし愚かだと思うけれど、勝手に心臓が跳ねた。
「…………なんでしょうか」
意識しすぎて、思っていたよりずっと低い声が出た。シリウスは硬い表情で、リーネをちらりと見やる。
「…………。ルシエルの妹を取り込んで、君は何を企んでいる?」
「まぁ、人聞きの悪い。今回の件に限っては、ほぼ拒否権なく連行された私の方が被害者ですが? どうしても私を悪役に仕立て上げたいんですのね」
「私は聖女エリシアを信頼している。彼女が感じた魔力は、何らかの形で浄化の儀式をすり抜けたようだが、はっきり言って私は……君が悪魔に惑わされているのではないかと思っている」
…………ああ、やっぱり。
シリウスの言葉は、痛いくらいに率直だ。
胸の奥が冷たくなって、ぎり、と締め付けられる。
聖女を微塵も疑わず、心から信じている。これぞメインヒーロー、とでも賞賛すべきだろうか。
「修道女を引き取ると申し出たことも、悪魔が関与しているとおっしゃりたいの?」
「正常な判断ではないだろう。神殿が危険視する存在を、どうしてわざわざ手元に置く必要がある」
まったくもって正論だ。
…………でも、それだけ。
「これを申し上げるのは二度目ですけれど。証拠なく私を非難するのは、殿下の立場上、軽率すぎますわよ。聖女襲撃の件の時のように、きちんと客観的証拠を揃えてから、出直して来てくださいませ」
「……君は……恥ずかしくないのか? エリシアが進言しなければ処刑されていた立場で、よくもそんなことを……」
「怒りならまだしも、どうして私が羞恥心を抱かねばならないのです? それとこれとは関係ありません」
「…………。本当に変わったな、君は。学園入学前……婚約者として共に学び、交流していた頃は、違ったはずだ」
「…………は…………」
渇いた笑みが漏れた。
私が変わった?
昔は違った?
そうさせたのは誰なのか。嫉妬に狂い、決して手を出してはいけない神具を奪おうと画策するまで追い詰めたのは、誰なのか。
変わったとしたら、それはシリウスの方が先だ。
私は本当に馬鹿だ。
前世の記憶が戻ったと同時に、シリウスへの想いも断ち切れたら良かったのに……。今も、報われない恋心を抱き続けている。
どうしても忘れられない。
一番辛かった時に私の支えとなってくれた、シリウスの何気ない言葉や、態度。
それが私の生きる糧で、人生の全てだったから。
シリウスの瞳に宿るのは明確な敵意だと、理解しているのに。
「セラフィーナ、二度目はない。エリシアを傷付けるようなことがあれば、君を絶対に許さない」
シリウスが厳しく言い放って、それがすとんと胸に落ちた。
彼が私を呼び止めたのは、所詮こうして聖女のために牽制するのが目的だったということだ。
期待をしていたつもりはなくても、じくじくと鈍い痛みが広がっていく。
「発言をお許しください」
可憐な声に振り返ると、リーネが深く頭を下げていた。
シリウスは戸惑いながらも頷き、続きを促す。
「私は自らの意思でセラフィーナ様にお仕えしたいと思っております。誰に強制されたわけでもありません。下働きでも何でもやります。おそばにいられることが、私の何よりの喜びですので……!」
引くほど情熱的に語るリーネの視線は、私の影に落とされていた。おそばにいたい相手が私ではなく、ノクスなのは明らかだ。
…………だとしても。
聖女と王子が絶対的正義であるこの世界で、私の味方などこれまで一人もいなかった。
成り行きで連れて来てしまったけれど……リーネがここにいてくれて、シリウスに言い返してくれて、素直に嬉しい。
「リーネ。あなたに下働きなんてさせるつもりはないわ。没落したとはいえ、元貴族令嬢なのだから、私の専属侍女として、しっかり働いてもらうわよ」
「はい…………!」
勝手に侍女を雇い入れてしまったが、父も文句は言うまい。
シリウスは律儀な男。今回の件について、きちんと公爵家に謝罪するはず。王家に貸しをつくった私の働きに比べたら、侍女の一人や二人受け入れるくらい、安いものだろう。
「そういう訳ですので、殿下。リーネのことは双方合意の上で、侍女として連れて行くことに致します。もちろん私はすぐに領地へ戻りますので、聖女様に危害を加えることもございませんわ。ご心配なく」
にっこりと笑顔を向ければ、シリウスはそれ以上追求してくることはなく。
「それなら、いい」と短く言って、聖女の待つ大聖堂の中へと戻っていった。
ふぅ、と小さく息をつく。
とても軽い足取りとはいかないが、踵を返し、回廊を進もうとしたその時。
「つまらぬ男だ」
「────っ!!!」
目の前に、上半身だけを影からにゅっと出したノクスの姿。
心臓が止まるかと思った。叫び声を噛み殺した私をほめて欲しい。
あと、こんな場所で迂闊に姿を見せるのもやめて欲しい。
「あの者が信じているのは、正義という不確かなもののみ。聖女自身のことも、その象徴としてしか見ておらぬ。あの神官の方が、余程見込みがあるというもの。そなたが何故あのような男に執着するのか、理解に苦しむ」
「…………。もしかして、慰めてくれてる?」
「あやつにさく時間と労力、思考があるならば、全て余のために使うがよい。余を守るため奪うと申した神具の件、よもや忘れてはおるまいな?」
「忘れてないわよ……。でも神具のこととなると、やっぱり神官長にもう一度働いてもらわなきゃ難しいわね。また吹っ掛けられそうな予感しかないし、さすがにこれ以上散財すれば、お父様も黙っていないような……」
そこまで言って、振り返る。
きらきらと輝く光の粒が、次々と流れてきたのだ。大聖堂の扉の隙間から。
ふわりふわりと舞い踊るたくさんの光。その光景は神秘的で美しい。空気が澄み渡る感覚がする。大聖堂を目にした時にも勝る、とても神聖で厳かな空気。
何故だか涙が溢れそうになって、そして思い至る。
────聖女の祝福。
仲間に加護を与える、尊き力。バトルシーンでは、戦闘力強化や微回復能力としても有効だった。
思い返せば、神官長が瘴気の濃度が増していると言っていた。これから聖女たちは、その浄化に赴くのだと。
だとしたらその前に祝福を行い、瘴気による体への悪影響を緩和させようとするのも自然なこと。
そう納得して、しかし次の瞬間、視線を戻して息を呑む。
影がとぷんと波打ち、ノクスの体を吐き出して溶けた。
最強のラスボスは、床に倒れたまま動かない。




