表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を滅ぼすラスボス悪魔を召喚しました~破滅寸前の悪役令嬢と最強悪魔の甘くない契約~  作者: 玖珠ゆら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/21

【閑話】神官ルシエル


 妹が──リーネが、笑った。

 陰りのない満面の笑みを見るのは、いつぶりだろうか。


 病に倒れて以降、リーネはいつだって謝っていた。


「迷惑をかけてごめんなさい」

「私のせいで、いつもごめんなさい」



 ベッドから起き上がることもできず、一番辛いのはリーネ自身なのに。


 リーネに元気になって欲しかった。

 罪悪感など感じることなく、生きて欲しかった。


 病さえ治れば、体が動くようになれば、それは叶うと信じていた。


 けれど実際はどうだっただろう。

 聖女様に救われたはずのリーネは、変わらず懺悔を続けていた。感情を表に出さなくなり、形式的な言葉しか口にしなくなり。



 ────それでも。

 これが聖女様の「奇跡」の結果だ。


 リーネはいつ死んでもおかしくない病状だった。それが命の心配をせずに生きられるようになったのだ。

 だからリーネは幸せなのだと。

 間違いなく聖女様に救われたのだと、自分に言い聞かせてきた。


 

『今の彼女が幸せだと思うなら、目を逸らさずに俯かずに、堂々と笑っていればいいわ。二度と被害者面しないで』



 セラフィーナ・ベルナール。

 あの時の彼女の言葉は、痛みを伴って胸に刺さった。


 大聖堂の扉が開いて、彼女と忌まわしき悪魔が出て行くのは気付いていたが、振り返ることができなかった。

 神のために存在するこの神殿で、あんなものをうろつかせておく訳にはいかないと、わかっているのに──。


 動けずにいる私の前で、リーネは閉まった扉を名残惜しそうに見詰めている。


「ああ、ノクス様……。行ってしまわれました」


 呆けたように呟いたリーネは、明らかに悪魔に魅了されている。

 魂を喰らうばかりか、精神まで支配するなんて、なんておぞましく残酷な生き物だろう。


「リーネ、目を覚ませ! おまえは騙されているんだ」


 必死にかけた言葉。

 だがリーネは、心底不思議そうに首を傾げた。


「何を言ってるんですか? 私はちゃんと、目が覚めましたよ?」

「…………何を…………」

「聖女様が私のために祈ってくださったあの時から、私はずっと眠っていたような気がします。あたたかい光に包まれて、楽になれると思ったのに、なんだかぎゅうっと縛られているように苦しくて、ずっと誰かに責められている気がして……」


 思い返すように目を伏せたリーネが、顔を上げる。


「深い眠りの底で、死んだ方がマシだと何度も思いました」



 ────死んだ方がマシ。


 心臓を抉られたような衝撃だった。

 リーネの幸せを、ただ願っていた。それだけのはずだったのに……。

 どこで、間違えた?



「でも、ノクス様に救われたんです。ノクス様こそ、私の魂を解放してくださった、偉大なる大魔王様です」


 悪魔について語るリーネの表情は恍惚としていて、とても正気とは思えない。

 けれど同時に、その目はキラキラと輝いていて、ひどく生き生きとしている。



 ────生きている。

 命も危うかった妹が、確かにここに生きている、と。

 初めてそう実感した。


 謝罪ではなく感謝を口にするリーネに、誤魔化しようのない歓喜が湧き上がる。


 けれどこの感情は……神と、聖女様を冒涜するもの。決して抱いてはならない。


 

「リーネ、それは……。神と聖女様への裏切りだ」


 今度は冷静に。

 聞き分けのない子どもに言って聞かせるように、しっかりとリーネの目を見つめ、そう諭す。

 見詰め返すリーネの目はまっすぐだった。何の疑いも抱いていない、純粋な瞳。


「神が、聖女様が……。私に与えたのは、本当に救いですか?」




 ────その瞬間。

 頭の中で、何かが音を立てて壊れた。


 心の拠り所だったものが、何をおいても守るべきだったものが、唐突に色褪せる。

 足場をなくしたように、自分が今どこに立っているのかわからない。支えにしていたものを失って、不安で胸が押し潰されそうになる。


 

 リーネが憐れむようにこちらを覗き込んできた。

 きっと私は今、ひどく情けない顔をしている。



「…………お兄様」


 まだまだ幼いと思っていたはずの妹が、妙に大人びた顔で笑みを浮かべている。

 優しく手を握り、まるで堕落へと誘うように甘く囁く。


「大丈夫です。神や聖女とは違う。ノクス様は、ちゃんと私たちのことを見てくださっています。私もお兄様も、赦されていい。ちがいますか?」

 


 …………ああ、そうか…………。

 私はずっと、赦されたかったのだ。



 私の罪までその身に背負わされていた妹は、今は晴れ晴れとした表情をしている。

 リーネに私ができる唯一の罪滅ぼしは、神への信仰を捨て、共に堕ちることなのかもしれない。



 世界も聖女様もなかったことにした、私の罪。

 それを正面から指摘し、非難したセラフィーナ・ベルナール。


 私が今更罪を懺悔したならば、彼女は耳を傾けてくれるだろうか。

 赦しを与えてくれるだろうか────。

 


 脳裏に浮かぶ彼女のまっすぐな瞳が、リーネと重なって見えた。


 

 きっともう、私は神に祈れない。

 

 聖母のように穏やかな笑みを湛えたリーネの手を、そっと握り返した。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ