7-過去編・指輪より重いもの
十二月初旬。
街はイルミネーションに包まれ、人々の足取りに浮き立つような気配があった。
圭太はその日、予約していたレストランに莉子を連れて行った。
高層ビルの最上階。ガラス越しに東京タワーが遠くに見える。
ホールの中央には白いグランドピアノが置かれ、静かに生演奏が流れていた。
「莉子、今日はちゃんとした話がある」
そう言って、圭太は内ポケットから小さな箱を取り出した。
開けると、そこにはシンプルで気品あるプラチナの指輪。
まだ婚約指輪とは呼べない、けれど“その手前”の、意味深なデザインだった。
「これは、“約束の指輪”。
本当はちゃんとした婚約指輪にしたかったけど……今、ちょっと資金繰りが厳しくてさ」
莉子の胸が、ぎゅっと痛んだ。
「圭太……いいの、無理しないで。十分すぎるよ」
「いや、ちゃんとした形で渡したい。結婚式も決めたいし、来月には親族の顔合わせもしたい」
「じゃあ、どうしようか。式場、見に行く?」
「うん。……でもその前に、お願いがある」
圭太はワインを少し飲み、莉子の目をまっすぐ見た。
「今回の海外案件、動かせそうな話がある。
だけど、資金がどうしても少しだけ足りない。
追加で……150万、どうにかできないかな」
莉子は、一瞬だけ息を呑んだ。
すでに彼には100万近くを“預けている”。
だが彼は、迷う彼女にこう言った。
「返済っていう形じゃなくていい。
もうすぐ“私たちの”口座を作るつもりだし、結婚後の生活資金として、ちゃんと管理する」
「それって……共同名義?」
「もちろん。通帳もカードも、莉子に渡すよ。
俺が持ってたら不安になるでしょ? 全部、透明にする」
その言葉が、莉子の最後の“ためらい”を、そっと撫でて殺した。
「……うん。じゃあ、年末調整入ったらすぐ動かすね」
圭太は嬉しそうに微笑んで、彼女の手を取った。
「莉子、本当にありがとう。絶対に、幸せにする」
夜景が滲んで見えた。
あたたかなレストランの空気が、彼の嘘の気配をかき消していた。
莉子はその夜、指輪をつけたまま眠った。
幸せで胸がいっぱいだった。
この後訪れる、裏切りに気付きもせず……。