6-過去編・微熱のような違和感
十月の風は心地よく、街路樹の葉が色づきはじめていた。
ある土曜の午後、莉子は圭太と待ち合わせをして、表参道で開かれているインテリアの展示会へ出かけた。
ふたりの将来のため。
そう思って選んだ週末デートだった。
「これ、すごく可愛いね。寝室に置いたら雰囲気出そう」
「うん、莉子っぽい」
そう言って笑う圭太の横顔を見て、莉子は幸せを感じた。
だが、彼がスマートフォンをちらりと見て、メッセージを確認したその一瞬の焦りを、莉子は見逃さなかった。
「誰?」
「ん? ああ……さっきのMIYUKIさん。急ぎの件で」
「よく連絡取ってるね。仲良し?」
軽く冗談めかして言ったつもりだった。
だが圭太は微妙に笑って、話題を切り替えた。
「このクッション、さわり心地いいな。家にもこういうの欲しいよね」
“逸らされた”。
その事実だけが、あとに残った。
――――別の日。
莉子の家に圭太が泊まりに来たときのこと。
夜、バスルームから出てきた彼の洗面ポーチが落ち、その中からポロリと落ちた口紅のようなリップスティックに、莉子は一瞬固まった。
「……あれ? 圭太、それ何?」
「あ、これ? えっと……なんか、お客さんにお土産で配ってたやつ、もらっただけ」
「ふーん」
すぐに笑って流したけれど、色がローズピンクだったことが、妙に頭から離れなかった。
男がもらって嬉しいような、無難なノベルティではなかった。
気のせい、気のせい――
そう言い聞かせるように、莉子はクローゼットのドアを閉めた。
――――ある夜。
圭太が酔って眠りに落ちたあと、莉子は彼のジャケットを畳んでいた。
ポケットからは、レストランの領収書が出てきた。
日付は「出張」と言っていた水曜日。
場所は港区、夜9時のディナー。
莉子はその店を知っていた。
高級で、ムードのある場所。カップルが記念日に訪れるようなところ。
その場で問いただすこともできた。
でも、そうしなかった。
「見なかったことにしよう。だって、圭太を信じてるから」
声に出さず、心の中でそう言った。
だが、その言葉すら、自分に向けた“呪い”のように響いていた。
秋の終わり。
圭太はまた、資金の話をちらつかせるようになった。
「ちょっとした投資先があってさ。来年の転職も視野に入れてるし、今が勝負どころかも」
「必要なのって……どれくらい?」
「うーん……100。いや、120万くらい。
でも、ちゃんと返すよ。もちろん、結婚後の“共有財産”として、しっかり形にするから」
莉子は迷った。
でも、もう心の準備はできていた。
「うん、いいよ。振り込んでおくね」
笑顔でそう言いながら、胸の奥では何かが微かに、悲鳴を上げていた。
でもその声はまだ、言葉にならなかった。