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5-過去編・ノイズのような影

 それは、軽井沢旅行から戻った、一週間後のことだった。


仕事の打ち合わせが長引き、莉子が圭太の部屋に着いたのは夜の10時を過ぎていた。

鍵は合鍵で開けて構わないと言われていたから、いつも通り玄関を開ける。

だがその日、部屋の空気が妙に整っていた。まるで何かを急いで片付けたような、無音の不自然さがあった。


「圭太、ただいま」


リビングから返ってきた声は、いつも通り穏やかだった。


「おかえり。ちょうど今、シャワーから出たとこ。コーヒー淹れようか?」


「ううん、自分でやるよ」


莉子は笑いながら、キッチンへと向かった。

ふと、シンクの下の棚を開けたとき――小さな髪留めが転がって出てきた。


くすんだゴールドの、小さなバレッタ。

莉子の趣味ではない。


彼の妹や親戚のものかもしれない。けれど――

心にほんの一滴、冷たいものが落ちた。


「ねえ、これ……?」


莉子が振り返ると、圭太は一瞬だけ視線を伏せて、それから苦笑した。


「ああ、それ。前に母さんが来たときのかな。たぶん荷物に紛れて」


「ふうん……」


納得できないわけではない。

けれど、“彼が目を逸らした”ことが、妙に引っかかった。


翌週、圭太が「出張で2日間いない」と言っていた週末。

莉子は会社の飲み会帰りに、圭太の家の前をタクシーで通りがかった。


──部屋の明かりが、ついていた。


最初は見間違いかと思った。

でも、タクシーが信号で止まったとき、ふとカーテンの隙間から人影が動くのが見えた。


翌日、莉子はなにも言わなかった。

信じたかったからだ。


「出張の予定が変わったのかも」「誰かが代わりに入っているのかも」

そうやって、心に浮かんだ“疑念”を一枚ずつ、丁寧に折りたたんだ。


もうひとつ。

圭太のスマートフォンにメッセージが届いたときのこと。

充電中の画面に、一瞬だけ名前が浮かんだ――「MIYUKI」という女性の名。


「誰?」


何気なく聞いたつもりだった。

だが圭太は、少し声を高くして答えた。


「仕事関係の人。最近、営業部の案件で一緒になってるだけ」


それ以上、聞くのは“詮索”になると思い、莉子は口を閉ざした。

だけどその夜、夢の中で、MIYUKIという名が何度も頭の中を巡った。


──すべては、決定的ではない。


髪留めも、電気も、人影も、名前も。

どれも“そうとは限らない”小さな違和感。

信じようと思えば、いくらでも信じられるものたち。


でも莉子はその日から、心のどこかでひとつだけ、問いを繰り返すようになった。


「もしこの人が、私を騙していたとしたら?」


そして次の瞬間には、それをかき消すように自分にこう言い聞かせるのだった。


「――――そんなわけ、ない」

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