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4-過去編・その手を離す理由など、あるはずがなかった

 夏の終わり、莉子の誕生日が近づく頃。

圭太は「当日は忙しいかもしれないから」と、少し早めのサプライズ旅行を用意してくれていた。


行き先は、軽井沢。

森に囲まれたコテージタイプのホテルに着いたとき、莉子はあまりの静けさと清潔な空気に、思わず深呼吸をした。


「すごい……映画みたい!こんな場所、知らなかった」


「でしょ? 莉子が“東京の音”に疲れてるって、こないだ言ってたからさ」


さりげなく拾われた言葉が、胸に沁みた。

圭太は時折、そういう“忘れたはずの願い”を丁寧に叶えてくれる人だった。


「リングもらってるのに、旅行まで……。圭太本当にありがとう」


「どうしたしまして。俺が望んでたことでもあるから、ゆっくり楽しんで」


 ――――夜。

暖炉の前でワインを飲んでいたとき、彼が封筒を渡してきた。


「え? なにこれ」


「手紙。いつか渡そうと思ってたやつ。今の莉子に読んでほしい」


中には、手書きの便箋が一枚。

整った文字で、こんなふうに書かれていた。


莉子へ


君と出会ってから、世界が柔らかくなった気がする。

言葉の端に棘がある人だと思ってたけど、それは誰よりも繊細で、

誰よりも傷つきやすい証だと知った。


俺のこと、信じてくれてありがとう。

君の未来に、俺がいてもいいなら、

これから先も、どうかそばにいさせてください。


神谷圭太


莉子は、ただ黙って手紙を抱きしめた。

言葉にできないほど、胸がいっぱいだった。


東京に戻ると、ふたりは少しずつ結婚に向けた具体的な話を始めた。

式場の候補、親族の顔合わせ、将来住みたい街、子どもができたらどうするか――

夢物語のようだった話が、現実味を帯びていくのを、莉子は心から楽しんでいた。


「圭太って、子ども好き?」


「うん。できれば二人くらい、欲しいかな。女の子だったら、莉子に似たら絶対可愛いよ」


「男の子なら?」


「……莉子に似たら、たぶん気が強くなるけど、それも楽しそうだな」


「失礼な!」


ふたりで笑い合ったソファの夜。

その笑顔の向こうに、裏切りなんて一片も見えなかった。


ある日、圭太がふいに言った。


「来年、転職するかもしれない。もっと大きな案件を扱える会社から声がかかっててさ」


「え、それって海外?」


「うん、シンガポールか香港。まだ決まってないけど、莉子がよければ一緒に来てくれたら嬉しい」


莉子は少しだけ沈黙したが、すぐに答えた。


「……うん。行く。圭太となら、どこでも」


それは、心からの言葉だった。

それほどに、彼との未来を信じていた。


「本当にどこまでも一緒に来る?」


「うん。どこへでも」


「地獄までも?」


「あはは、圭太は地獄には行かないでしょ」


「分からないよぉ?行くかもしれない」


「はいはい、どこまでも一緒に行くから……くすくす」


莉子の中で、圭太はすでに「伴侶」だった。

その事実を、誰にも疑わせる隙などなかった。


その手を、莉子が離す理由など――

あるはずがなかった。

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