16-見られる側の地獄
記事が拡散されてから、わずか四日後だった。
匿名アカウントが、圭太の「顔写真」と「複数の偽名履歴」を公開した。
モザイクのない実写。笑顔でワイングラスを掲げる、かつての“誠実な婚約者”の顔。
「これ、神谷圭太でしょ?前にマッチングしたときこの顔だった」
「早川恭一って名乗ってた。LINE晒します」
「齊藤佳大? 名義貸ししてる男じゃなかったっけ?」
最初は小さな炎だった。
だが、次第に被害者ではなく「観察者」たちが騒ぎ始め、圭太は「見世物」になった。
婚活女子向けまとめサイト、VouTubeの解説動画、KikTokの「やばい男特集」。
気づけば、彼は「誰でも知ってる詐欺師」になっていた。
圭太はすでに偽名で地方を転々としていたが、SNSの力は彼の“匿名性”を容赦なく剥いでいく。
匿名アカウントのフォロワーは5万人超えとなり、写真が添付されたポストは10万超えいいね。
リポストは85,000件を突破した。
「〇〇駅で見た」
「このホテルのスタッフしてたって」
「逃げてるらしいよ」
「ダッセーw」
「ざまぁwww」
どんなに偽名を使っても、顔が晒された男はもう“誰にもなれなかった”。
ホテルは勤務契約を即日解除。
レンタル口座は凍結。
金も尽き、アパートも追い出され、
圭太は“本名ではない名”で居られる場所すら失った。
やがて、警察は莉子たちの告発状をもとに、計画的重犯結婚詐欺容疑で圭太を全国指名手配。
そして――
新潟県内のネットカフェで、身分証不携帯の不審者として職質され、身柄を確保された。
彼の指先から採取された指紋が、かつての軽犯罪記録と一致し、そこから“齊藤佳大”という本名がようやく表に出た。
取り調べに対し、圭太は最初こそ黙秘を貫いた。
だが、被害女性の供述と振込記録、複数の名義口座の一致を前に、彼は口を開いた。
「……俺は、必要とされてるって思っただけだよ。
“愛してる”って言われるたびに、俺の存在に価値がある気がしたんだ。
金? それは……“誠意”の証だって思っただけで――」
取り調べ官は、一言だけ返した。
「お前が愛してたのは、金と逃げ道だけだ」
――――裁判では、莉子・実花・歌緒梨の3名を含めた被害女性計8名が証言台に立った。
「返せないものを返してもらおうなんて思っていません。ただ――
もう誰も、同じ傷を負わないようにしたいだけです」
「ただ、これだけは言いたいです。
お望みどおり、地獄へどうぞ――――」
圭太には、長期にわたる計画的犯行とされ、懲役8年6ヶ月の実刑判決が下された。
拘置所の面会室。
彼は誰にも面会を許さず、手紙も受け取らなかった。
家族も友人も、誰も名乗り出なかった。
彼は刑務所で、静かに年をとっていく。
“自分が何者だったのか”
“誰かを愛したことがあったのか”
――――その問いの答えは、
誰の記憶にも残らないまま、ゆっくりと消えていった。