15-見せ物になる男
――――平日の朝。
まだ通勤電車の混雑が冷めやらぬ午前八時。
ニュースアプリの「注目トピックス」欄に、ひとつの記事が掲載された。
《“結婚詐欺”に壊された女たち:一人の男が繰り返した“約束の嘘”》
偽名を使い、複数の女性に結婚をほのめかして金銭をだまし取る。
東京・大阪・福岡で、同一の手口・文言・振込先が確認された。
女性たちは現在、被害者団体を設立し、民事・刑事双方の告発に向けて動いている。
男の写真はプライバシーの観点からモザイク処理されているが、関係者によれば、数年間で少なくとも7名以上が標的にされ、金銭被害額は合計約2,600万円以上とされる。
記事は、冷静に、しかし鋭く事実を並べていた。
圭太が語った“未来”が、どれほど巧妙に組み立てられていたか。
どのように心を読み、言葉を使い、愛という皮をかぶって彼女たちの人生を食いちぎったか。
記事の後半、匿名で語られる“莉子”“実花”“歌緒梨”の証言には、静かな怒りが満ちていた。
「わたしたちは、忘れない。愛した記憶も、壊された痛みも。
でも、同じように傷つく誰かを、もう出したくない。それだけが、いまの希望です」
その頃、とある地方都市のビジネスホテル。
圭太――いや、齊藤佳大は、ベッドに横たわってスマートフォンをスクロールしていた。
前夜、都内のアプリで新しい女性とマッチングしたばかり。
順調に言葉を重ねていた。
だが、朝のニュースフィードに、あの見出しが飛び込んできた瞬間――
彼の指が止まった。
“結婚詐欺に壊された女たち”
ほんの数秒、彼は静かに読み進めた。
そして、笑った。
「……やるじゃないか。莉子」
笑っていたが、目は笑っていなかった。
口元は笑っていても、左手の爪が、スマートフォンを強く押しすぎて白くなっていた。
記事の文面には、名指しはない。
だが、彼にはわかっていた。
これは、自分を殺すための文章だと。
「“恭一”はもう使えないな。次は……何にしようか」
つぶやきながら、圭太は一度だけスマホのカメラを起動し、自分の顔をじっと見つめた。
“まだ騙せる顔”か――それを確認するように。
しかしそのとき、スマホの通知がひとつ鳴った。
新規メッセージ。差出人:MIYUKI
それは、圭太が新たに接触していた婚活相手のひとりだった。
『この記事……もしかして、あなたじゃないよね?』
そして続けて、
高梨歌緒梨のSNSに投稿されたリンクが、圭太の画面に表示された。
「わたしも、信じてました。でも――気づけてよかった。
彼は、あなたの隣にいるかもしれません。この記事を読んでください。
#結婚詐欺 #私たちは終わらない」
圭太の笑みが、完全に消えた。
「……ふざけるな」
静かに、スマホの電源を落とした。
彼は初めて、名前を変えた自分が「見られている側」になったことを理解した。
自分が獲物ではなく、標的になった。
その実感が、心臓を重く打った。
圭太はベッドを離れ、スーツケースに手をかけた。
中にはパスポートと数枚の偽造された運転免許証、使い捨てスマホ、そして現金。
これまでのように、名前を変えて“逃げられる”はずだった。
だが、今度ばかりは、違った。
彼の逃げ道を――彼女たちは、先に塞いでいた。