14-名前のない男を、この世界に晒す
――――ホテルの一室。
莉子・実花・歌緒梨の三人が集まり、パソコンを開いたテーブルには、分厚いファイルとUSBが並べられていた。
「ここにあるのが、圭太――もとい“早川恭一”の使用していた偽名一覧と、
複数のメールアドレスの記録。
婚活アプリのプロフィール履歴も、アーカイブしてある。
過去の女性たちへの連絡頻度と文面のパターンも抽出済みよ」
莉子の声は落ち着いていた。
まるで刑事のように。
一度壊された女たちは、いまや戦う者たちへと変わっていた。
莉子が続ける。
「私たち三人の口座記録を照合すると、同一銀行・同一口座に時期をずらして送金している。
名義は“齊藤佳大”。
……つまり、これが“本名”の可能性が高い」
実花が聞く。
「それ、戸籍や過去の住民票で調べられる?」
莉子が答える。
「私の知り合いに、調査会社で働いてる人がいる。頼めば、表には出さずに過去の履歴は追える」
莉子たちは、圭太が過去に使っていたレンタルオフィスの名義・滞在履歴・通話記録の一部にもアクセスしていた。
「レンタルオフィスで婚活ビジネスを装っていた時期あり」
「免許証のコピー画像を渡していた被害女性が過去に一名……、現在は海外か……」
「名刺に印刷されていた会社はすでに倒産済」
「だけど、法人登記の責任者名が「齊藤佳大」だったみたい」
「これで、名前の繋がりは確定したわね」
三人は知恵を絞り、探偵や刑事の如く調べ上げていき、計画を立てた。
計画は三段階に分かれていた。
【STEP 1】法的手段の下地を整える
弁護士に相談。複数人の被害記録と、明確な「騙す意図」の立証を前提に、詐欺罪・婚約破棄に伴う損害賠償請求の準備。
それと同時に、警察の相談窓口に改めて『複数被害による組織的詐欺の可能性』として再提出。
被害届ではなく「告発状」扱いで提出し、刑事事件化を目指す。
【STEP 2】ネットとSNSでの“静かな告知”
被害者の会として、新たにSNSアカウントを設立。
圭太が使っていた偽名・写真・手口・注意喚起を丁寧にまとめ、誰かを傷つけずに「被害予防」名義で投稿。
#婚活詐欺 #神谷圭太 #林田圭介 #早川恭一 #齊藤佳大 などのハッシュタグを戦略的に使用。
「目的は誹謗中傷じゃない。
彼の“次の被害者”を出さないために、あらゆる手段を使う」
莉子の声に、誰も異を唱えなかった。
【STEP 3】メディアとの接触――“社会問題”にする
実花が知り合いの医療業界記者を通じて、フリーの女性ジャーナリストに接触。
「結婚詐欺を繰り返す、同一人物に壊された女性たち」の実録として取材を受ける。
実名報道は避け、事実と記録を重視した形で特集記事として全国誌に掲載を目指す。
「メディアが動けば、警察も世論も、もう黙っていられない。
あの男を、逃がさない」
打ち合わせが終わったあと、三人は静かにお茶を飲んだ。
目の下には疲労の色。けれどその表情には、決意が宿っていた。
「アイツに会ったら、どうする?」
歌緒梨がぽつりと尋ねた。
莉子は微笑んだ。
「――会わせてもらうわよ。“本当の私たち”で。
そして言うの。“お望みどおり、地獄へどうぞ”って」
「地獄へ行くかもしれないって、私にも言ってた」
実花が静かに頷いて笑った。
「わたしたちはもう、壊される側じゃない。
壊す側に、なる」
復讐はもう、私的な感情ではなかった。
それは――この世界に“名前のない加害者”を刻み込むための戦いになっていた。