13-救いは、過去の自分への償い
それは、遠藤実花とのやり取りを続けて一週間が経った頃だった。
実花が送ってきた、とある婚活系マッチングアプリのスクリーンショットには――
見覚えのある横顔が、確かに写っていた。
「神谷圭太」ではなく、「早川恭一」という名前で。
「見てください。彼、いまも動いてます。新しい名前、新しい顔写真。プロフの文面は変わってるけど、語る“未来”はほぼ同じ」
莉子は画面を凝視した。
『誠実な人間関係を築ける女性と、一緒に人生を歩みたいです』
『将来的には海外勤務もあるかもしれませんが、結婚を前提にお付き合いできる方を探しています』
同じだ。
何もかも。
未来をちらつかせて信頼を引き出し、愛と金を結びつける手口。
莉子は喉が焼けるような感覚を覚えながら、実花の続くメッセージを読んだ。
「いいね欄に、都内在住の若い女性が何人も映っていました。その中に、一人――“もう選ばれてる”女性がいます」
彼女の名前は、高梨歌緒梨。
25歳。都内在住の看護師。プロフィール写真には、明るく微笑む清楚な雰囲気の女性。
すでに「婚約を視野に」とやりとりが進んでいるという。
「彼女のSNSも見つけたんですけど“いい人に出会えた”って書いてました。“今年は人生が変わるかも”って。……私たちと、同じです」
莉子は、迷わなかった。
「会いましょう。高梨歌緒梨さんに。直接話して、救うしかない。
あのとき私を誰も助けてくれなかった。でも――彼女は、違う」
実花が頷くスタンプを送ってきた。
三日後、都内のカフェ。
莉子と実花は、高梨歌緒梨と初めて対面する。
彼女は戸惑いながらも、話を聞く姿勢を崩さなかった。
「……あの、なんで私のことを?」
莉子は静かに、圭太――いや、早川恭一の写真を差し出した。
「この人に、騙されたんです。
結婚を約束されて、お金を預けて、信じて――でも、すべて消えた」
歌緒梨の顔色が少しずつ変わっていく。
「そんな……恭一さんは、そんな人じゃ……!」
「私もそう思ってました。彼に守られてるって思ってた。
でも、違った。
私たちは“選ばれた”んじゃない。“狙われた”んです」
莉子は震える指で、自分の口座の送金履歴を見せた。
実花は、相手の名義が“共通する口座と一致する”と示した。
それでも歌緒梨は、涙を浮かべながら首を横に振った。
「信じたかったんです。……私も、“幸せになれる気がした”んです」
その言葉は、かつての自分そのものだった。
だから、莉子はそっと手を差し伸べた。
「信じることは、悪いことじゃない。
でも――信じたまま壊されて、誰にも救われないままでいたら、
ずっと“騙されたまま”で終わってしまう。
私たちは、まだ終わらせてない。あなたも、まだ間に合う」
沈黙のあと、歌緒梨は、涙を拭いながら小さく頷いた。
「……助けてください。私、どうしたらいいのかわからない」
「一緒に、終わらせましょう。
“あの男の最後の舞台”を、私たちの手で、引きずり下ろすの」
莉子の言葉には、もはや迷いはなかった。