12-同じ被害、私は貴女
莉子が書き込んでから、三日間――掲示板には何の反応もなかった。
自分だけが騙されたのかもしれない。
そもそも“神谷圭太”という名前すら、存在しない幻だったのかもしれない。
そう思い始めた頃、ひとつの返信がついた。
投稿者:mika_loveks
はじめまして。私は二年前に“林田圭介”という男に同じようなことをされました。
写真、メール、振込先の情報がまだ残っています。
そちらと一致するか、確認したい。
本気で動くなら、連絡先を渡します。
名前は違う。だが、「圭」という字だけが共通していた。
莉子の中にざわめきが走る。
この男は、“変えている”――名前を、言葉を、手口を。
莉子は指先の震えを押さえながら、指定された匿名メールに連絡を送った。
返信は早かった。
そのメールには、添付された一枚の画像があった。
ホテルのロビーで撮られたその写真には、見慣れた後ろ姿が映っていた。
莉子が、一度たりとも忘れたことのない男の肩幅。立ち姿。
――圭太だった。
背中を向けていても、分かった。
圭太は、そこにいた。
二年前も。今も。どこかで同じように誰かを壊している。
「これ……あなたが撮ったの?」
「ええ。彼が“私の父に挨拶をする”と言って、ホテルのラウンジで待ち合わせたときです。わたしはそのとき、100万円を“共同口座”に入れていました。もちろん、名義は彼だけのものです」
莉子は返す言葉がなかった。
違う人間。違う時間。
でも、まったく同じ嘘。
「あなたの名前を、聞いてもいいですか?」
「遠藤実花です。34歳。医療関係の仕事をしています」
遠藤実花――その名は、莉子の知らない人間のはずだった。
けれど、なぜかずっと前から知っていた気がした。
「私は黒澤莉子。あなたがされたこと、私もまったく同じようにされました」
「じゃあ、私たちは“順番待ち”だったんですね。
次は、誰の番になるんでしょう」
その言葉が、莉子の心に深く沈んだ。
圭太は“誰かの愛”をただの道具にして、数珠つなぎのように壊して回っている。
それを止められるのは、今、この地獄を知っている自分たちだけだ。
「実花さん。私は、終わらせたい。
あの男に、“愛した女たちは壊れなかった”って、思い知らせたい」
「ええ。私も、もう逃げません。
名前を変えられても、住所を消されても、きっと“痕跡”はある。
一緒に探しましょう。本当の顔を」
その夜、莉子の中の静かな炎が、音を立てて燃え上がった。
“もう一人の私”がいる。
そう思えたとき、初めて――本当に、孤独ではなくなった。