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1-過去編・はじまりの夜

 ――――仕事帰りの午後九時。

残業を終えた莉子(りこ)は、銀座の路地裏にあるカフェバーにひとりで入った。

その店は、同僚の紹介で知った隠れ家のような場所で、ハイチェアとジャズ、そしてほどよい暗さが気に入っていた。


「白ワインを、辛口で」


そう注文し、スマホを取り出すと、目の前に運ばれてきたグラスの向こうに、ひとつ隣の席の男性が視界に入った。


紺色のシャツに、細身のスーツ。

どこか知的で余裕のある雰囲気をまといながら、彼は手帳に何かを書き込んでいた。

莉子が視線を戻しかけた瞬間、その男がふと顔を上げ、軽く会釈をした。


「こんばんは。もしかして、お仕事帰りですか?」


「……ええ、まあ。疲れて見えます?」


「いえ、逆に。こういう空間に自然に馴染んでる人って、プロフェッショナルな感じがして、ちょっと憧れます」


莉子はわずかに笑った。

こういう口説き文句には慣れていた――と思っていた。

でも、彼の話し方にはどこか温度があって、押しつけがましくなかった。


神谷圭太(かみやけいた)って言います。投資関連の仕事をしていて、今日はちょっと打ち合わせの流れで立ち寄りました」


そう名乗った彼の名刺には、聞いたことのある外資ファンドのロゴが印字されていた。

名刺の見た目にも、所作にも、嘘はなさそうに見えた。


黒澤莉子(くろさわりこ)です。マーケティング関係の会社で働いてます」


「マーケ? それ、僕の仕事とも接点ありますね。投資って、世の中の“動き”を読まないと話にならないから」


そんな会話から、ワインが進み、笑いが生まれ、時計の針が気づけば日付をまたいでいた。

帰り際、彼がふと言った。


「また、偶然この店で会えたらいいですね」


「ええ、偶然が重なるのは、たいてい必然ですから」


莉子はそう返して、背を向けた。


でも、そのときすでに――

彼女の中の何かが、知らぬうちに“落ちていた”。


彼の名が、神谷圭太。

この瞬間が、罠のはじまりであることに、莉子はまだ気づいていない。

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