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9/10

大したことのない幼少期のイベントの1つ



 夢の中でイザヤは首を絞められていた。

 黒い髪の女だ。自分の顔によく似ているが、涙と憎悪で歪んでいても美しいと思う造りの女だった。夢の中だとわかっているので、イザヤは「母上も飽きないものだ」と呆れた。

 首を絞められるようなことなど実際はなかった。生まれた時にイザヤが自分の魔力の暴走で焼き殺してしまったのだから、この女はこうして復讐の機会などなかったのだ。


 女は必死に何か訴えている。夢の中なのでどれだけ首を絞められても、ただ苦しいだけで死ぬことがない。窒息死できないのも考えものだなとイザヤは思う。いや、これこそが女の復讐なのかもしれない。イザヤはいつも夢の中でこの女に首を絞められてきた。成長と共に徐々に、イザヤは「これが僕のおかあさま」と理解していき、そして、眼を閉じてこれが見えるのが当たり前になり、苦しさには慣れた。


 首を絞める女の言葉は聞こえない。

 ただイザヤを産んだことを後悔しているのだろうとそれはわかった。


「僕にどうしろと?」


 イザヤは女に問う。死んでほしいなら夢の中で殺して欲しい。それができないただの怨念、悪霊、呪い、呼び方はなんでもいいが、そんな半端な存在で毎晩毎晩飽きもせずよくもまぁ。


 ピ、ピィイイィイピッピピ~~~~~~~!!!!!!


「……は?」


 このまま朝日が昇るまでこうしてずっと、このままのはずだった。

 だが、今日の悪夢は何かおかしい。


 ベチベチベチと、妙な感触が顔にあたる。

 母の長い黒髪、ではない。何かこう……もっと、やわらかいが妙にしっかりとした……。



***



「ピッピィイイ~~~~!!!!!!!????????」


 うわっ、気持ち悪い!!

 こわっ!!なにこれなにこれ!!!!!!!!!!!!!


 なにこれ珍百景!!!!???????さすが古いお城!!!!!


 私はきらきら明るい月明りに「トカゲじゃないけど爬虫類は冷えますからねぇ~~」とごそごそとお部屋を移動して、イザヤ王子のベッドにもぐりこんだ。子供の体温は電気毛布よりも有能だろうという確信を持ってスヤァとしようとしたのだが……。


「ピィイ!!!!!!!???????」


 なんかある!!!


 イザヤ王子の体の上に黒いもやのような……吸ったら健康に害しかなさそうな……


「ピッ!!?ピッピピ!!?(ハッ……副流煙!!?)」


 いや、そんなはずはないだろう。

 なぜピンポイントで誰かの吸ったたばこの煙が王子の寝室に流れ込むのだ。


 思わず換気口の位置を確認するくらいには私はパニックになっていた。


 しかしそれはとにもかくにも、体の上のモヤ。絶対に百害あって一利なし。神竜的にアウト判定を即座に下せる。具体的にどういう害があるのかわからないが、火を見て本能的に「触るとヤバイ」と思うようなものだ。


「ピッピッピ!!」


 私は小さい翼で一生懸命風を起こしてイザヤ王子の体からモヤを吹き飛ばそうとした。だが質量があるのか、びくともしない。尻尾でどかそうとしてみたが、宙をブンブンと尾が動くだけでモヤは変わらない。


「ピ、ピィイ……」


 おのれモヤ……!!


 私の大事な生存フラグに副流煙……よくない。未成年に副流煙……いいわけがない。


 元の姿に戻ればこんなモヤ一発だ。そう、竜の息吹で……お城ごとふっとぶな。


「ピピ」


 あまりに無力。


 私は絶望感に襲われるが、諦めたらここで試合は終了だ。安西先生


 きゅうっと、イザヤ王子の手首に尻尾を巻きつけて、ぐいぐいと動かす。物理的にベッドからどかしたら副流煙から放せるんじゃなかろうか!


 ちょっとイザヤ王子の手首が赤くなってしまう気はするが、副流煙を吸うよりいいよね!


 ずずずーっと、頑張って2ミリぐらい動かすことができた!天才!


 あまりに無力!!!!!!


「ピィ~~~~~!!」


 めそめそと私はもう泣くしかない。

 何が最強の竜種だ……。素材になるしか能がないのか!


「……ん、どうした。腹でも……減ったのか」

「ピ……?」

「馬鹿なやつだな。ぼくを起こさなくても、メイドに言えばすぐに持ってくるのに」

「ピィイイ~~~!!!」


 イザヤ王子ィイイ~~~~!!


 そうか本人を起こせばよかったか!!


 覚醒し、私の尻尾を引っ張って自分の方に引き寄せる王子に、私は飛び上がってぐいぐいと頭を押し付けた。


「ピッピッピ~~(副流煙が!)」

「……まぁいい、おかげで……目が覚めた。もう眠れそうにないな」

「ピッ!?」


 そ、それは申し訳ない……。

 まだ月も高い。夜は長いというのに……成長期の子供から睡眠時間を奪ってしまったのか……!


 私が反省の意として尻尾をきゅっとお尻の下に隠すとイザヤ王子は月明りでも薄くわかる程度に目を細めた。


「別にいい。おいで」


 すっと、イザヤ王子は立ち上がる。当たり前のように私に手を伸ばすので、私はおずおずと王子の肩に乗った。


「冷たいな」

「ピ……」


 猫のようにふっさふっさでなくて申し訳ない。

 鱗はどう頑張っても冷たいだろうな。私が恐縮すると、イザヤ王子が私の冷たい体に頬を寄せた。


「嫌な夢を見て体が熱い。丁度いい」


 そっか。


 あの副流煙、悪い夢を見せていたのかもしれない。竜がいる世界だから夢魔とかそういうのがいてもおかしくない。


 ……待って、それだと今の私は低級悪魔以下ってこと?最強の竜なのに……。


 釈然としないが、イザヤ王子が夜勤のメイドさんに「こいつに何か食べる物を」と声をかけてくれたおかげで、私はお夜食としてクリームチーズの乗ったレーズンパンにありつけた。イザヤ王子もホットミルクを用意してもらったようで、窓際に座って月を眺めながらゆっくりと飲んでいる。


「……そうか、別に、眠りたくないのなら、眠らなくてもいいんだな」

「ピ?」


 それは駄目に決まっているが??


 子供が十分な睡眠をとれないと成長に著しく影響するのではないか。

 徹夜宣言をするイザヤ王子に私は心配になりつつ、でもまぁ、悪夢を見た時はまた眠るのは嫌だよねと思って、イザヤ王子の膝で丸くなった。




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主人公の1人ボケツッコミでここまで物語が救われるとは……。
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