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8/10

*一方その頃:世界を救う主人公様を見守る女神様は*



「……ちょっと、どういうことぉ?」


 女神は顔を顰めた。


 舞台装置が逃げた。


 それくらいは大したことじゃない。足があるんだからスタコラサッサと歩き出して別の方向に行くことだって、まぁあるだろう。それを温かく見守って導いてやるのが神のしごと。それができないなら生きとし生けるものに自由に動き回れる四肢を与える必要はない。四つん這いで這いずって右往左往する無様さを黙って眺めてそっと手を叩いて方向を示してやるのが神の慈悲。だから女神にとって、愛しい勇者のために用意した舞台装置、神竜がひょこひょこと穴倉を脱出したところで大したことではなかった。


 のだが……。


「ヴィー?どうしたの?」

「あら、やだぁ。わたしったら。うっかりさん。歩きながら夢を見ていたみたい!」


 どじっ娘ねぇ、と女神……今は勇者と旅をする神官見習いヴィナレシアは自分の手を軽く頭でこつんとやった。


「ずっと歩きとおしだから仕方ないよ。僕、気付かなくてごめんなさい」

「えっ!?どうして?どうして勇者くんが謝るの?!」


 金の髪の愛らしい少年は立ち止まってぺこりと頭を下げた。ヴィーが買い与えた装備はまだ少年の彼には大きくぶかぶかだったが、いずれすぐに裾が足りなくなるくらい大きく成長することは女神の目にはわかること。


 勇者の少年。

 本来なら少し前に白い竜に故郷を焼かれるはずだったが、その肝心の白い竜が姿を消したので仕方なく女神は白い竜に変身し村を焼いた。焼野原で泣きじゃくる勇者の前にぼろぼろの神官見習いの姿で現れて「あれはわたしの神殿を襲った悪い竜」と、自分はあの竜を追い旅をしているのだと吹き込んだ。


「そ、その……ヴィー?」

「なぁに?勇者くん」

「ぼ、僕を……その、勇者っていうのは…………」


 やめてほしいな、と消え入りそうな顔で、耳まで真っ赤にして少年が懇願する。羞恥で涙さえ浮かんでいる顔はとても可愛らしい。すぐに雄々しい美形になる少年の花のような時期を間近で見ることを、どうして当初思いつかなかったのか。その点女神はあの駄竜の行動に感謝していた。


「えー?どうして?勇者くんは勇者くんじゃない」

「ち、違うよ……僕にそんな…………」


 ううふ、と女神は微笑んだ。今は自分の胸までほどしかない小さな勇者。この世界の主人公。


「わたしが決めたの。わたしが知ってるわ。あなたは悪い竜を討って世界を救うヒーローなのよ。それって嫌?お母さんや村の人たちを殺した悪い竜がのうのうと生きてるのを黙って放っておく?そんなことしないわよね?」

「……ぅ……うん……しない」

「でしょう?大丈夫。世界は勇者くんの味方だよぉ」


 にっこり、にこにこと女神は微笑んだ。


 ……そう。

 そう作っている。そうなるようにしている。


 世界には主人公がいて、そして悪役がいる。

 女神、神、誰もが創る世界の決まり事だ。女神は特別自分が凝った世界を作ったという思いはない。ありきたりな、素敵な主人公が立身出世する、よくある物語。


 世界の土から空から何もかも、完璧に十分に、しっかりひっそりと整えた。それでさぁロールプレイというところで、配役の1つをうっかり潰してしまって代役を引っ張り上げはしたけれど……そんなこと、他の女神たちだってやっていることだ。


「……好感度が下がらない?」


 勇者がどうしてもせがむので、宿屋に泊まった女神は安っぽい寝台の上に画面を広げて爪を噛んだ。


 女神自身もプレイヤーとなって舞台に入っているため本来の権能の9割を封じることになっている。なので遠見で自分の視界以外を見ることはできない。いくつかの魔法や魔法道具を使用すれば可能だが、それはあくまで「この世界の法則で可能な」限りの方法でだ。神官見習いという設定の肉体を使用しているヴィナレシアは回復や補助の魔法が使えるが、遠見関係は賢者のカテゴリーで、このまま勇者の成長に合わせて聖女へクラスアップする予定だった。


 目の前の画面には、勇者ページの次に表示される「悪役」「ラスボス」「黒幕」と呼び方は色々あってよいが、とにかく、勇者のための敵。イザヤ王子の名前と、彼を取り巻く環境だ。


「……でんでよぅ?今頃……狩猟祭を終えて気難しくなって手が付けられない状態のはずよ?」


 あの王子には定期的に人を殺さないと発狂する呪いをつけている。しかしそれを人に説明できないようにしているのだから、いたずらに罪人たちを獲物に見立てて狩っている残酷な少年にしか見えないはずだ。


 なのに、おかしい。


 イザヤ王子の心の値が下がっていない。彼の幼年期に大きな影響を与える騎士アロスのページを見ようとしたが、主人公や悪役はともかく、脇役の一人でしかないアロスを見るにはこの体で「顔を合わせて」知り合いになっていないとならない。


「……」


 舞台装置の、あの竜が逃げた。それがよくなかったのか?だが、あの竜は勇者の村を滅ぼして装備になればいいだけ。その行動に大した意味がもたらせないただの素材だ。


「うーん……うーん……おっかしいわねぇ……」


 ベッドにごろんと横になって女神は首を傾げる。しかしまぁ、大した問題ではない。幼年期に周囲に嫌われるというのはただの設定だ。本番は「本編」つまり勇者と出会ってから。それまでの過程はあとでどうとでも改ざんできる。


 人は過去と他人を変えることはできないらしいが、それが出来るから神なのだ。


 コン、コンコン。


「ヴィー?」

「うん?なぁに?勇者くん。あら、どうしたのぉ?」


 控えめなノックにヴィナレシアが扉を開けると、切った林檎を持った勇者が立っていた。


「宿屋のおじさんたちのお手伝いをしたんだけど……」


 お礼にとくれたらしい。


「え!?なんで!?」

「え……?」

「手伝ったって……今の時間まで!?ずっと!?勇者くん……手が真っ赤……やだ、切れてるじゃない!」


 キィインと僧侶の魔法ですぐに勇者の手の傷を治す。この寒い夜、井戸を何往復もした跡だというのがすぐにわかった。年端もいかない少年にそんな重労働をさせて、たかが果物1つで済ませたのか!


「だ、大丈夫だよ!僕……だって、僕、勇者、なんでしょ?困ってる人を助けるのは当然だよ」


 へらりと勇者が微笑む。ヴィーは眉を寄せた。それはそうだ。心優しく、困っている人を放っておけない。それが物語の主人公だ。


「でね、この林檎、ヴィーにあげようと思って。ほら、お腹すいてない?」


 ぐぅーと、その言葉と同時に勇者のお腹が鳴った。

 ……つい女神は忘れてしまうのだが、人というのは何か口に入れておかないと動けなくなるのだ。慌てて女神は自分のお腹も鳴らした。


「ヴィー、ずっと何も食べてないから……僕、心配で」

「わぁ、ありがとう、勇者くん」


 別に必要としていないが、人間ではないと疑われないようにしなければ。女神は林檎を受け取り、笑顔でお礼を言った。


 

 

更新が大変遅くなり申し訳ございません。

物を書けるようになるまで一か月以上かかりました。見捨てずお付き合いいただけると嬉しいです…。

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― 新着の感想 ―
再開お待ちしてました(*´▽`*)ヤッタ 新登場の勇者くん、カワイイ~! 続きますます楽しみになりました!
え……この駄女神ですらない邪神……。 つうかいま、普通に邪竜(女神)を勇者くんに討伐させるフラグを自分でおったててない?自殺願望?
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